子猫
パァン
引き裂くような銃声が部屋に響く。弾丸は私のすぐ真横の壁に埋まっていた。弾丸が掠ったのか右頬からたらりと血が流れる。
「ほら、てめぇが俺を選ばねぇからこうなったんだ」
引き金を引いた男はふっと銃から出た煙を吹くと今度は銃口を私の額へと当てた。それだけで私の体感温度はマイナス10度。体は震え上がりガチガチと歯を鳴らすことしか出来ない。
「震えてるな。寒いのか?」
男は恐怖で震える私を勘違いしたのか右頬の傷をひと舐めする。ヒリヒリと痛むのか、男の行動にさらに恐怖したのか私の目から涙が溢れ出した。
「おね、お願いです…!かえ、って。わ、わた、しの家から、出てって…!」
「はぁ?てめぇの家はもうここじゃねぇよ。今日からは、俺と一緒に海がきれーなところに住むんだ」
額に銃口をグリグリと当てる。それは抵抗するなと言っているようだった。いや、そのつもりだろう。
「うっうぅぅぅ……いや……うぅぅ……」
涙と鼻水だらけの私をさらに追い打ちをかけるかのように男は目元をべろべろと舐め回す。涙で顔は分からないが、たしかに嬉しそうに舐めていた。
「なぁ、俺と一緒に幸せになろうぜ」
かちゃり、銃の安全装置が外された。
私が拒めば男は即座に撃ってくるだろう。
「う、うぅっ…」
返事の代わりに私は頷いた。頷いて、しまった。
「!!本当か!本当に来てくれるんだな!?」
男は問いかけるようにこちらに話してくるがもう私の否定の声など届かない。男は銃から手を離し私の首に首輪をつけ手首には手錠をかける。
「あぁ…!漸く俺の物になった!!俺だけの、俺だけの……!!」
俺だけの“キティ”!!
過ぎた日を想う
「なぁ、あの頃の俺たちはさ。とにかく周りに合わせようとして、必死だったよな」
私は首だけを振り返り、後ろから抱きしめる彼のことを見上げる。彼はふはっと笑い抱きしめる力を強めるので、私はそのまま身体を彼に預けた。
あの頃というと、きっと彼は高校生である10年前のことを指しているのだろう。
「俺は高校デビューで今まで喋った事もない陽キャグループに入ってて、虐められないようにひたすらにこにこ…にこにこ……」
更に抱きしめる力が強くなる。声のトーンが落ち、顔は見えないがその時の情景を思い出してきっと彼は苦虫を噛み潰したような顔をしているはず。
「流行りのバンド曲なんて興味無いのに、ファッションにも興味無いのに必死に勉強しちゃってさ。」
「そんな時、お前に出会った。」
「お前はお前で慣れない学級委員長なんて役柄ついて、皆から『いいんちょー!』なんて慕われてたけど。」
「……慕われてたかな。」
私が発言をするとうん。と短い返事をして抱きしめる力を強める。私は苦しくなり顔を歪めるが、彼は気付いていない。発言は許可されていない様だ。
「でも、お前の学級委員長が嘘で良かった。」
「お前も俺と一緒なんだなーって……。お前も必死だったんだって。」
ふと、身体の束縛が解け苦しさから開放される。代わりに両手を絡めるように繋がれた。彼はすりすり私の手の撫でる。
「だから今、幸せ。こうやってもっとお前と一緒にいられることが。」
「お前も、一緒だろ?」
彼の言葉に私は一瞬の間を置かずに頷いた。
再びふはと笑う彼は私の返答に満足したようで「夕飯、作ってくるな」とキッチンへ向かっていった。
危なかった。今、彼は、私の首へと手が伸びかけていた。あの問いに一瞬でも間があったら。彼の言う“嘘”をついていたら。私は絞め殺されていただろう。
「10年前……か。」
手首にかけられた手錠の鎖がじゃらりと音を立てる。
もしあの時、彼と出会っていなかったら。
もしあの時、彼と友人にならなければ。
「なんて、過ぎた日だよね」
雪
「くしゅっ」
「おー、こりゃまた可愛いくしゃみだこと」
「うるさいな」
私はニヤニヤと笑う男に鋭い睨みを利かせる。言葉は白い息となり凍りついた。
今日の登校ルートは昨日の雪によって作られた白銀の住宅街。空気の冷たさが肌を刺し、足の先から頭のてっぺんまで締め付ける寒さだ。まさに今月1番の寒さとニュースで報道されるだけあると言ったところ。
「はぁ、なんで冬ってこんなに寒いわけ?雪も凍ったら滑りやすくなるし、嫌になっちゃう」
「ははっ、俺は好きだけどなぁ」
「なんでよ」
吹き荒れる風の寒さに身を震わせ、ザクザクと雪を踏みしめる度に靴を介して伝わる冷たさ。私はどうにもこの時期の気候が苦手で仕方がない。むしろ彼が冬を好きだなんて意外だ。きっとこの派手好きのお調子者なら「祭りがある夏が好きだ!」とか言いそうなのに。
「いやもちろん夏も好きだぜ?でもよぉ…」
彼はそう言うと、私の左手を手に取り自分のコートのポケットに突っ込んだ。
「こうやってイチャつけるじゃん?」
私は咄嗟に手を引っ込めるが、彼は私の手を握る力を強くし私を逃がさなかった。
やはりこうなったか。私は溜息をつき歩き始める。彼は抵抗をしない私に対して調子が良くなったのか、恋人のように手を絡める。そもそも彼とは“そういった”関係では無いのだが。
「ね、良いでしょ?こういうのも!」
ニカッと爽やかな笑みを零すも雪が溶けるほどの熱い視線を送る彼。彼の右手は私の手と恋人繋ぎ、左手は右手と同様にコートのポケットに突っ込んでいるが、その手にはナイフを携えていると私は知っている。まるで逃げるなと言っているようだ。
「……尚更嫌いになったわ」
冬も、貴方も。
「男女の友情は成立すると思う?」
「いや、するでしょ」
HRが終わった放課後。日直の仕事を終えた私達は家に帰る為、支度を進める。教室は真っ赤な夕日に染まり、外からはカァカァとカラスの鳴き声が聞こえていた。
「というか、いきなり急だね」
どうしたの?私は聞き返す。当の質問をした彼は同じ日直だったにも関わらず、既に帰り支度を済ませていて、私を待っているのか机に座ってぶらぶらと足を揺らしていた。
「うーん。なんとなく?ほら、よく言うじゃん。男女の友情は成立しないって」
「確かに言うね。でも、成立するよ」
確信を持って言える。私のはっきりとした物言いに彼は少し驚いた表情を見せ、どうしてと聞き返した。
「だって、私達がそれを証明してる。」
そう、私達は同じ日直であると同時に小学生から10年の付き合いがある友人だ。勿論学校も一緒だし、遊ぶ時も一緒。笑う時も泣く時も一緒。でも決して恋人にはならない関係。
「私たちのことを友情と呼ばずになんて呼ぶのさ」
私の問いに彼は言葉の代わりにキスで返事をした。
「僕は友情で終わらせる気、無いんですけど?」
あれ?
「はぁ〜好きぃ〜〜……」
「また、隣のクラスの子か?懲りねぇなお前も」
呆れる俺にまたじゃないもんとこいつは不貞腐れたように言った。3ヶ月前、こいつは好きな人が出来た。隣のクラスにいる女だ。パッと見地味で根暗そうだがこいつにはそれが良いらしい。
隣のクラスの子を好きになってからこいつはどこかちょっとおかしい。女好きだったこいつは女遊びをやめ、サボり常習犯だったのが真面目に授業を受け出す。
「でもな。何も無い空に向かって好きぃ〜〜なんて言ってもよ。友人としてかなり引くわ」
「え〜?だってさぁ〜ふふふ……あの空、まるであの子の瞳みたいで澄んでて綺麗なんだよ!」
それを心から思っていても言うな。
ニヤニヤくふふと笑うこいつに俺は鳥肌を立てながらも教室の窓から空を覗いた。空は雲ひとつ無い青空。風流だとか美だとかを大事にしているやつはこれを「綺麗」だと、「美しい」だというのだろうが、俺にはいつも通りの普通の空にしか見えない。
「はぁ〜〜〜〜〜……早く放課後になってさ。」
「……おう。」
「あの子に会って、告白して、そしてデートして……結婚もしたいな……」
「……それを心から思っていても言うな。」
俺は先程口にしていなかったことを遂に言った。
それに。
「まだお前、あの子と1度も話せてないって自分で言ってただろ。」
気が早いんだよ。コイツ。