私は恋のキューピット。
そして、その時を待っている。
私は二人の間に立ち、
そして、二人を交互に見やる。
前からやってくる彼と、
そして、私の後ろに立つ彼女。
二人はまだ個々の存在。
そして、それぞれに意味を持つ。
二人の距離が近づいていく。
そして、淡い恋の予感がする。
私はまず彼の手を引く。
そして、その手を彼女へと導く。
互いの手と手がつながり、
そして、二人は一つになる。
互いの存在を共有する。
そして、意味が流れ始める。
二人の物語は続いていき、
そして、様々な展開を迎える。
やがては結末を迎え、
そして、また別の物語が始まる。
私は、そして。恋のキューピット。
そして、今日もまた二人をつなぐ。
#そして、
「ラビ、見てよ! このSoraくん、めっちゃビジュよくない?」
ユイが満面の笑みでスマホを差し出す。
画面にはキラキラと爽やかな男の子。
ユイ、この子の話をするときは何だか楽しそうだよな。
少し前まで、僕の名前を呼んで抱きしめてくれたのに。そりゃあ中学生にもなれば、ウサギのぬいぐるみよりも、現実の男の子の方が魅力的か……。
僕はユイのベッドの枕元で少しだけ頬を膨らませた――けど、多分ユイにはそんな風に見えてないんだろう。
最近まで、この長い耳はユイの声を聞き逃さないためだと思ってたし、この大きな目も君をしっかり見るためだと思ってた。
でも今じゃ、僕の耳に入るのはSoraの話をする君の声で、僕の目に映るのは彼に夢中な君の顔ばかり。
そのSoraって子より、僕の方が絶対に君のことを考えてると思うんだけどな。
ある日、帰宅したユイは、いつもより気合の入った顔をしていた。
ユイの手にはダンボールが一箱。ベッドに腰掛けて箱を開ける目がキラキラと輝いている。僕が一番好きな君の顔だ。
ユイは箱の中から大きめの本を取り出して、恥ずかしそうに笑うと、一度胸の中にギュッと抱きしめた。
本のページをめくる度に、「ヤバい」とか「カッコいい」とか聞こえてくる。遠目に見えるページではSoraが様々なポーズをとっている。
僕はまた少し頬を膨らます。
本の最後の方には、四つ折りにされた紙が挟まっていた。紙を広げるユイの顔はこれまで以上に期待に満ちていた。
広げた紙に大きく映るSoraと目が合った。なんだか『ごめんね、君のユイを奪っちゃって』とでも言われているような気がして、心がチクリと痛くなる。
ユイが不意に部屋の中を見渡す。僕の方をチラッと見てニコっと笑う。嬉しくなって僕も笑顔を返す。
ユイはベッドから立ち上がって勉強机に向かうと、ゴソゴソと引き出しをあさって戻ってきた。
「ラビ、ちょっとごめんね――」
あれ――。ユイが僕の体を抱えて近くの本棚へと運ぶ。見慣れた枕が遠くなっていく。ユイは僕がいた場所に膝立ちして、壁にSoraが映った大きな紙を留めていく。
「これでよし!」
ユイは僕に目もくれずに、紙の中にいるSoraに笑顔を向けた。
その日から、僕はユイの枕元で一緒に寝ることも叶わなくなった。
数ヶ月後には、ユイの部屋も大きく様変わりしていた。壁の至る所にSoraの顔があり、勉強机には教科書よりも彼のDVDやグッズの方が多かった。
その日、ユイは珍しく勉強机でうなだれていた。
「最悪……、ライブ外れたし……」
僕は本棚の上からそっと彼女を見下ろす。こんなに落ち込んでるユイを見るのは久しぶりだった。
今すぐユイに手を伸ばしたいのに、この短い腕では君に触れることすらできない。
ユイ、泣かないで。僕は君の笑ってる顔が好きなんだ。きっとSoraもそうだと思う。
その夜、僕は久しぶりにユイの腕に抱かれて眠った。ベッドから離れていた時間が長かったせいか、ユイの体が前よりも大きく感じられた。
とてもあったかくて、ほっとする。
「ラビ、柔らかい……」
ユイの声が聞こえてきて、それまでのヤキモチなんて、どこかへ消えてしまった。
大丈夫。ずっと僕はユイの味方だよ。
次の日、学校から帰ってくる頃には、ユイにいつもの笑顔が戻っていた。
「ラビ、見て。友達と交換してもらったんだ!」
ユイは嬉しそうにそう言って、僕の首にSoraの名前が入った小さなペンダントをかけてくれた。
「やっぱり。ラビには絶対これが似合う思ったんだよね」
その言葉だけで僕は救われる。
たとえユイが誰を好きになっても、君が笑っていられるなら、それでいい。嬉しそうな君の声をこの耳で聞ければ、大人になっていく姿をこの目で見られれば、それでいい。
ふと壁にいるSoraと目が合った。
ユイは君のことがとても好きみたいだ。
でも、これだけは言っとく。
僕の大切な人を泣かせたら、承知しないからな。
#tiny love
「おかえりなさいませ」
玄関を開けた瞬間、妻と娘、そして母までもが玄関先に正座して並んでいた。
——いったい何があった?
スーツ姿のまま立ち尽くす俺に、妻がにこりと微笑み、手を差し出した。
「外はお寒かったでしょう。上着をお預かりいたします」
妻が俺の後ろに回り、肩からするりとジャケットを受け取る。
――何かのサプライズか?
不審に思いながら食卓へ抜けると、テーブルには好物がずらりと並んでいた。
――誕生日はまだ先だし、特別めでたいことも思いつかない。
何ひとつピンとくるものもなく、もどかしさだけが募っていく。
そうこうしている間にも、妻が俺の前に箸を揃え、娘が白飯を持った茶碗を差し出す。
「まぁ、たまにはこういうのも悪くないか……」
俺はとりあえずこの状況を受け入れることにした。そのうち向こうから何かしらの展開は訪れるだろう。
食事の間も会話は弾み、食卓は笑顔に溢れていた。
三人とも、俺の話にも一様に笑って見せ、妻は「あなたったらご冗談もうまいのね」とよそよそしい口調で、時折笑い涙を拭う素振りを見せる。――まるで芝居みたいに。
「なあ、さっきからおかしいぞ。後ろめたいことでもあるのか?」
俺は思わず妻に問いかけていた。
「まぁ、何をおっしゃるのやら」
妻の口元の笑みが、張りついたように動かない。
「そんなことないわよね。おばあちゃん」
娘が母の顔色を窺うように尋ねる。胸の奥に得体の知れないモヤモヤが溜まっていく。
「お風呂も沸いていますよ」
食事の後、母に促されて風呂場へと向かう。
脱衣場には入浴剤のいい香りが漂っている。洗濯機の上には新品のタオルが折り目正しく準備され、着替え用のパジャマもまるで新調したように整っていた。
湯船につかりながら、もしかして昨日までもこうだったのか……などと考えてみる。いや、そんなはずはない。
パジャマに着替えてリビングに戻ると、三人はまた一列に並んでいた。
「お湯加減はいかがでしたか?」
「悪くなかったよ……って、そろそろいいだろ」
俺の言葉に妻はきょとんとした表情を見せる。
「おっしゃっている意味がよくわかりませんわ……」
「ふざけるな、いい加減にしろ!」
俺が声を荒げると、妻は一瞬まばたきし、すぐに微笑みに戻った。
「あまり大声で叫ばれますと、周りのご迷惑になりますので――」
後ろで娘が怯えた表情を見せる。母と目配せをして小さく何かを呟いているのが見えた。
「何をこそこそ話してるんだ!」
俺がそう叫んだ途端、ぴんと空気が張り詰めた。三人の視線に軽蔑が混じる。
「これ以上騒がれますと警察を呼びますよ」
真剣な表情で俺を見る妻の後ろで、娘が電話の受話器を手にしていた。
「は? 何を言って——」
数分後、俺は赤いパトランプに照らされながら、二人の警官に両脇を抱えられていた。
妻は警官に頭を下げ、娘は後ろで怯えるように母にしがみついていた。
「ご足労をおかけしました」
妻の声が冷たく響く。
パトカーの中で俺は何度も叫んだ。
「俺は家族なんだ。信じてくれ!」
だが警官は全く聞く耳を持たない。
「もう今月に入って四件目ですよ、あんたみたいな人……」
——どういう意味だ?
留置場で迎えた翌朝、まだぼんやりとする頭に警官の声が響く。
「どうです、何か思い出しました?」
相変わらず警官の言っている意味が分からない。何を思い出すというんだ。
「最近多いんだよね、ガチでハマっちゃう人――」
そう言って警官はスマホの画面を差し出す。ネットニュースの見出しが目に入る。
『また家族喫茶でカスハラ 本当の家族と勘違いしたか』
――家族喫茶……、勘違い、何のことだ?
昨日の記憶はあるものの、あの三人の顔はまるでのっぺらぼうのようで、どんな顔をしていたか全く思い出せない。
「まったく……。依存性が高いんで、ほどほどにしてくださいよ」
俺の本当の家族は? 家はどこにある?
留置場を出た俺は、空っぽの頭の中を探るように、朝の街を途方もなく歩き出していた。
#おもてなし
※10/18投稿『光と霧の狭間で』の続きです。
水墨画の世界を旅する少年と鵺のお話。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
森を抜けた先には穏やかな湖が広がっていた。
少年が湖面に顔を近づけると、湖の底を焔が泳いでいる。少年の体ほどある紡錘型の体。表面を覆う鱗がメラメラと揺れ、尾鰭を動かす度にぼんやりと光を宿した。
『焔鯉(ほむらごい)――この湖の主だ』
少年の傍らで鵺が静かに告げる。
少年は水の中で燃え続ける焔にしばらく目を奪われていた。焔鯉が身を翻すたびに、生命の大きなエネルギーが動くのを感じた。
水場の天候は移ろいやすいのか、いつの間にか空に暗雲が立ち込めていた。
「雨が降りそうだ……」
少年が鵺の方を見ると、鵺は空を見つめて怪訝そうな顔をしていた。
『何かがおかしい。普段の雲とは様子が違う』
すぐにぽつぽつと雨が降り始めた。無数の黒くか細い線が湖面に円を描く。
少年の手に落ちた雨の雫は、指先で擦るとザラリとした質感があり、鼻に抜ける香りからそれが鉄であると悟った。
鉄の雨は水中で蠢くように渦を描き、次第に湖は黒く染まっていく。
『余所者が入り込んだか……』
焔鯉の光はもはや湖面からは見えなくなっていた。
『この国の理を、外から来たものが蝕み始めておる』
鵺の言葉が冷たい湖面の上を滑るように消える。
焔鯉が動きを止めて間もなく、空気はしんと冷たくなった。湖畔の草には霜が降り、少年の吐く息も白くなった。
鉄の雨はやがて雪となり、湖面に一瞬の白を宿してはまた溶けるように黒くなる。
少年は湖畔に膝をつき、黒い湖面をただ眺めていた。
「どうすれば焔鯉は再び燃えることができるのですか?」
『焔鯉は泳ぐことで自らの内に熱を持ち、焔として体に纏う。こうなれば焔鯉はもはや泳ぐこともできぬ』
少年の問いに鵺は悲しげな表情で答えた。
少年は冷たい鉄の湖に手を浸した。指先にまとわりつく鉄の粉が、まるで意志を持ったように少年の指を伝って腕へと這い上がってくる。
少年は思わず手を引こうとするが、鉄の湖はその手をつかんで離さない。
「うわっ!」
少年の叫び声で、鵺は咄嗟に少年の腕に蛇の尾を絡ませた。少年の腕を引きながら、鉄の侵食を食い止める。
『少年、気をしっかり持て! 貴様は人の子。この世界を変えられる存在だ』
その瞬間、少年は湖の底からドクンと熱が波打つのを感じた。
「焔鯉……、まだ生きてる」
少年は心を落ち着かせ、熱の波の源を辿る。次第に意識は湖の底へと沈んでいき、暗い闇の中でわずかに燃える灯火を捉えた。
――もう一度焔を宿して……。
少年は祈る。次第に焔鯉の熱が温度を増していく。
『共鳴した。我も力を貸そう』
鵺の声が湖中に響く。蛇の尾が熱を帯び、淡墨の渦を描きながら少年の腕を伝う。
少年の祈りが淡墨の渦に包まれ、焔鯉の灯火に触れた途端、再び大きな熱がドクンと波打ち、湖面が大きく盛り上がる。
次第に灯火は大きくなり、焔鯉の輪郭がはっきりと浮かび上がる。その焔が大きく渦を巻き、一本の柱となって湖面へと打ち上がる。周囲の鉄が焔の渦に引き寄せられ、湖は元の色を取り戻し始める。
『持っていけ、私の力のすべてを』
鵺は持てる力の全てを焔の渦に捧げる。湖面が弾け、雪の降る空に龍が姿を現した。黒き鱗を纏い、鈍い光を放っている。
少年は強く祈った。
――燃えて!
一際大きな波が立ち、龍の体から焔が立ち昇る。黒い鱗が焔の勢いに乗って空へと散っていく。天へと昇っていく龍はやがて雲の中へと消え、暗雲は白き空にかき消された。
澄んだ湖に浸かる少年の腕には、蛇の紋様が黒く刻まれていた。少年は辺りを見渡すが、鵺の姿が見当たらない。
「ここだ……」
輪郭を持った声に振り返ると、そこには一人の男が立っていた。虎皮の衣服に身を包み、蛇の剣を持つ男。
「その姿は……?」
「どうやら妖力を使い果たしたようだ。心配はするな。少し休めばすぐに力は戻る」
鵺らしき男は頭を小さく掻きながらわずかな笑みを浮かべた。
湖面に小さな光の筋が泳いだ。新たな主の誕生である。
いつまでも消えない焔がこの湖をこれからも守り続ける。
#消えない焔
「ねぇ……」
ある日、青年が道を歩いていると、草むらの中から小さく呼び止める声がしました。
振り向くと、真っ白な大福に大きくまん丸の目がついたような不思議な生物が、道の真ん中に転がっていました。
「ねぇ、これはなに?」
聞こえてくる声に合わせて、もにょもにょと形を変えるので、喋っているのは間違いなくこの生物のようです。
体から伸びる小さい突起をくねらせて、道端に咲く花を指しています。
「これはタンポポっていうんだ」
「どうして黄色いの?」
青年が答えると、それに被せるように別の質問が飛び込んできます。
「虫を呼ぶためだよ」
「どうして黄色いと虫が来るの?」
「……ええと、たぶん虫が好きな色なんだ」
その後も生物からの質問は続き、青年はできる限り答えました。その生物は、答えが返ってくるたび、喜ぶように体をぷるんと震わせました。
青年はその生物に『トイ』という名前をつけました。
「名前って何?」
トイの質問はいつまでも続きます。
名前がついたから懐いたというわけではないですが、それからトイは青年の後ろをついて回るようになりました。
朝には「鳥は何を話しているの?」
昼には「空に浮かんでる白いふわふわは何?」
夜になれば「月はどうして丸くないの?」
トイが質問を投げかけるたび、青年は彼と子供の頃からずっと一緒に遊んでいたような、どこか懐かしい気持ちになるのでした。
ある日青年は部屋の片隅でひとり蹲っていました。
「ねぇ、なんで目から水が流れているの?」
これまでも辛い出来事はたくさんありましたが、トイの前で涙を流すのは初めてでした。
「とてもつらいことがあったんだ」
男は空っぽになった右手の薬指を眺めています。
「つらいとどうして水が流れるの?」
「溜めていたらどんどん膨らんでいくから、水と一緒に外に流すんだ」
「流れたら消えるの?」
青年はその質問に答えることができませんでした。答えるまでトイから次の質問が来ることはありません。
――どうして僕から離れていったんだ?
――僕の何が悪かったんだ?
その夜、青年は自問自答を続けました。しかし、答えが出ないまま気づけば朝になっていました。
「流れても消えなかったよ」
青年がトイにそう答えます。
「どうしたら消えるの?」
「消す必要はないのかもね」
季節がいくつも過ぎて、青年はやがて老人と呼ばれる歳になりました。
「神様はなぜ人間を作ったの?」
トイは相変わらず質問を投げかけていますが、次第に老人にも答えられない質問が増えていきました。
「人はなぜ生きるの?」
「その質問の答えを探すことが、生きるということなんじゃないかな」
「なぜ答えを探すの?」
老人はトイの質問にしばらく黙り込んでしまいました。
「わからないよ。君も一緒に答えを探してくれないか?」
トイはいつも問いかけるばかりで答えません。
老人は次第に体力も衰え、ベッドの上で過ごすことが多くなりました。
「人生は楽しかった?」
「あぁ、いつも君がいたからね」
老人の答えにトイはぷるんと身を震わせます。
「君のおかげで世界が広がったよ」
ある夜、老人がベッドに横たわっていると、トイが真ん丸の目を揺らしながら、いつもと変わらない調子で問いかけてきました。
「ねえ、死んだらその先には、なにがあるの?」
老人は目を閉じて微笑みました。
「何があるんだろうね。行ってみないとわからないよ」
「楽しい世界かな?」
「きっとね」
いくつかの朝を迎えたある日、部屋の中にはもう老人の姿はありませんでした。そこにはトイの姿もありません。
不思議なことに老人が息を引き取った瞬間、トイも部屋から消えてしまいました。
「また会えるよね?」
という問いを残して――。
それからまたいくらかの時が過ぎ、世界のどこかに新しい命が生まれました。
まだ言葉も話せない赤ん坊の枕元に静かな声が響きます。
「ねえ、僕のこと覚えてる?」
赤ん坊は真ん丸なその生物を見て、きゃっきゃと笑いました。赤ん坊の笑顔を見て、トイは体をぷるんと震わせました。
この世界のすべての人には、生まれた時からそれぞれのトイがいて、常に質問を投げかけてきます。
たまには鬱陶しくなることもあるでしょう。トイの存在を忘れてしまうこともあるでしょう。
しかし、できるだけ彼の問いかけに耳を傾けて、自分なりの答えをかけてあげましょう。
その問いと答えは、きっとあなたの人生を豊かにしてくれるはずです。
#終わらない問い
※いつもより長くなってしまいました。最後まで読んでくださり、ありがとうございます🙇