お題《友だちの思い出》
はじめて光に触れた日。
《落ちこぼれの魔女》は来る日も来る日も魔法、ハーブ、料理、読書、正しい魔女になるための練習を日々欠かさなかった。周りはみんな立派な魔女になって、巣立っていく――喜べない自分がきらいだ。自分で自分を卑下して、周りと比べて、勝手に落ちていく。
そんなのが魔女になんて、なれるはずもないのに。
友だちもいないから、庭園の片隅のベンチでサンドイッチを頬張る。一緒に食事をして、お茶を飲みながら魔法の談義に花咲かせたり、ショッピングしたりしてみたかった。そんな夢ばかりが膨らみ消えていく。
……これからもこんな風に生きていくのかな。
うつむいたままでいると、あまい香りがした。ふと顔を上げれば、月灯りの翅の少女が、木の実を抱えているのが目に入った。
月灯りの翅――珍しい妖精の種族の……!
「これは妖精に伝わるメリアの実よ。心に効くから食べてみて」
「へ?」
「疲れてるように見えたから。ね、主サマ」
妖精が“主サマ”と呼ぶ先に、紺碧色のローブを纏った少年がいた。金の刺繍――認められた高位魔女の証。思わず言葉を失う。この方なら、そんな妖精を連れていても納得だ。
「そうだね。リーザも君を気に入ったみたいだから、食べてみてくれないか?」
陽光に金色の髪が煌めく。
「は、はい」
王子様みたいなひとに言われたら断れない。意を決して口の中に放り込む――甘酸っぱい。思わず笑顔になる。心が解けていくような、不思議な感覚。
「ね、よかったらこれから一緒に魔法練習付き合うよ。もちろんリーザもね」
「え? え? でも……」
「じゃあ、これならどうかな? 僕の友達として」
「ともだち……」
涙がぽろぽろ流れる。――はじめてみた、光。
リーザがそっと頭を撫でてくれる。それが嬉しくて、また泣いてしまう。
そんな様子を見守ってくれる私の、はじめてのともだち。
お題《星空》
先人たちの魂が行き着く先。
星の海を見上げれば――。
たとえどんな罪人でも。
僕にとっては。
星がたくさん流れる草原に墓石はあった。
自ら石を採りにいき、その石を加工し、生前彼女が愛した星に一番近い場所に墓石を建てた。
――僕にとっての彼女はただの“女の子”だ。
やさしくてあたたかい、彼女のつくる料理はとびっきり美味しい。スープにはレモン果汁に、やわらかく煮た月豚の角煮がトロトロ。香辛料でちょっぴりスパイシーで。
それでも世間にとっては“人殺し”。
騙されたのだとしても、それでも“罪人”。
それでも僕とっては。
“スープの味見してくれる? ちょっと今日のは失敗しちゃったかも”
それでも僕とっては“彼女”だ。
オレの世界に人はいない。
生まれてきた時に祝福してくれた奴はいない。
でも小さな月色の猫だけがそばにいてくれた。
どんな時もそばにいて、一緒に眠って、ごはんを食べて、たくさんの風景をみて。
ずっとそばにいたけど、でもオレより先に年老いてゆく。そして最後――力なく鳴いて(泣いて)、そのまま星の海にかえった。
全部、全部、覚えてるから。
おまえのことは、オレが憶えてるから。
星が流れてゆく。
小さな墓石に月色の花をそなえて。
先人たちの魂が行き着く先。
星の海を見上げれば――。
お題《神様だけが知っている》
忘れた名。
忘れられた名。
星降る夜歌が流れる。
泡沫に消えゆく命を繋ぎ止める、星祝(せいしゅく)の歌。それは星神様が授けた者しか歌えない、命の歌だと代々この星明(せいめい)の地ではそう伝えられている。
「……目覚められましたか?」
美しい言の葉が舞い降りた。淡くウェーブがかった金と銀が混じり合ったような髪――青い石を纏った白くやわらかな巫女の装いをした少女が、木の椅子に腰掛けこちらを覗き込んでいる。
「……アンタは……」
「エクレシアと申します。お祈りしにいく途中、倒れているところをお連れしました」
「そうか。すまない――」
名乗ろうとした時、言葉となってそれは口に出てこなかった。
忘れた名。
忘れられた名。
「大丈夫です。わたしも――真実の名ではないのですから」
静かに少女の言の葉が溶けていく。
「真実の名、じゃない……?」
夜色の少年が繰り返す、心の水面が波紋を描く。
「星神様はただ力を授けるわけじゃありません。真名、過去も未来も永遠に失う――その代償の証が虚名」
星降る夜歌が流れる。
忘れた名。
忘れられた名。
共鳴する、ふたつの魂。
お題《この道の先に》
微睡む先にある世界が。
どうか、貴女の望む先でありますように。
「……それどうするんですか」
初夏の午後のこと。
山のような雑務を片付け、キッチンに出向いた先でふわりと少女が笑う。
「月雨さんおはようございます! あの食べますか?」
なんだか会話が噛み合ってない気がするのだが、少女はまったく気にした風もない。――おそらく。クッキーらしきものを焼いていて、作りすぎてしまったのだろう。
クッキーらしきものと表現したのは、クッキーと言い切るには少々無理があるっていう、個人の見解ってだけであるが。
「――いただきますよ。それよりソレ片付けてくださいよ?」
「はい! 好きなだけ食べてくださいね」
やれやれと思いながら、自ら調合した茶葉でお茶を淹れる。香り立つ湯気、窓から差し込むやわらかい光、少女の歌――月雨はクッキーらしきものを口に入れ、思わず笑みがこぼれてしまう。
自然にこぼれてしまうのだ、あまりにも幸せで。
皿洗いをしていたはずの少女は、たまたまその瞬間を見たらしくなぜか頬まで染めている。
「月雨さんのそんな顔、はじめてみました……」
「忘れてください」
「いやです。忘れません」
「じゃあ――」
椅子から立ち上がり、貴女の傍までいき――すっと顔を近づける。吐息がかかるほど近く。
「貴女の笑顔と交換です。満足するまで、その色彩を焼きつけさせてください」
――可愛いくて、憎い貴女。
それでも溺れてしまった方が負け。
お題《日差し》
水辺に差し込む日差し。生命の煌めきがあふれた水に触れ、手をゆっくりひたす。
血に濡れた手が清められただけでなく、身体に残る疲労さえも綺麗さっぱり跡形もなく消え去る。少年は驚いたように手をまじまじと見つめ、呟いた。
「あの風の噂は本当だったのか。日輪の泉――あの天に輝く光玉から流れた雫から、生まれた治癒の力を宿したっていう」
烏みたいな格好をした少年は影の任務により血に濡れていくうちに、道中倒れ込んでしまった。
――もうこのままずっと目覚めなければいいと思った。大切な女性を戦で亡くし、“瞳が気に入った”と拾われ夜に沈んでゆく生き方は、いつの間にか心を殺し。
きっと誰も許してくれない。
どんな悲劇も、最後に選択するのは自分なのだから。被害者面なんかしていい理由にはならない――。
でも日輪の声と光に導かれて、ここへたどり着いた。さわさわ揺れる葉擦れの音が心地いい。誰がここへ呼んだのかわからないが、少年は。
「……もう少しだけ生きてみるよ。あともう少しだけ待ってて、僕の大切な君」
藤の君。
もしかして、君がくれた光なのかもしれないから。
だったら生きてみるしかないだろう。
これは、覚悟だ――。