結城斗永

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「ラビ、見てよ! このSoraくん、めっちゃビジュよくない?」
 ユイが満面の笑みでスマホを差し出す。
 画面にはキラキラと爽やかな男の子。
 ユイ、この子の話をするときは何だか楽しそうだよな。
 少し前まで、僕の名前を呼んで抱きしめてくれたのに。そりゃあ中学生にもなれば、ウサギのぬいぐるみよりも、現実の男の子の方が魅力的か……。

 僕はユイのベッドの枕元で少しだけ頬を膨らませた――けど、多分ユイにはそんな風に見えてないんだろう。
 最近まで、この長い耳はユイの声を聞き逃さないためだと思ってたし、この大きな目も君をしっかり見るためだと思ってた。

 でも今じゃ、僕の耳に入るのはSoraの話をする君の声で、僕の目に映るのは彼に夢中な君の顔ばかり。
 そのSoraって子より、僕の方が絶対に君のことを考えてると思うんだけどな。

 ある日、帰宅したユイは、いつもより気合の入った顔をしていた。
 ユイの手にはダンボールが一箱。ベッドに腰掛けて箱を開ける目がキラキラと輝いている。僕が一番好きな君の顔だ。
 ユイは箱の中から大きめの本を取り出して、恥ずかしそうに笑うと、一度胸の中にギュッと抱きしめた。
 本のページをめくる度に、「ヤバい」とか「カッコいい」とか聞こえてくる。遠目に見えるページではSoraが様々なポーズをとっている。
 僕はまた少し頬を膨らます。

 本の最後の方には、四つ折りにされた紙が挟まっていた。紙を広げるユイの顔はこれまで以上に期待に満ちていた。
 広げた紙に大きく映るSoraと目が合った。なんだか『ごめんね、君のユイを奪っちゃって』とでも言われているような気がして、心がチクリと痛くなる。

 ユイが不意に部屋の中を見渡す。僕の方をチラッと見てニコっと笑う。嬉しくなって僕も笑顔を返す。
 ユイはベッドから立ち上がって勉強机に向かうと、ゴソゴソと引き出しをあさって戻ってきた。

「ラビ、ちょっとごめんね――」
 あれ――。ユイが僕の体を抱えて近くの本棚へと運ぶ。見慣れた枕が遠くなっていく。ユイは僕がいた場所に膝立ちして、壁にSoraが映った大きな紙を留めていく。
「これでよし!」
 ユイは僕に目もくれずに、紙の中にいるSoraに笑顔を向けた。
 その日から、僕はユイの枕元で一緒に寝ることも叶わなくなった。

 数ヶ月後には、ユイの部屋も大きく様変わりしていた。壁の至る所にSoraの顔があり、勉強机には教科書よりも彼のDVDやグッズの方が多かった。
 その日、ユイは珍しく勉強机でうなだれていた。
「最悪……、ライブ外れたし……」
 僕は本棚の上からそっと彼女を見下ろす。こんなに落ち込んでるユイを見るのは久しぶりだった。
 今すぐユイに手を伸ばしたいのに、この短い腕では君に触れることすらできない。
 ユイ、泣かないで。僕は君の笑ってる顔が好きなんだ。きっとSoraもそうだと思う。

 その夜、僕は久しぶりにユイの腕に抱かれて眠った。ベッドから離れていた時間が長かったせいか、ユイの体が前よりも大きく感じられた。
 とてもあったかくて、ほっとする。
「ラビ、柔らかい……」
 ユイの声が聞こえてきて、それまでのヤキモチなんて、どこかへ消えてしまった。
 大丈夫。ずっと僕はユイの味方だよ。

 次の日、学校から帰ってくる頃には、ユイにいつもの笑顔が戻っていた。
「ラビ、見て。友達と交換してもらったんだ!」
 ユイは嬉しそうにそう言って、僕の首にSoraの名前が入った小さなペンダントをかけてくれた。
「やっぱり。ラビには絶対これが似合う思ったんだよね」
 その言葉だけで僕は救われる。
 たとえユイが誰を好きになっても、君が笑っていられるなら、それでいい。嬉しそうな君の声をこの耳で聞ければ、大人になっていく姿をこの目で見られれば、それでいい。

 ふと壁にいるSoraと目が合った。
 ユイは君のことがとても好きみたいだ。
 でも、これだけは言っとく。
 僕の大切な人を泣かせたら、承知しないからな。

#tiny love

10/29/2025, 1:15:30 PM