11/19お題『吹き抜ける風』
今日のお題と一緒に
後ほどnoteに投稿します🙇
https://note.com/yuuki_toe
※9/29から続く水墨画シリーズの続きです。
『落款の花』と題して連作化します。
前回10/27『消えない焔』から続く第四話です。
水墨画の世界を旅する少年と鵺のお話。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
湖から続く道をたどり、少年とともに旅を続ける鵺(ぬえ)はとある廃村にたどり着いた。
鋭い線で描かれた藁葺き屋根の家々に人の気配はなく、ただ白く乾いた空気だけが吹き荒んでいる。
妖術を使い切った鵺は、慣れない二本足におぼつかない足取りだった。村の中ほどに差し掛かったところで蹴躓き、盛大によろけた体はそのまま脇にあった酒樽の山へと倒れ込んでいく。
がしゃん――と鵺の頭の上で木製の樽が音を立てて砕け散り、中に溜まっていた酒が鵺の全身に被さるように降り注ぐ。鼻を突く甘い香りの奥に、ふわりと熱のようなものが漂う。肺を通る空気が滲む淡墨のように全身を巡り、視界が大きく歪む。久しぶりの感覚。
――おかしい。我がたかだか酒などに酔わされるはずが……。
「だ、大丈夫ですか?」
少年の問いかけが頭の中で反響する。視界がゆがむ。しかし、鵺は自らを奮い立たせ何とか意識を保ちながら、「当たり前だ」と短く答えた。
鵺は視界の外れに人のような影を見て振り返る。
――まさか人間などいるはずがあるまい……。
次いで体を向けると、確かにそこには人のかたちをした何かが倒れ込んでいた。それは長く伸びた髪に、体表を猿のような灰色の毛に覆われ、腰に瓢箪を括りつけた妖の姿であった。
――夢猩々(ゆめしょうじょう)か……。
酒と踊りを愛し、酔う者の夢を喰って生きる猿の妖。相当弱っているようで、本来真っ赤な体毛もすっかりその色を失っていた。
「ここで何をしている」
鵺は猩々に声をかけながら、その背を軽く叩く。すると、よろよろと体を起こした猩々は掠れた声で応えた。
「夢も……記憶も……全部置いてきてしもうた――」猩々の視線が村の奥へと伸びる。「どこじゃったかな……赤提灯の中じゃ……」
「赤い毛並みもそこに忘れてきたのか?」
鵺の問いかけに、猩々はまるで眠りの中で首を落とすようにこくりと頷いた。
鵺は猩々とともに、赤提灯を求めて村中を探し回った。しかし軒にぶら下がる提灯はいずれも白い。
「何か手がかりはないのか」
「赤提灯は……酔いの淀みの中じゃ……」
そう言って猩々は腰の瓢箪をぐいと差し出す。鵺は瓢箪に入った酒をあおり、視界はさらに歪んだ。
鵺の酔いが回るほどに、視界の先に赤い灯火がぼんやりと浮かんで見えた。ぽつんとひとつ、輪郭も朧げで虚空に揺らめく鬼火のような灯りに、自然と鵺の意識は吸い込まれてゆく。
でんでん――ひょろろ――でんひょろろ。
次第に鵺の回りを笛や太鼓の賑やかな音が行き交う。軒を埋め尽くすように並ぶ赤提灯の先は酒気で満され、人々の熱が渦まいていた。皆一様に踊り狂い、赤ら顔には笑みが浮かぶ。
猩々は人々の輪の中で舞いながら、人々の頭に浮かぶ陽気な夢をつまんでは、口へと運ぶ。その度に猩々の体毛が赤みを帯びていく。
「愉しかろう、愉しかろう。お前さんも一緒にどうじゃ」
すっかり赤くなった猩々に手を引かれ、鵺も渦の一部となる。熱気の中で踊り明かすほどに、鵺の体に力が漲っていく。
永遠に続くかと思われた宴は、どこからか流れ込んだ白い煙によって、突如として終焉を迎えた。
白い煙はあっという間に村を覆い尽くす。赤提灯は再び白くなり、人々の姿も消えていく。
煙は鼻口を抜け、肺に尖った灰を落としていく。鵺は喉の奥を針が刺すような刺激に耐え切れず、思わず咳き込んだ。鉛でも飲み込んだかのように体が重くなる。
それでも鵺は踊ることをやめなかった。踊らねばならぬ気がした。その身を鼓舞しながら、猿のように赤い顔で、虎のように力強く、蛇のように身をくねらせながら、胸の内に漲る鼓動だけを頼りに踊り続けた。その姿に釣られて猩々も踊りだす。白く漂う静寂の中に二つの熱だけが舞い続けた。
ぽつりぽつりと白提灯が赤く灯っていく。
「お前さんの夢も美味そうじゃ」
猩々が鵺の頭上に手を伸ばし、夢をひとつ、またひとつとつまんでいく。次第に鵺の意識が薄れていく。
眠けにも似た、ぼんやりとする視界の中で、赤く色づく気配が鵺の心に赤い灯火を落とす。
微睡みの中で鵺は自分を呼ぶ声を聞いた。
次第に鮮明になる声は、あの少年のものであった。
「鵺様、起きてください――」
鵺の目の前にぼんやりと少年の顔が浮かぶ。体を起こすと、辺りにはあの酒樽が転がっていた。
鵺はずんずんと痛む頭を抱えながらあたりを見渡す。藁葺き屋根の軒には提灯もなければ、宴の残響すら残っていない。
――夢を見たのか?
すでに曖昧になりつつある記憶を手繰りながら、鵺は猩々の姿を探す。遥か遠く、満足そうに腹をさする赤い影が村の奥に消えていくように見えた。
途端、鵺の胸にぽつりと残る赤い灯火が、ぼぅと明るくなり、焔鯉が鵺の中に残した火種がわずかにその大きさを増した。
#記憶のランタン
#落款の花
※11/6のお題『冬支度』を読んでいただけると、より楽しめるかと思います。
ぜひ併せてお楽しみください。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
拝啓 白き旅人『冬』殿
いやぁ、冬殿!
元気にしておられますかな?
冬殿が国を去られてから数日が経ちましたが、こちら南の王国は、いまだに冬殿の話題で持ちきりでございますぞ。
王のわたしとしては、冬殿が残してくれたあの冷たい贈り物をどうにか夏まで蓄えておけまいかと考えておるのですが、どうにも冷凍庫へのしまい方がわからず困っておるところです。
さて、こうして筆を執りましたのは……何と申し上げればよいか。
そう、冬殿にお越しいただいたお礼と、その後の近況をお伝えしたいと思いましてな。
まずは南の王国を代表して、この度のご来訪を熱く、いや暑く御礼申し上げます。
いやぁ、冬殿、あの『白い息』というやつ、あれは本当に大人気でしたぞ。
冬殿が帰られた後も、子どもたちは大はしゃぎで「どっちが息を白くできるか競争しようぜ!」と勝手に大会を開くほどでございます。
料理長にいたっては、冷たくなったスープ鍋を見て最初こそ目を回しておりましたが、翌日には「冬殿に捧ぐ冷製スープを作ります!」と、張り切って新しい鍋を抱えておりました。
これがまた国民にウケましてな。「夏が戻っても食べたい」という声が後を絶ちませぬ。次に冬殿がお越しの際には、より一層美味しくなった冷製スープをお届けできるものと思っているところであります。
織物係も「毛布がこんなに売れたの、生まれて初めて!」と泣き笑いしておりました。
ここのところ、織り機も休むことなく稼働しております。国に流れるサンバのリズムに、新たなパーカッションの音が加わったようで、国民もより一層にぎやかな陽気に包まれております。
そして、なんと言っても、冬殿がお見せくださった『雪』という魔法がなんとも粋でしたなぁ。
空から静かに落ちてくる白い粒が、あれほど美しいとは思いもよりませんでした。
それまで白い粒と言えば、砂糖かココナッツでしたからな。中には口を開けて天を仰ぐ者までおりましたぞ。
わたしも積もった雪をひと掬い食べてみましたが、どうやらわたしにはジェラートの方が口に合うようです。
思い返せば、あの夜の焚き火の橙色と雪の白が混じり合った風景──。
あれはわたしの王歴の中で、間違いなく最上級の『名場面』です。宮中画家にあの光景を描かせなかったことが悔やまれるほどであります。
次にいらっしゃる時には、ぜひ冬殿をモデルに王室に飾る絵を描かせていただきたいものだ。
はてさて、冬殿が我が国にお越しくださった際、どうにも心残りに思っていることがございます。
わたしども、冬殿に喜んでいただこうと『温かいおもてなし』ばかりを準備しましたが、冬殿にとっては、あれは些か無粋なおもてなしだったのかもしれませんな。
スープは凍るし、毛布も霜だらけ、焚き火の火は雪粒になるし。
我々は張り切っておりましたが、うっかりとして、冬殿のお好みを伺わずじまいでございました。
それでも冬殿は、ふわりと微笑んで、静かに旅路を歩き去られた。あれがまた良かったんですよ。
なんというか、ああいう『無言の優しさ』、我が国の国民性から考えて、今まで触れることのなかった文化でして。
ですので、次にいらっしゃるときはぜひ、冬殿のお好みを先に教えてくだされば、こちらもそれに向けて精一杯のご準備をいたします。
静かなもてなしをご所望とあれば、太鼓隊と踊り子には少々休んでいてもらいましょう。
白いものがお好きなら、ココナッツの実を全部磨いて国の至る所に飾りましょう。
何もいらぬというのであれば、ただ隣で夏についてのお話を差し上げましょうぞ。
そしてこれは何より大切なことでありますが、国民が、本当に本当に冬殿の再来を待ち望んでおります。
「また冬殿は来てくれるのか?」
「次は雪だるまというものを作ってみたい!」
「冬殿のために薪をもっともっと集めておこう!」
とまあ、国じゅうがそんな調子でして、わたしも毎晩焚き火を前にすると「また冬殿に会いたいなぁ」と思いがよぎるのです。
南国ゆえ、夏ばかりが我が物顔をしていましたが、冬殿のおかげでこの国に『もうひとつの季節』が宿りました。
どうか時間と風の流れのままに、またいつかふらりとお越しください。いつでも歓迎しますぞ。
その日のために、毛布を畳んで、焚き火の火種を絶やさずにお待ちしております。
また会えるその時まで、ご壮健に。
白き旅人の道行きが、穏やかな静けさに包まれますようお祈り申し上げます。
敬具
夏しか知らなかった国の王より
#冬へ
十九時を少し過ぎたオフィスの駐車場。営業車の窓から小さく細い三日月が浮かんでいるのが目に入った。そのか弱い姿が、今にも消えてしまいそうな私の気力と重なって思わず溜息が漏れる。
残業続きの毎日。アスファルトの地面にヒールの踵が落ちる度、浮腫んだ足にずんと重い感触が伝わる。
――でも、負けちゃいけない。
私は自分自身を奮い立たせながら、電気の消えたオフィスビルへと歩みを進める。
「お疲れ様、珍しいね――」
喫煙スペースに君の姿を見つけて、思わず声をかけていた。冷たそうな壁に背をもたれ、細身のスーツパンツで気だるそうに煙草を咥える君の姿は、空に浮かぶ三日月よりも凛と研ぎ澄まされたような雰囲気があった。私より五歳下の後輩なのに、その姿は妙に大人びていた。
「遅くまでお疲れ様です。先輩もまだ仕事ですか?」
君は私に気づいて姿勢を軽く正すと、空気を切るような低く鋭い声で答える。
「何件か急ぎの対応があってね。でもすぐ終わる」
私は疲れた表情筋に鞭打って笑顔をつくる。明日には明日の仕事が入ってくる。今日できることは終わらせておきたかった。
部長には『もっと後輩に仕事をふれるようになれ』と諭されたが、後輩にはできれば負担を押し付けたくはなかった。だから後輩には努めて笑顔で接した。自分が少し残って片付ければそれですべてが終わる。
対して君は、自分の芯を持っていて他人に媚びたりしない。任せられた仕事は卒なくこなし、いつも冷静で周りが指摘する前にすべてを片付けていた。だから、君がこうして夜のオフィスに残っているのは少し意外だった。
――君みたいになりたい。
気づけばそう感じることが多くなっていた。後輩に憧れるなんておかしな話かもしれないけれど。
「君は強いよね。落ち着いてるし――芯があるっていうか……」
言うつもりじゃなかった本音が零れた。君は驚いた顔をして少しだけ視線をそらした。
「そんなんじゃないです。ただ周りに負けたくないだけで――」
君の言葉はいつも少し冷たくて、少し温かい。身を刺す夜風の中で、なぜか胸の奥が熱を持つ。
「君って『月』みたいだな――って思う。静かだけど、凛としてて研ぎ澄まされてるっていうか……」
「月って――自力では輝けないんですよ」
君は皮肉めいた口調で笑った。
「そういうつもりじゃ……」
「――早く終わらせちゃいましょう」
私の言葉を遮るようにそう言って、君はそそくさと仕事に戻っていく。その背中にはか細く冷たい月明かりが差しているように見えた。
それから数日後。朝から大粒の雨がだった。部長に呼び出され、背後に社内の視線を受けながらプレゼン用資料の間違いを指摘される。大きな問題にはならなかったものの、ついで事のようにまたチクチクと小言が入る。
『後輩とうまくやれてるのか?』
『最近、集中力が欠けてるんじゃないのか』
『時間の管理も仕事のうちだぞ』
強い先輩でいたいのに――。部長の言葉が胸に刺さる度、喉の奥が枯れたように痛む。
「――先輩はちゃんとやってます」
デスクに戻った私の背後から、君の声がした気がして振り返ると、君はすでに自分のパソコンに向かっていた。思わず涙が溢れそうになるのをぐっとこらえて、心の中だけで『ありがとう』と告げる。
君はいつも少し冷たく、少し温かい。
その日の夜、休憩所の窓辺で外を見ていた君を見つけて声をかけた。
「今日はありがとう」
「何がですか?」
君は視線を外に向けたまま、そっけない返事をする。
「君の言葉に助けられたから」
しばらくの間があって、君が静かに口を開く。
「先輩、前に私のこと『月』みたいって言ってくれましたよね……」
「あぁ……あれね。気にしないで。君はちゃんと輝いてるよ。むしろ私より強いくらいに――」
顔を伏せながら思わず本音が漏れ出る。
「強いですよ、先輩は――」意外な言葉だった。「――ちゃんと気付いてます。先輩が無理して笑ってること……」
寸前で堪えていた涙が溢れ出る。涙なんて誰にも――特に君には見られたくなかったのに――。
「『月』みたいって言葉、妙に腑に落ちました。ずっと先輩のこと、太陽みたいな人だと思ってたから……。先輩はいつも笑ってて、それなのに自分で自分のことを燃やし続けてる」
君の横顔が、あの日よりも少し膨らんだ月に照らされて静かに影を落としている。
「――そんなんじゃ……ない……」
嗚咽でうまく声が出ない。とてもうれしいのに、なぜか出てくるのはいつもの強がり。君の細くしなやかな指が私の手を包み込む。月の光のように柔らかい。
「もっと甘えてください。私、照らされて輝くタイプなんで」
君が静かに笑う。いつもどこか少し冷たいはずなのに、今日の君はどこまでも温かい。その温かさに引き寄せられるように自然と君の胸で泣いていた。
私も君に照らされる『月』でありたい。そして、君を照らす『月』でありたい。
二人を包み込む月の光は、どこまでも静かで優しく、温かかった。
#君を照らす月
タイトル『眩しすぎる太陽』
(お題:木漏れ日の跡)
僕が暮らす森の国は、その真ん中にそびえる大樹に守られている。もう何百年も昔からずっと変わらず大きな存在として国のシンボルになっている。
僕の父は、その大樹に住まう太陽神の加護を受け、大樹を狙う魔物を退治するため、騎士として立派に戦っていた。人々は父を『光の英雄』と呼び、褒め称えた。
父が剣を振るうたび、風すらも刃となって魔物を蹴散らしたと。そして戦地から戻る際には、その身体に傷ひとつなかったと。
「お前もそろそろ十六になる歳だ。大樹の守り人になる覚悟を決めなきゃならない」
魔物退治のためほとんど家に戻ることのない父が、久しぶりに家に戻ってきた。二言三言会話をしたが、その言葉だけが強く僕の胸に残っていた。すぐに戦地へと戻っていく父の背中を見ながら、あまりにも短い再会とその言葉の重みで僕の心が沈んでいく。
街を歩けば父の話をされ、期待と衆望のまなざしを向けられる。完璧すぎる父の姿は、僕にとって呪いであり、単なる重荷でしかない。街で父の話が聞こえると、隠れるように踵を返していた。
僕にとって父の姿は、まるで太陽のように眩しすぎた。その光を直接見つめれば、目も心も焼かれ灰になってしまいそうで、いつしか父のことも避けるようになっていた。
僕が父のように強くなれないのは分かりきっていた。剣術の成績も中の下で、筋肉もないし動きもトロい。頭も良くなければ、人を助けられるだけの勇気もない。
――僕は父みたいにはなれない。
そう思う度に、僕はこの家に生まれた自分を呪った。強すぎる光が落とす影は、あまりにも濃くて暗い。
「薬草を採りに行きましょう」
ある日、母がそう言って、ひとりで家に籠もりがちの僕を薬草採りに誘った。
母は、大樹に宿る精霊の血が混じった半人半妖で、森の治癒師として、森の力を人々に分け与える仕事をしている。大樹の周りに生える薬草には、病を治し、心を落ち着かせる効果があるらしい。
薬草採りの途中、僕は木の根に躓いて膝を擦りむいた。森の中の少し開けた空間で、丸太に腰掛けて休憩をすることにした。木々の太い幹から大きく横に伸びる枝葉が、地面に柔らかい影を落としている。
母は僕の膝に手をかざして目を閉じる。周囲の木々がざわざわと揺れ、母の手から熱のようなものが伝わる。そうして徐々に赤く滲んでいた膝が元の色を取り戻していく。昔から怪我をした時には母がこうして治してくれた。
傷を治し終えた母がクスリと笑った。
「どうしたの?」
僕が問いかけると、母は何かを思い出すように森を見渡す。
「この前、お父さんが森で迷子になっちゃったときのことを思い出してね――」
――父が迷子?
聞き間違いかと思ったが、母は話を続ける。
「この間、森の木々が『お父さんが森で迷子になってる』って教えてくれたの。魔物を追ううちに帰り道が分からなくなっちゃったみたいでね。森の木々にお願いしてようやく戻ってこられたのよ」
「父さんが迷子だなんて、信じられないよ」
僕がそう言うと母はまたクスリと笑って、それ以上は話さなかった。
それから数週間が経ったある日、僕はひとり薬草を探して森の中を歩いていた。
ふと耳を澄ますと、木々の奥からヒュンと風を切る音とが繰り返し聞こえてくる。
気になって近づいてみると、そこには木漏れ日の下でひとりで剣を振り続ける父の姿があった。父が剣を振り下ろす度に木々が揺れ、切り裂いた風を刃に変えていく。
父の姿がとてもかっこよく見えた。
父は大粒の汗を流しながら、ただ一点を見つめて休むことなく剣を振り続ける。日々のたゆまぬ努力が父の眩しさを作り上げていた。木々が太陽をわずかに遮ってくれているおかげで、その父の姿をまっすぐ見られているような気がした。
ふと父が剣を止め、森の木々へと視線を流す。いつも威厳に満ちていた父の顔が柔らかく緩む。父が見せた久しぶりの笑顔だった。
「いつもありがとう――」
父は森の木々に向けて囁くように言う。森がざわざわと揺れる。そこになぜか母の気配を感じ、辺りを見渡すが父以外の姿は見えなかった。
父と視線が合い、思わず顔を背ける。父が剣をしまい、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「……見られてしまったか」
そう言って父は僕の肩にポンと軽く手を添えて、バツが悪そうに笑った。
「ねぇ、僕に剣術を教えて……」
僕の言葉で、父の笑みが深くなる。今の父にはなぜか自然と言葉を告げられた。恐らくこれも木漏れ日のおかげだ。
父のようになれるかは分からない。でもまずは剣の振り方を覚えるところから始めることにする。
僕は父に――いや、父と母の二人に見守られながら重たい剣を振るう。その間、空から降り注ぐ眩い太陽の光が、木々の間をすり抜けて、ずっと僕の足元に柔らかい影を揺らしていた。
#木漏れ日の跡