Ray.O@創作

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【街】

海の見える街、そんな文言に惹かれた。昔から、海は好きだった。内陸生まれの性というものだろう、小さい頃から、海のそばに住みたいと思っていた。

住みなれたアパートを出る。ビルの窓に反射した朝日が目に滲みる。昨日は何時に寝たっけ。そんなことも忘れるくらい、私は朦朧としていた。昨日大泣きしたせいだろうか、目元も顔も腫れぼったくて、周りに流れる風景も、どこか他人事のように思えてくる。

なんとなく、関係の終わりは見えていた。ちょっとしたことでの喧嘩が増えた。忙しさを言い訳にして、まともに話す時間も取れなかった。理由は全部わかっている。わかってるつもりなのに、考えようとするたびに、なんだか喉奥がつかえてくるような感覚になる。手の先からサーっと血の気が引くような、何か大切なものを忘れてしまうような、そんな気がしてしまう。

もっと、話しておけばよかった。もっと、好きだと言えばよかった。大好きだよ、とか、愛してるよ、とか。私からはただの一度も言ったことがなかった。潮の香りが強くなって、鼻の奥が、溺れたみたいにツンと痛む。

ここに住むのだって、二人で決めた。二人とも、海が好きだった。よく水族館に行った。お揃いだねって、これからもずっとお揃いだよねって、そう信じていた。どこで間違えたのだろう。最初から、お揃いなんかじゃなかったのかもしれない。今となっては、どうにもならない。

不意に、潮とガソリンが混ざったような香りが鼻を掠めた。この街のこの香りは、ずっと好きになれなかった。そしてこれからも、好きになれそうにない。

もう二度と、海には住めない。息をしているだけで、溺れてしまいそうだから。

6/12/2024, 5:58:17 AM