椿灯夏

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8/5/2022, 11:34:42 AM

お題《鐘の音》


月鐘の町。


ここの町の心臓は、空にある大きな月。夜になると、人々は祈りを捧げる。その祈りがたまると――月鐘が鳴る。そして、夜の使者が町へくる、とか。


まるでお伽噺のような、でも真実(ほんとう)の話。






「ねぇリアラ、夜の使者ってどんな人だと思う? やっぱり相場はイケメンよね?」


「うーん。私はイケメンじゃなくてもいいと思うけれど……」


「ええ? 夢なーい! それじゃあ一生リアラは祈って終わる人生なの!?」



カフェでそんな大きな声を出さないでほしい、しかも祈ることをそんな風に言ったら――リアラが口に出すより先に、ずんずんと大きな足音が近づいてきて、リアラたちの席で立ち止まる。


「あらあ、エリちゃん。今日はもう暇だから、これから一緒に月鐘について勉強し直しましょうねえ」


カフェの店長であるシェーナおばさんの圧におびえるエリには悪いが、そろそろ帰らなければ――そっと席をたち、お代を机に置く。


「おばさんごめんね、そろそろ帰るわ」

「リアラはいいわよ」

「またくるね」

「いつでもいらっしゃい、月菓子を焼いて待ってるわね」




――夜の使者。


帰り道を急ぎながら、リアラは月に視線を向ける。


きっと彼は――もうすぐ目覚める。




耳に聴こえるのは。


心に響くのは。



儚く昏い鐘の音と――彼の音。




「リアラ」



8/4/2022, 11:14:09 AM

お題《つまらないことでも》



灰色の日々が希望に変わってゆく。


失ったものもいつか、新しい翼をえて――。




動かなかったオルゴールが青年の手の中から、息を吹き返す。幻想花を降らせ、どこに隠れていたのか、木々の葉から、水辺から、精霊たちが出てきて曲調に合わせておどりだす。



「このオルゴールはつまらないものじゃないだろ、ほらちゃーんと生きて動いてるじゃねーか」



母から「魔法の宝箱よ」なんて言われて、手にした古いオルゴール。どんなに調べても、なんの変哲もない――だから森に捨てようとしてたら、現れたのがどこにでもいるようないい兄風の青年だった。



「お兄ちゃんは魔法使い?!」


瞳にたくさんの星を降らせた少女に、青年は屈託のない笑顔で答える。




「そうかもな」



この日があったから。


今も私は、魔法の宝箱を大切にしている。


そして《つまらなさそうにしている少女》に、私はあの日の物語を語るのだ。そして少女の瞳は、あの日の私のようにたくさんの星を降らせて。





「すごいね、お兄ちゃんは魔法使いなの?」



8/3/2022, 11:12:15 AM

お題《目が覚めるまでに》



毎日君の窓辺に花を飾って。


毎日君の好きな紅茶を淹れて。


毎日君の育てたハーブを摘んで、朝食をつくって。


毎日君におはようのキスをする。



やわらかな陽光の中、君が微笑む。


 


僕の幸せは、君と繋がっている。

8/2/2022, 11:57:18 AM

お題《病室》


枯れた言葉と涙の跡には。


奇跡が生まれる。


君の声が、私の世界を再生させる。




霧に包まれた町アリーシャ。

ここは最果て――治ることのない病を抱えた人々が暮らす楽園。女神アリーシャの力がこの地に宿っているとされ、とある者が「これは女神の意思だ、奇跡だ」としたのが始まり。


アリーシャは年中深い霧に包まれているため、町を出歩く人はまずいない。



――だからこうしていつも、つまらない世間話をする。



「今日は霧の丘で歌を聴いたんだ、きっと女神さまの歌だよ」

「女神さま、ねぇ……」


呆れるほど、女神さま女神さまうるさい私の幼なじみコトア。泣き虫で、女神オタクだ。可愛い顔なので、周りから受けがよかったのをよく覚えている。


「そんなことよりトア――いい加減ここへ来るのはやめなさい」

「どうして?」

「そんなこともわからないの?! ここは最後の時を過ごす場所なの! もう、あなたの顔なんて見たくないのよっ」

「――っ」



――これで。もうここへは、こないでしょう。小さい頃から私の知る世界は《トア》だけだった。


トア………………あなたの行く末を、隣でずっと見守っていたかった。


まばゆい光の中で。




ずっと先の未来。


私は、あなたの声で目を覚ます。



追伸 メモのように描いてしまって、この不出来ですが……一応残しておきます^_^;

8/1/2022, 12:19:32 PM

お題《明日、もし晴れたら》



永遠の旅に、でよう。



森はすっかり落葉し、季節は終焉を迎える。


淡い冬の陽射しの中やわらかな蜂蜜色の机で、読書をする。少女は夢中で気づかない――そして、背後からひょいと本を取り上げられ、聞き慣れた声がした。


「そんなに面白いか、俺といるより?」



青い瞳、青い髪。神秘的な青さの青年は、少女を背後から抱きしめる。慈しむように、顔を寄せ――しょうがないなあ、と笑う少女。



「面白いに決まってるわ、あなたが買ってくれた物語だもん。それより、明日は飛べそう?」


「ああ、問題ない」


「じゃあこれから用意しないとね」



窓辺にある渋い紅茶色のトランクは、青年が自由になったら旅にでようと約束して買ったものだ。この森を離れ、遠くへいくために。




あの日星の降り注ぐ夜、竜の王になった。



そして今、竜は最愛の少女のもとへかえってきた。





「もし明日晴れたら――旅にでよう、永遠に旅し続けよう」





竜と少女は旅にでる。


始まりの夜の約束を――。



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