お題《鐘の音》
月鐘の町。
ここの町の心臓は、空にある大きな月。夜になると、人々は祈りを捧げる。その祈りがたまると――月鐘が鳴る。そして、夜の使者が町へくる、とか。
まるでお伽噺のような、でも真実(ほんとう)の話。
「ねぇリアラ、夜の使者ってどんな人だと思う? やっぱり相場はイケメンよね?」
「うーん。私はイケメンじゃなくてもいいと思うけれど……」
「ええ? 夢なーい! それじゃあ一生リアラは祈って終わる人生なの!?」
カフェでそんな大きな声を出さないでほしい、しかも祈ることをそんな風に言ったら――リアラが口に出すより先に、ずんずんと大きな足音が近づいてきて、リアラたちの席で立ち止まる。
「あらあ、エリちゃん。今日はもう暇だから、これから一緒に月鐘について勉強し直しましょうねえ」
カフェの店長であるシェーナおばさんの圧におびえるエリには悪いが、そろそろ帰らなければ――そっと席をたち、お代を机に置く。
「おばさんごめんね、そろそろ帰るわ」
「リアラはいいわよ」
「またくるね」
「いつでもいらっしゃい、月菓子を焼いて待ってるわね」
――夜の使者。
帰り道を急ぎながら、リアラは月に視線を向ける。
きっと彼は――もうすぐ目覚める。
耳に聴こえるのは。
心に響くのは。
儚く昏い鐘の音と――彼の音。
「リアラ」
8/5/2022, 11:34:42 AM