結城斗永

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「ねぇ……」
ある日、青年が道を歩いていると、草むらの中から小さく呼び止める声がしました。

振り向くと、真っ白な大福に大きくまん丸の目がついたような不思議な生物が、道の真ん中に転がっていました。
「ねぇ、これはなに?」
聞こえてくる声に合わせて、もにょもにょと形を変えるので、喋っているのは間違いなくこの生物のようです。
体から伸びる小さい突起をくねらせて、道端に咲く花を指しています。

「これはタンポポっていうんだ」
「どうして黄色いの?」
青年が答えると、それに被せるように別の質問が飛び込んできます。
「虫を呼ぶためだよ」
「どうして黄色いと虫が来るの?」
「……ええと、たぶん虫が好きな色なんだ」
その後も生物からの質問は続き、青年はできる限り答えました。その生物は、答えが返ってくるたび、喜ぶように体をぷるんと震わせました。

青年はその生物に『トイ』という名前をつけました。
「名前って何?」
トイの質問はいつまでも続きます。
名前がついたから懐いたというわけではないですが、それからトイは青年の後ろをついて回るようになりました。
朝には「鳥は何を話しているの?」
昼には「空に浮かんでる白いふわふわは何?」
夜になれば「月はどうして丸くないの?」
トイが質問を投げかけるたび、青年は彼と子供の頃からずっと一緒に遊んでいたような、どこか懐かしい気持ちになるのでした。

ある日青年は部屋の片隅でひとり蹲っていました。
「ねぇ、なんで目から水が流れているの?」
これまでも辛い出来事はたくさんありましたが、トイの前で涙を流すのは初めてでした。
「とてもつらいことがあったんだ」
男は空っぽになった右手の薬指を眺めています。
「つらいとどうして水が流れるの?」
「溜めていたらどんどん膨らんでいくから、水と一緒に外に流すんだ」
「流れたら消えるの?」
青年はその質問に答えることができませんでした。答えるまでトイから次の質問が来ることはありません。
 ――どうして僕から離れていったんだ?
 ――僕の何が悪かったんだ?
その夜、青年は自問自答を続けました。しかし、答えが出ないまま気づけば朝になっていました。
「流れても消えなかったよ」
青年がトイにそう答えます。
「どうしたら消えるの?」
「消す必要はないのかもね」
  
季節がいくつも過ぎて、青年はやがて老人と呼ばれる歳になりました。
「神様はなぜ人間を作ったの?」
トイは相変わらず質問を投げかけていますが、次第に老人にも答えられない質問が増えていきました。
「人はなぜ生きるの?」
「その質問の答えを探すことが、生きるということなんじゃないかな」
「なぜ答えを探すの?」
老人はトイの質問にしばらく黙り込んでしまいました。
「わからないよ。君も一緒に答えを探してくれないか?」
トイはいつも問いかけるばかりで答えません。

老人は次第に体力も衰え、ベッドの上で過ごすことが多くなりました。
「人生は楽しかった?」
「あぁ、いつも君がいたからね」
老人の答えにトイはぷるんと身を震わせます。
「君のおかげで世界が広がったよ」

 ある夜、老人がベッドに横たわっていると、トイが真ん丸の目を揺らしながら、いつもと変わらない調子で問いかけてきました。
「ねえ、死んだらその先には、なにがあるの?」
老人は目を閉じて微笑みました。
「何があるんだろうね。行ってみないとわからないよ」
「楽しい世界かな?」
「きっとね」

いくつかの朝を迎えたある日、部屋の中にはもう老人の姿はありませんでした。そこにはトイの姿もありません。
不思議なことに老人が息を引き取った瞬間、トイも部屋から消えてしまいました。
「また会えるよね?」
という問いを残して――。

それからまたいくらかの時が過ぎ、世界のどこかに新しい命が生まれました。
まだ言葉も話せない赤ん坊の枕元に静かな声が響きます。
「ねえ、僕のこと覚えてる?」
赤ん坊は真ん丸なその生物を見て、きゃっきゃと笑いました。赤ん坊の笑顔を見て、トイは体をぷるんと震わせました。

この世界のすべての人には、生まれた時からそれぞれのトイがいて、常に質問を投げかけてきます。
たまには鬱陶しくなることもあるでしょう。トイの存在を忘れてしまうこともあるでしょう。
しかし、できるだけ彼の問いかけに耳を傾けて、自分なりの答えをかけてあげましょう。
その問いと答えは、きっとあなたの人生を豊かにしてくれるはずです。

#終わらない問い
※いつもより長くなってしまいました。最後まで読んでくださり、ありがとうございます🙇

10/26/2025, 10:13:06 PM