タイトル『眩しすぎる太陽』
(お題:木漏れ日の跡)
僕が暮らす森の国は、その真ん中にそびえる大樹に守られている。もう何百年も昔からずっと変わらず大きな存在として国のシンボルになっている。
僕の父は、その大樹に住まう太陽神の加護を受け、大樹を狙う魔物を退治するため、騎士として立派に戦っていた。人々は父を『光の英雄』と呼び、褒め称えた。
父が剣を振るうたび、風すらも刃となって魔物を蹴散らしたと。そして戦地から戻る際には、その身体に傷ひとつなかったと。
「お前もそろそろ十六になる歳だ。大樹の守り人になる覚悟を決めなきゃならない」
魔物退治のためほとんど家に戻ることのない父が、久しぶりに家に戻ってきた。二言三言会話をしたが、その言葉だけが強く僕の胸に残っていた。すぐに戦地へと戻っていく父の背中を見ながら、あまりにも短い再会とその言葉の重みで僕の心が沈んでいく。
街を歩けば父の話をされ、期待と衆望のまなざしを向けられる。完璧すぎる父の姿は、僕にとって呪いであり、単なる重荷でしかない。街で父の話が聞こえると、隠れるように踵を返していた。
僕にとって父の姿は、まるで太陽のように眩しすぎた。その光を直接見つめれば、目も心も焼かれ灰になってしまいそうで、いつしか父のことも避けるようになっていた。
僕が父のように強くなれないのは分かりきっていた。剣術の成績も中の下で、筋肉もないし動きもトロい。頭も良くなければ、人を助けられるだけの勇気もない。
――僕は父みたいにはなれない。
そう思う度に、僕はこの家に生まれた自分を呪った。強すぎる光が落とす影は、あまりにも濃くて暗い。
「薬草を採りに行きましょう」
ある日、母がそう言って、ひとりで家に籠もりがちの僕を薬草採りに誘った。
母は、大樹に宿る精霊の血が混じった半人半妖で、森の治癒師として、森の力を人々に分け与える仕事をしている。大樹の周りに生える薬草には、病を治し、心を落ち着かせる効果があるらしい。
薬草採りの途中、僕は木の根に躓いて膝を擦りむいた。森の中の少し開けた空間で、丸太に腰掛けて休憩をすることにした。木々の太い幹から大きく横に伸びる枝葉が、地面に柔らかい影を落としている。
母は僕の膝に手をかざして目を閉じる。周囲の木々がざわざわと揺れ、母の手から熱のようなものが伝わる。そうして徐々に赤く滲んでいた膝が元の色を取り戻していく。昔から怪我をした時には母がこうして治してくれた。
傷を治し終えた母がクスリと笑った。
「どうしたの?」
僕が問いかけると、母は何かを思い出すように森を見渡す。
「この前、お父さんが森で迷子になっちゃったときのことを思い出してね――」
――父が迷子?
聞き間違いかと思ったが、母は話を続ける。
「この間、森の木々が『お父さんが森で迷子になってる』って教えてくれたの。魔物を追ううちに帰り道が分からなくなっちゃったみたいでね。森の木々にお願いしてようやく戻ってこられたのよ」
「父さんが迷子だなんて、信じられないよ」
僕がそう言うと母はまたクスリと笑って、それ以上は話さなかった。
それから数週間が経ったある日、僕はひとり薬草を探して森の中を歩いていた。
ふと耳を澄ますと、木々の奥からヒュンと風を切る音とが繰り返し聞こえてくる。
気になって近づいてみると、そこには木漏れ日の下でひとりで剣を振り続ける父の姿があった。父が剣を振り下ろす度に木々が揺れ、切り裂いた風を刃に変えていく。
父の姿がとてもかっこよく見えた。
父は大粒の汗を流しながら、ただ一点を見つめて休むことなく剣を振り続ける。日々のたゆまぬ努力が父の眩しさを作り上げていた。木々が太陽をわずかに遮ってくれているおかげで、その父の姿をまっすぐ見られているような気がした。
ふと父が剣を止め、森の木々へと視線を流す。いつも威厳に満ちていた父の顔が柔らかく緩む。父が見せた久しぶりの笑顔だった。
「いつもありがとう――」
父は森の木々に向けて囁くように言う。森がざわざわと揺れる。そこになぜか母の気配を感じ、辺りを見渡すが父以外の姿は見えなかった。
父と視線が合い、思わず顔を背ける。父が剣をしまい、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「……見られてしまったか」
そう言って父は僕の肩にポンと軽く手を添えて、バツが悪そうに笑った。
「ねぇ、僕に剣術を教えて……」
僕の言葉で、父の笑みが深くなる。今の父にはなぜか自然と言葉を告げられた。恐らくこれも木漏れ日のおかげだ。
父のようになれるかは分からない。でもまずは剣の振り方を覚えるところから始めることにする。
僕は父に――いや、父と母の二人に見守られながら重たい剣を振るう。その間、空から降り注ぐ眩い太陽の光が、木々の間をすり抜けて、ずっと僕の足元に柔らかい影を揺らしていた。
#木漏れ日の跡
11/16/2025, 12:23:51 AM