『クラゲのストラップ、かわいいね』
あなたのせいで私のカメラロールにたくさんのクラゲが残ってるから、カバンの端でプラスチックのクラゲが揺れているのを見て、思わずメッセージを送っていた。
賑やかな昼間のフードコートをキョロキョロと見渡すあなたの姿が、ミーアキャットみたいでかわいい。
突然匿名のメッセージが届けば、そんな反応になるのは当たり前だよね。
でも、たぶんあなたは私を見つけられないと思う。だって、あなたは私の本当の姿を知らないから。
ついさっき、ガチャガチャコーナーで狙ってたクラゲが出た時のあなたの顔、とても嬉しそうだったな。
そう言えば、先週水族館に行った時も、クラゲのコーナーにいる時間が一番長かった。ずっと写真撮ってたよね。
クラゲ、好きなんだ――。覚えとこっと。
『だれ? 俺の知り合い?』
あなたからの返事に私の心が震える。
『あなたのことは何でも知ってる』
まさか返事をくれるとは思わなかったから、嬉しくてつい返事をする。こんな感情を抱くのが異常なのは分かってる。
ずっとあなたのことを近くで見ていられたら、別に私はそれでよかった。一方的な想いで留めておくつもりだったのに。
でも、私が想いを伝えたら、どうなるかな?
そんな思いから、ちょっと魔が差した。
『いたずらならやめてくれ』
あなたが返す文字の羅列が無表情で冷たい。それを打ち込んでいるあなたの顔も同じく無表情。
もしかして不安な気持ちにさせてる?
だとしたら、そんなつもりはなかったの。
『ごめんなさい。でも、私はあなたのことが好きなだけ』
言い訳のように聞こえるかもしれないけど、ただそれだけなの。
あなたが突然立ち上がってその場を立ち去ろうとするから、私もあなたについていく。
足早に歩くあなた。カバンの端でクラゲが揺れる。
あなたの不安そうな表情が心に刺さる。
『落ち着いて。誤解なの』
もうあなたはメッセージすら見てくれない。まるでその場にいる全員を疑うような目で周囲を見渡してる。
さっさとあなたの前に正体を明かすべき?
でも、そんなことをして、あなたは私のことを信じてくれる?
すべては私の気の迷いが原因。こんなことになるなら、あんなメッセージ、送るんじゃなかった。
どうしよう。あなたをこのまま不安な気持ちにさせてはおけない。
隠れるようにしてトイレに駆け込むあなたと一緒に、私も中へと進んでいく。
個室に籠って鍵をかけるあなたの手が震えてる。
私はそんなあなたの手の温もりを感じながら、ただあなたを見ている事しかできない。
できることなら、お互いに意識することのなかった今までの関係に戻りたい。
『ごめんなさい。もう私からは連絡しない。今日のことは忘れて』
これが私からあなたに贈る最後のメッセージ。
私の震えがあなたに伝わって、既読の二文字がついたことにまだ救われる。
まだ汗の滲むあなたの指先が、私の電源ボタンに触れる。
明日になったら、あなたは今日のことなんて忘れて、何事もなかったように、また私との一日を始めてくれるだろうか。そうであってくれたら何よりも嬉しい。
そんな明日を願い、私はあなたの手のひらに包まれたまま、暗闇の中でしばらくの眠りにつく。
#誰か
「うわぁ、巨人さんの足音がする!」
三歳になる息子のユウトが唐突にそんなことを言うので、私は思わず吹き出してしまった。
そういえば今日は近所の花火大会の日だっけ。あいにくこの部屋から花火は見えないけど、確かに耳を澄ますと音だけが小さく聞こえてくる。
「どぉん、どぉんって。ママも聞こえる?」
「聞こえるよ」私は笑いながら答える。「巨人さん、何してるのかな?」
すぐに答え合わせをしてしまうのがもったいなくて、私はそのまま問いかけてみた。
「お散歩してるんだよ!」
ユウトが巨人の真似をしてのっしのっしと歩いて見せる。
「こんな夜遅くにお散歩してるの?」
「うん、巨人さんは星が好きだからね、だから夜のお散歩をするの」
花火の音が鳴るたびに、ユウトのテンションが高くなっていく。
「巨人さんはどこに向かってるのかしら?」
私もだんだんと楽しくなってきて質問を重ねる。
「お友達のところだよ!」
「それは楽しそうね。どんなお友達?」
「あのね、巨人さんはね、星が好きなの。でね、お友達はプリンが好きなの」
つい先ほど食べたプリンのことがまだ頭に残ってるんだろうな、と思わず笑ってしまった。
その時、花火の音がドドドンと連続で打ちあがる。
「お友達も来た!」
ユウトが大はしゃぎで窓の方に駆けていく。窓に手をついて背伸びをするように外をのぞき込む。きっと彼にはベランダの塀しか見えていないんだろうけど、その背中からワクワクは確かに伝わってくる。
「あっちにいるのかな」
首を左右に揺らしているユウトがあまりに可愛くて、私は彼を後ろから抱きかかえてベランダへと踏み出した。外に出た瞬間、澄んだ夜空に涼しい風が肌を撫でる。心なしか火薬のにおいが混じった空気に夏の終わりを感じる。
「巨人さん、見えるかなぁ?」
私は余った右手で望遠鏡を作って顔の前にかざして見せる。ユウトも真似をして両手で望遠鏡を作る。
「うーん、見えない」
ベランダからの景色は開けているわけではなかったが、花火が上がった瞬間、建物の隙間から光がわずかに漏れるのは見えた。
「うわっ、巨人さんが星にあたまゴッツンした!」
ユウトが慌てたように両手で額を抑える。
「あら、巨人さん、大丈夫かしら?」
私が笑いながら言うと、彼は私の顔をみながら「星は優しいから大丈夫」と自信満々で言う。
まったく、どこでそんなロマンチックな言葉を覚えてきたんだか。
クライマックスの百連発花火。先ほどとは比べ物にならないテンポでドドドドと打ちあがる花火にユウトのテンションは最高潮。
「巨人さんも踊ってるね」
ユウトはそう言って腕をぶんぶん振り上げながら、キャッキャと楽しげに笑う。彼には光と音の連続が踊っているように見えるらしい。たしかにそう言われてみれば、そんな風にも見えてくる。子供の想像力はどこまでも果てしない。
ドォーーンッ!
花火大会の終焉を告げる尺玉が上がる。建物の向こう側に花火の丸い形がはみ出すほどの巨大花火。
ユウトがビクリと身体を震わせて驚いた表情を見せる。花火の光が彼の丸く見開かれた瞳の中でキラキラと輝く。
しばらく言葉を失っていたユウトは、花火の余韻に静まり返るころ、ようやく口を開いた。
「巨人さん、飛んでっちゃった……」
まだ驚きが残っているような、唖然としたユウトの声がなんだか可笑しくて思わず笑みがこぼれる。
「巨人さん、とても楽しかったんだね」と返すと、息子が満面の笑みでニカッと笑って頷く。
あの日から、息子はたまに夜空を見上げて「巨人さん、元気かな?」と呟く。
その度に私は一番明るい星を指さして「ほら、あそこで笑ってるよ」と答えるようにしている。
#遠くの足音
ミーニシに乗ってサシバがやってくる――。
沖縄では、10月頃に北東から吹く涼しい風をミーニシと呼ぶ。沖縄に秋の訪れを告げる風である。昔からこの風が吹くと、越冬を前に渡り鳥が本土から沖縄にやってくると言われている。
ミーニシが吹く季節になると、十四歳の思い出が蘇る。
「おばぁ。遊びいってこよーねー」
「はぁい、気をつけなさいねー」
その日、学校から帰った私は、部屋に荷物を放り投げると、おばぁの声を背中に聞きながら再び家をあとにした。石垣に囲まれた庭を回り、おばぁが営む民宿の前に出たところで、キャリーバックを片手に立っている女性の姿に心を奪われた。
私よりひと回り程度年上の彼女は、まるでミーニシのように涼しげで、白いワンピース姿がなんとも美しかった。
ふいに彼女がこちらを向いて微笑む。私はその場にいるのが恥ずかしくなって、気づけば顔をそらすように彼女の脇を走り抜けていた。
友人とキャッチボールをしている最中も彼女の笑顔が頭から離れず、何度もボールを取りこぼす。その度に友人から「やー、とぅるばってる(ぼーっとしている)ばー」とヤジが飛んだ。
日が暮れるまで遊んだ後、家に帰ると、あの女性が民宿の縁側から足を投げ出して空を見上げていた。傍らに置かれた氷ぜんざいが溶けかかっている。
庭の奥にある我が家へ戻ろうと、彼女の前を駆け足で横切った時、彼女が「こんばんは」と声をかけてきた。
オウム返しで挨拶をして立ち去ろうとしたとき、後ろからおばぁの声がする。
「あぃ、拓志(たくし)、ぜんざい食べて行きなさい」
私の名が呼ばれたのをきっかけに、彼女も美咲(みさき)と名乗った。彼女が左隣の床を手のひらで優しく叩いて示す。導かれるように並んで座り、おばぁが持ってきた氷ぜんざいを受け取った。
氷ぜんざいの冷たさとは裏腹に、緊張から変な汗が止まらない。そんな私をよそ目に、美咲は落ち着いた様子で口を開く。
「のんびりしてて時間を忘れそう。このままこっちで暮らせたらいいのにな」
美咲がぜんざいをひと口含む。同級生がぜんざいを食べるときの仕草とは明らかに違う。大人の女性が持つ淑やかな雰囲気に、どこか手の届かない存在のように感じてしまう。
「都会ってそんなに大変だわけ?」
私がそう尋ねると、美咲は悲しげな笑みを浮かべて、ただ空を見上げた。
その日から、美咲を見かける度に私の胸が跳ねた。
庭のハイビスカスを愛でる姿。おばぁの料理を手伝う手元。縁側で本を読む横顔。
一言二言、他愛もない会話を交わす事はあっても、うちに秘めた想いは言葉にできず、いつも遠巻きに見つめていた。
初めて美咲に会った日からあっという間に一週間が過ぎ、私とおばぁは、民宿の前でキャリーバックを手に立つ美咲と一緒にタクシーの到着を待っていた。
「にふぇーでーびたん(ありがとうございました)」
おばぁが美咲を両手に抱いて言葉をかける。
「大変お世話になりました」
美咲は別れを惜しむように返す。私に視線を向けると優しく微笑んだ。
「拓志くん、お別れね。この島のおかげで、明日からまた頑張れそう」
そう言って、美咲はそっと私の肩を抱き、最後に「ありがとう」と告げた。
「また大変になったら、遊びに来たらいいよ」
私の口から出た精いっぱいの言葉。他にも言いたいことはたくさんあるのに、喉が固まって声にならない。
結局、本当の想いなど何も伝えられないまま、空港へ向かうタクシーを見送る。美咲はしばらく車内からこちらに手を振っていた。
十四歳の私にとっての初恋は、ミーニシに乗ってやってきた渡り鳥よりも早く、冬を待つことなく飛び立っていった。
いくらか秋の装いが深まった島に、乾いた風がすっと吹き抜けた。そして、私の心にも。
#秋の訪れ
※2025.9.15投稿『センチメンタル・ジャーニー』の続きです。
【前回のあらすじ】
失踪した父を探すため、僕は場末のスナックを訪れた。
そこで初めて知る『見たことのない父の姿』。
ママさんとの不思議で歪な父親探しの旅が始まる。
――――――――――――――――
ママさんの家に一泊した僕は、翌朝彼女の運転する軽自動車の助手席にいた。
たばことアルコールと、強い芳香剤のにおいが充満する車内では、効きの悪いエアコンが居心地の悪さを溜め込んでいた。
ママさんはわずかに開けた窓の外にたばこの灰を落とし、口の端から煙を漏らすと沈黙を破るように口を開く。
「あんたのお父ちゃん、孝雄が店に来る日は、わざわざ隣に座り直してまで愚痴をこぼしに行ってたんだよ」
僕たちが目指していたのは、店で父と親しく話していたという『孝雄』のアパートだった。
「父が愚痴を言ってるのが想像できない」
僕が漏らすと、ママさんは「そりゃ父親だからね……」と呟いた。
その言葉をうまく飲み込めないまま、車は住宅街にある二階建ての古びたアパートの前で停まった。
錆びついた鉄骨の階段を上がり、雑多に物が置かれた廊下の先でチャイムを鳴らす。内側からガサガサと蠢く音がした後、訝し気にドアが開く。
ドアの隙間から顔を出したのは、酒の匂いをまとった白髪交じりの男だった。
「……ご無沙汰。突然悪いね」
「何だ、ママか」
孝雄は僕の方を一瞥し、ママさんに視線を戻す。
「あぁ、茂さんの息子……」
ママさんの言葉に一瞬、空気が止まった。孝雄は僕を値踏みするように見て、ため息をついた。
「茂の……。まぁ、入りな」
孝雄は苦笑しながら、部屋の奥を顎で示した。
ゴミ袋が直に置かれた廊下を進み、シミだらけの畳に抜ける。汗と黴が混じったようなツンとした刺激臭が鼻を突く。孝雄は近くにあった座布団の埃を申し訳程度に落とし、僕たちに差し出す。
「茂はよく言ってたよ。『家族が店での自分の姿を見たらどう思うか』ってね。あんたを見て、その意味が何となく分かったよ。家族の前じゃ、さぞかし立派な父親だったんだろうな」
その言葉に、胸の奥がスンと冷たくなる。
「孝雄さん。父がどこにいるか知りませんか」
僕が唐突に尋ねると、孝雄はバツが悪そうに煙草を咥える。ポケットを探す孝雄にすかさずママさんがライターを差し出す。
「さぁな。あの女の店じゃないか。確か港町の方とか言ってたが」
「お店の名前は分かる?」
ママさんが問いかけるが、孝雄はたばこの煙と一緒に言葉を吐き捨てる。
「さぁな。けど、女のことは『メグミ』って呼んでた」
ふと部屋の奥に置かれた女性物の化粧ポーチに目がいった。この部屋に似合わない派手な花柄。
「あれは……」
僕がそういうのと同時に孝雄が「覚悟はあるのか」と尋ねた。『覚悟』という言葉の重みに思考が停止する。
「あんた、この子はまだ十六だよ……」
ママさんがそう言って僕の背中に添えた手が熱を持っていた。そこでようやく自分の拳に力が入っていることに気づく。
この街に来てからずっと頭が混乱している。このまま父の姿を追い続けた先に、求める答えが待っているとは思えなかった。
でも、先に進まないといけない。そんな気がした。
アパートを出ると、まだ熱を帯びた残暑の風が頬を嘗める。
「行くしかないね……」
ママさんが僕の頭に軽く手を添えてつぶやく。その声には僕のためではない決心が滲んでいた。
「私もあんたを見習って勇気出さなきゃ」
ふと見上げた彼女が遠くを見つめて深くため息をつく。
「あてがあるんですか?」
「まぁね――」
それだけ言って車に向かうママさんの背中には、僕が彼女の店に初めて入った時のような緊張感があった。
この先に続く旅路には、僕と父だけの関係に留まらない様々な事情が見え隠れしていた。
#旅は続く
淡い線で縁取られた山々は遠くにかすみ、淡墨の滲む川の流れはとても穏やかであった。
川の両脇に細く鋭い線で描かれた松の葉が静かな風に揺れている。
白い半紙に墨汁で縁取られた山水画の世界で、一人の少年が川べりを歩いていた。
彼は病に倒れた母のために、隣町まで薬を買いに向かう途中であった。
真っ白な霧のかかる空の下、少年は向こう岸に立ち並ぶ松の下に不思議な気配を感じた。
渦を巻いたように歪んだ濃淡の中から、ぬっと猿の顔が覗く。
続いて虎のような縞模様の胴体があらわれ、蛇の尻尾が自我を持ったようにうねる。
鵺(ぬえ)であった。
少年は思わず近くの草陰に身を隠す。
鵺は悠然と川の中腹まで歩みを進め、その流れを感じるように歩みを止める。
白い空を見上げ、耳を劈(つんざ)くような甲高い鳴き声を上げた。
怖れに震える少年のつま先が草を揺らす。
鵺の視線が少年を捉えると、たちまち彼の体は縛られたように動かなくなった。
鵺は体を揺らしながら少年へと近づいていく。
川を抜けた鵺の鼻先が彼の目前まで迫り、荒い鼻息が顔を湿らせる。
その姿を視界に収めたまま、少年が逃げるように後ずさると、彼の頭の中に声が響いてくる。
『貴様、死の気配を纏っておるな……。貴様の死ではない。近しい者の死だ』
少年はその声の主が鵺であると直感的に悟った。
鵺の言葉に、病に伏して息も絶え絶えになっている母の姿が頭をよぎる。
「隣町まで薬を買いに行かなければいけないのです」
少年がそう告げると、鵺は再び語り掛けてきた。
『そうであったか。しかし、薬を手に入れたとて、死は免れぬ……』
「では、どうすれば母を救えるのですか」
ふいに鵺と視線が交わり、少年の身体がますます強張る。
少年は吸い込まれるように見つめた鵺の瞳の奥で、世界の果てを見た。
墨で縁取られた景色は後方に遠く、目前にはただ白い世界が広がっている。
その中にぽつりと咲く花は見たことのない『色』を持っていた。
手を伸ばしても届かず、いくら近づこうとしても遠ざかっていく。
少年はその光景が恐ろしくなり、鵺の瞳から目をそらした。
再び墨の輪郭に縁取られた世界で、あの花の残像が目前に異なる色を落とす。
『この世界の端にある、紅き落款の花を探すのだ……』
鵺は静かに告げると、再び頭をあげて鳴き声を上げた。ひゅーんと甲高い音が虚空に溶けていく。
ゆっくりと足を踏み出した鵺は、少年の前で身をひるがえし、再び川へと戻っていく。
蛇の黒い舌が、少年の前でちろちろと揺れる。
向こう岸へ戻っていく鵺を視線で追いながら、少年はゆっくりと立ち上がった。
「世界の端なんて、私には到底たどり着けません」
少年は鵺の後ろ姿に向かって言葉を放る。鵺は歩みを止めることなく『ついてこい』とだけ告げた。
少年は鵺を追うように駆けだした。踏み荒らされた淡墨の川が飛沫を上げる。
次第に深くなる川の流れが少年の足を掬い、水に浸かった部分が半紙の白に消えていく。
波に煽られ、消えては現れる自分の輪郭を何とか保とうと必死で川に抗う。
首から下が川の中に消え、波が顔に押し寄せる直前、少年の身体が宙に浮いた。
虚空に持ち上げられた瞬間、少年の身体は再び輪郭を取り戻す。
少年の腰から延びる蛇の尻尾の先で、猿の顔がこちらを見つめていた。
蛇の尻尾に導かれるようにして、少年は鵺の背中に腰を掛ける。
縞の刻まれた短く細い毛並みが、熱を持って少年の足に伝わってくる。
『この先は遠く険しい道が待っているぞ。覚悟はできているか』
鵺の問いかけに、少年は母の顔を思いながら「はい」と静かにうなずく。
少年の視界の先では、色を持たぬ夕暮れが訪れ、白い空に淡く墨が差し始めていた。
#モノクロ