※11/6のお題『冬支度』を読んでいただけると、より楽しめるかと思います。
ぜひ併せてお楽しみください。
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拝啓 白き旅人『冬』殿
いやぁ、冬殿!
元気にしておられますかな?
冬殿が国を去られてから数日が経ちましたが、こちら南の王国は、いまだに冬殿の話題で持ちきりでございますぞ。
王のわたしとしては、冬殿が残してくれたあの冷たい贈り物をどうにか夏まで蓄えておけまいかと考えておるのですが、どうにも冷凍庫へのしまい方がわからず困っておるところです。
さて、こうして筆を執りましたのは……何と申し上げればよいか。
そう、冬殿にお越しいただいたお礼と、その後の近況をお伝えしたいと思いましてな。
まずは南の王国を代表して、この度のご来訪を熱く、いや暑く御礼申し上げます。
いやぁ、冬殿、あの『白い息』というやつ、あれは本当に大人気でしたぞ。
冬殿が帰られた後も、子どもたちは大はしゃぎで「どっちが息を白くできるか競争しようぜ!」と勝手に大会を開くほどでございます。
料理長にいたっては、冷たくなったスープ鍋を見て最初こそ目を回しておりましたが、翌日には「冬殿に捧ぐ冷製スープを作ります!」と、張り切って新しい鍋を抱えておりました。
これがまた国民にウケましてな。「夏が戻っても食べたい」という声が後を絶ちませぬ。次に冬殿がお越しの際には、より一層美味しくなった冷製スープをお届けできるものと思っているところであります。
織物係も「毛布がこんなに売れたの、生まれて初めて!」と泣き笑いしておりました。
ここのところ、織り機も休むことなく稼働しております。国に流れるサンバのリズムに、新たなパーカッションの音が加わったようで、国民もより一層にぎやかな陽気に包まれております。
そして、なんと言っても、冬殿がお見せくださった『雪』という魔法がなんとも粋でしたなぁ。
空から静かに落ちてくる白い粒が、あれほど美しいとは思いもよりませんでした。
それまで白い粒と言えば、砂糖かココナッツでしたからな。中には口を開けて天を仰ぐ者までおりましたぞ。
わたしも積もった雪をひと掬い食べてみましたが、どうやらわたしにはジェラートの方が口に合うようです。
思い返せば、あの夜の焚き火の橙色と雪の白が混じり合った風景──。
あれはわたしの王歴の中で、間違いなく最上級の『名場面』です。宮中画家にあの光景を描かせなかったことが悔やまれるほどであります。
次にいらっしゃる時には、ぜひ冬殿をモデルに王室に飾る絵を描かせていただきたいものだ。
はてさて、冬殿が我が国にお越しくださった際、どうにも心残りに思っていることがございます。
わたしども、冬殿に喜んでいただこうと『温かいおもてなし』ばかりを準備しましたが、冬殿にとっては、あれは些か無粋なおもてなしだったのかもしれませんな。
スープは凍るし、毛布も霜だらけ、焚き火の火は雪粒になるし。
我々は張り切っておりましたが、うっかりとして、冬殿のお好みを伺わずじまいでございました。
それでも冬殿は、ふわりと微笑んで、静かに旅路を歩き去られた。あれがまた良かったんですよ。
なんというか、ああいう『無言の優しさ』、我が国の国民性から考えて、今まで触れることのなかった文化でして。
ですので、次にいらっしゃるときはぜひ、冬殿のお好みを先に教えてくだされば、こちらもそれに向けて精一杯のご準備をいたします。
静かなもてなしをご所望とあれば、太鼓隊と踊り子には少々休んでいてもらいましょう。
白いものがお好きなら、ココナッツの実を全部磨いて国の至る所に飾りましょう。
何もいらぬというのであれば、ただ隣で夏についてのお話を差し上げましょうぞ。
そしてこれは何より大切なことでありますが、国民が、本当に本当に冬殿の再来を待ち望んでおります。
「また冬殿は来てくれるのか?」
「次は雪だるまというものを作ってみたい!」
「冬殿のために薪をもっともっと集めておこう!」
とまあ、国じゅうがそんな調子でして、わたしも毎晩焚き火を前にすると「また冬殿に会いたいなぁ」と思いがよぎるのです。
南国ゆえ、夏ばかりが我が物顔をしていましたが、冬殿のおかげでこの国に『もうひとつの季節』が宿りました。
どうか時間と風の流れのままに、またいつかふらりとお越しください。いつでも歓迎しますぞ。
その日のために、毛布を畳んで、焚き火の火種を絶やさずにお待ちしております。
また会えるその時まで、ご壮健に。
白き旅人の道行きが、穏やかな静けさに包まれますようお祈り申し上げます。
敬具
夏しか知らなかった国の王より
#冬へ
11/17/2025, 2:20:50 PM