Ray.O@創作

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6/16/2024, 5:49:06 AM

【好きな本】

昔から本が好きだった。厚ければ厚いほど、古ければ古いほど好きだった。ずっしりと手にかかる重み。古い紙特有の香りに、めくるたび立つパリパリとした音。

少し大きくなったら、現代物の小説も、文庫本も好きになった。小さい本は、その中に世界がキュッと詰まっているような気がする。ミニマムな私専用の世界。家に引き篭もる勇気がない私は、本の世界に閉じこもった。

それからまたしばらく経った。私はやっぱり自分の世界で生きるのが下手みたいで、周囲からの圧力によって早々にして自分の世界を捨ててしまった。いい成績と、いい仕事、ひいてはいい給料。周りに溶け込むために、いつか閉じこもるのをやめてしまった。

でも、挫折したとき。うまく行かないとき。不意に本を読みたくなった。1日10分くらい、少しずつ、少しずつ読み進めた。電車の中だったり、布団の中だったり、読んでいるうちに机で寝落ちしたり。それでも本は手放せなかった。

本当は、閉じこもるツールじゃなくて、自分を表現してみたい。本物のどん底にあって、一晩中泣いて、私は本当の願いに気がつけた。

書いてみよう。綴ってみよう。今、私はもう一度、言葉に向き合おうとしている。この叫びが、誰かの心に届く日が来ますように。私の描く世界が、誰かの支えになれますように。

6/15/2024, 5:53:55 AM

【あいまいな空】

「今日の東京都心のお天気は変わりやすいでしょう」
テレビの中のキャスターは、淡々とそう告げた。トーストを齧りながら、ふと窓の外に目をやる。今は雨は上がっているみたいだった。ただ、重い灰色だけが、窓枠を覆い尽くしていた。

ここで別れ話をした朝も、こんな景色が見えていた。なんでそんな話になったのか、よく覚えてはいない、というか、よくわからなかった。ただ、私が優しすぎるから、いい人だから、ごめん、ただ、絶縁はしたくない、とあなたは言った。

「中途半端でごめん」

優しいあなたのことだから、どこまでが本当か、嘘かもいまだにわからない。ただ、優しいことだけは、本当だと信じている。別れたくない、と言ったら、そっか。とあなたは返してくれた。あなたはどこまでも優しかった。ただ、その曖昧さが、あの日の一度きりの別れたいと言う言葉が、私の心をぐらつかせている。

もうやめよう。そう打って、送った。あなたのあいまいは私には毒だ。折り畳み傘をカバンに入れて外に出ると、微かに青空がのぞいていた。あの窓枠からしか空を見ていなかったのだと、ふと気付かされる。

優しくてあいまいなあなたへ。私はあなたを通さなくても、世界を見られるようになってみせるよ。

6/13/2024, 1:39:14 PM

【あじさい】

赤紫陽花の下には、屍体が埋まっている。私は埋まるなら紫陽花の下がいいなあ。
雨が降りしきる窓際で、日に日に細くなっていった君は、不意に、そんなことを口走った。

「桜じゃなくて?」
「あんな重い木に押しつぶされたくないもん」
「紫陽花だって重いよ」
「あは、そうかもね」

でもさ。紫陽花なら、桜と違って見つけてくれるでしょう?わかりやすくていいじゃん。

雨は今も降っていた。僕は、自分でも何をしているのだろうと思いながら、スコップで紫陽花の根を掘り返していた。君は馬鹿だと笑うかもしれない。今の僕を見て呆れるかもしれない。

本当は、そんなこと言わないでと言いたかった。痛々しい笑顔を見たくなかった。無理して欲しかった。でも、無理しないで欲しかった。ただ、ごめん。会いたい。

結局君はいなかった。掘り返された土と泥のむせかえるような匂いが、ぐらぐらしている頭を醒めさせた。乾いた雨音が、僕の肩をしきりに叩く。水たまりに映った僕の顔はまるで死人のようで、ああ、埋められたのは僕の方だったのかもしれない、と思った。

君は僕の血を吸って、今日も僕の中で生きている。

6/12/2024, 3:08:36 PM

【好き嫌い】

「かわいい」が好きだ。
フリルにリボン、キラキラのラメにスパンコール。ふわふわのぬいぐるみに、とびっきり甘いパンケーキ。
胸が思わず高鳴るような、愛すべきものたち。

しかし、どうやら「かわいい」にはいろいろな制限があるらしい。そして、どうやら自分は、適応外らしい、と言うことも成長するにつれてだんだんわかってきた。
確かに、似つかわしくないと言われるのも無理はない。自分がかわいいが似合う子だったなら。鏡を見るたびに、ため息が出た。

あるとき、そんな子に出会った。ふわっと巻かれたボブに、くりっとした瞳。細い指に、小さい足。優しい声、ゆったりとした言葉。お姫様がもしこの世界にいるならば、こんな子なんだろうと思った。
かわいい、が許されている存在。かわいいに囲まれている彼女を、ずっと羨ましいと思っていた。

「私、こーゆーの嫌いなんだよね」

それは、文化祭の前日の放課後だった。舞台の裏で、用具係であった自分に、ぽつり、と彼女は投げかけた。
本当は、パフェよりコーヒーが好き。ガラスの靴よりスニーカーがいいし、かぼちゃの馬車なんかじゃなくてハーレーで駆け回りたい。そうつぶやいた彼女は、なんだか弱々しく見えた。

「好きなものを好きって言ったらダメなの?」

言うつもりはなかった。けれど、不意に口をついて出てしまった。ありがとう、と小さく彼女は驚いたように、そして笑って見せた。

彼女は今、どうしているだろうか。
あの日の言葉は、自分に向けての言葉だったのかもしれないと、今でこそ思う。別に、あの子になりたいわけじゃないし、女の子になりたいわけじゃなかった。
ただ、かわいいものが好き。かわいいものを愛している。周りにどれだけ嫌われたって、好かれなくたって。そんなこと関係ないと、今なら言える。

行きつけのパーラーで、いちごたっぷりのパフェを頼む。ぬいぐるみに囲まれて眠る。
世界中の誰に嫌いと言われても、俺は俺の好きを生きるよ。

6/12/2024, 5:58:17 AM

【街】

海の見える街、そんな文言に惹かれた。昔から、海は好きだった。内陸生まれの性というものだろう、小さい頃から、海のそばに住みたいと思っていた。

住みなれたアパートを出る。ビルの窓に反射した朝日が目に滲みる。昨日は何時に寝たっけ。そんなことも忘れるくらい、私は朦朧としていた。昨日大泣きしたせいだろうか、目元も顔も腫れぼったくて、周りに流れる風景も、どこか他人事のように思えてくる。

なんとなく、関係の終わりは見えていた。ちょっとしたことでの喧嘩が増えた。忙しさを言い訳にして、まともに話す時間も取れなかった。理由は全部わかっている。わかってるつもりなのに、考えようとするたびに、なんだか喉奥がつかえてくるような感覚になる。手の先からサーっと血の気が引くような、何か大切なものを忘れてしまうような、そんな気がしてしまう。

もっと、話しておけばよかった。もっと、好きだと言えばよかった。大好きだよ、とか、愛してるよ、とか。私からはただの一度も言ったことがなかった。潮の香りが強くなって、鼻の奥が、溺れたみたいにツンと痛む。

ここに住むのだって、二人で決めた。二人とも、海が好きだった。よく水族館に行った。お揃いだねって、これからもずっとお揃いだよねって、そう信じていた。どこで間違えたのだろう。最初から、お揃いなんかじゃなかったのかもしれない。今となっては、どうにもならない。

不意に、潮とガソリンが混ざったような香りが鼻を掠めた。この街のこの香りは、ずっと好きになれなかった。そしてこれからも、好きになれそうにない。

もう二度と、海には住めない。息をしているだけで、溺れてしまいそうだから。

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