月下の胡蝶

Open App

お題《神様だけが知っている》


忘れた名。


忘れられた名。




星降る夜歌が流れる。


泡沫に消えゆく命を繋ぎ止める、星祝(せいしゅく)の歌。それは星神様が授けた者しか歌えない、命の歌だと代々この星明(せいめい)の地ではそう伝えられている。



「……目覚められましたか?」


美しい言の葉が舞い降りた。淡くウェーブがかった金と銀が混じり合ったような髪――青い石を纏った白くやわらかな巫女の装いをした少女が、木の椅子に腰掛けこちらを覗き込んでいる。


「……アンタは……」

「エクレシアと申します。お祈りしにいく途中、倒れているところをお連れしました」

「そうか。すまない――」


名乗ろうとした時、言葉となってそれは口に出てこなかった。



忘れた名。


忘れられた名。



「大丈夫です。わたしも――真実の名ではないのですから」



静かに少女の言の葉が溶けていく。



「真実の名、じゃない……?」



夜色の少年が繰り返す、心の水面が波紋を描く。




「星神様はただ力を授けるわけじゃありません。真名、過去も未来も永遠に失う――その代償の証が虚名」




星降る夜歌が流れる。


忘れた名。


忘れられた名。



共鳴する、ふたつの魂。


7/4/2022, 11:38:50 AM