過ぎた日を想う
「なぁ、あの頃の俺たちはさ。とにかく周りに合わせようとして、必死だったよな」
私は首だけを振り返り、後ろから抱きしめる彼のことを見上げる。彼はふはっと笑い抱きしめる力を強めるので、私はそのまま身体を彼に預けた。
あの頃というと、きっと彼は高校生である10年前のことを指しているのだろう。
「俺は高校デビューで今まで喋った事もない陽キャグループに入ってて、虐められないようにひたすらにこにこ…にこにこ……」
更に抱きしめる力が強くなる。声のトーンが落ち、顔は見えないがその時の情景を思い出してきっと彼は苦虫を噛み潰したような顔をしているはず。
「流行りのバンド曲なんて興味無いのに、ファッションにも興味無いのに必死に勉強しちゃってさ。」
「そんな時、お前に出会った。」
「お前はお前で慣れない学級委員長なんて役柄ついて、皆から『いいんちょー!』なんて慕われてたけど。」
「……慕われてたかな。」
私が発言をするとうん。と短い返事をして抱きしめる力を強める。私は苦しくなり顔を歪めるが、彼は気付いていない。発言は許可されていない様だ。
「でも、お前の学級委員長が嘘で良かった。」
「お前も俺と一緒なんだなーって……。お前も必死だったんだって。」
ふと、身体の束縛が解け苦しさから開放される。代わりに両手を絡めるように繋がれた。彼はすりすり私の手の撫でる。
「だから今、幸せ。こうやってもっとお前と一緒にいられることが。」
「お前も、一緒だろ?」
彼の言葉に私は一瞬の間を置かずに頷いた。
再びふはと笑う彼は私の返答に満足したようで「夕飯、作ってくるな」とキッチンへ向かっていった。
危なかった。今、彼は、私の首へと手が伸びかけていた。あの問いに一瞬でも間があったら。彼の言う“嘘”をついていたら。私は絞め殺されていただろう。
「10年前……か。」
手首にかけられた手錠の鎖がじゃらりと音を立てる。
もしあの時、彼と出会っていなかったら。
もしあの時、彼と友人にならなければ。
「なんて、過ぎた日だよね」
10/6/2024, 2:44:12 PM