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2/18/2023, 7:58:14 AM

お題:お気に入り

それは先輩が落としたぬいぐるみを貰ってから1ヶ月ほどしたある日のことだった。

私の机の上には未だにそのぬいぐるみが置いてある。
残業中で静かな事務所の中でぼんやりとそれを眺めていた。

そのぬいぐるみはめんだこという生き物を模したものらしく、実物よりかなり可愛くなっている。
そしてなぜか底面にマジックテープが貼ってあり、くっつくようになっている。

正直私の好みではない。
が、世の中こういう可愛いものをみて癒される人が多いのだとか。
……手が出せないバッグとかを眺めてるほうが幸せなんだよねぇ。

仕事をほっといて物思いに耽っていると、ドアが開く音がした。

びくっとして、仕事をするふりをする。
と思ったらPCがロック画面になってることに気づいた。

まずい。

咄嗟の判断で今まさに席を立った体で椅子から立ち上がると、ドアを開けた主が見えた。

「あ、よかった。佐川、ちょっといいか?」
「篠崎さん?あれ?今日直帰じゃ……?」

少し顔が赤い。
走ってきたのかとも思ったが、走ってきたにしては息は整っていた。

「いや、用事があってな。
その……ぬいぐるみ、やっぱり返してもらってもいいか……?」

かなり早口だった。
顔も不安げだ。

そんなに大切なものならあげなければいいのに。
いつもは真面目な先輩がこんなもののために私と2人になるタイミングを見計ってたことを考えると少し微笑ましかった。

「これですか?いいですよ。」

手渡した瞬間、安心し切ったような緩んだ顔を私は見逃さなかった。





関連:伝えたい

2/15/2023, 2:35:23 PM

お題:10年後の私から届いた手紙


「手紙?」
「うん、10年後の私から届いた手紙。」
「そう書いてあったの?」

彼女が頷きながら手紙を出す。
中身は見ていたらしく、既に封が切られている。
……何が書いてあるのか。

彼女の方をチラッと見ると無言で頷かれる。
よし。
僕は中身を抜き取った。
……果たして中身は。

10年前の私へ
私は今入院しています。
ああ、こんなことなら医療保険に入っておけばよかった。
若いうちに入っておけば保険料は安くなります。
しかも何と〇〇保険なら、月々の支払いも××円におさまります。
どの保険よりも安い!
チャンスです。
10年後の入院に備えて今からにでも〇〇保険に電話して。

その文章の後には保険会社の名前、電話番号、住所が記載されていた。
……新手の詐欺なのだろうか。

「保険、入ったほうがいいのかな?」
「えっ、本気?」

保険を入るにしてもここはまずいのでは……?
慌てた僕を見て彼女は声を抑えるように笑った。

「祐介って面白い。」
「からかわないでよ……。」
「ふふ、ごめん。もちろん入らないよ。怪しいし。」

そう言うと彼女は手紙をぐちゃぐちゃっと丸めてゴミ箱に放り投げた。

2/14/2023, 10:51:45 PM

お題:バレンタイン

帰ろうかと思い廊下を歩いていると、誰もいない食堂に雄二がいた。
もちろん学食はもうやってない。

興味本位で近づいてみる。
足音で気付いたのだろう。
本に目を落とした雄二がこちらを向いた。

「よお。こんなとこでどうしたんだ?」

気さくに話しかけてくる。
でも僕はたまたま通りかかっただけなので、むしろこちらが聞きたかった。

「特に何もないよ。雄二はどうしたの?」
「本読んでる。というか、篠崎さんのとこ行かなくていいのか?」
「いつもいつも会うわけじゃないよ。今日は夜バイトだし。」
「……。」

雄二は少し驚いたような、呆れたようなそんな顔をした。

「……今日バレンタインだぞ。」

……全く考えていなかった。
他に友達もいないから教えてくれる人がいなかった。
確かに雄二の前にはお菓子の包み紙がいくつか置いてある。
もらったチョコレートなのだろう。

「バイト前に顔出しとけよ。」
「はは……ありがとう。」

何も言われてなかったから何もないかもしれないけど、忠告は聞いておこう。

「それにしても雄二はたくさんもらったね。」

大小様々な包み紙は5つほどあった。
どれにもまだ手はつけられていない。

「ほとんど義理だけどな。」

ほとんど。
本命もあるんだろうか。

と、雄二がその中からチロルチョコをつまんでこちらに差し出した。

「やるよ。」
「え、いいの?」
「おう。なんかさ、チロルチョコみると思い出しちまうんだよな。」

雄二は少し悲しげな顔をして続ける。

「昔、チョコレート好きな俺のために兄貴が自分の小遣いからチロルチョコをよく買ってくれてたんだ。
小さなチョコだけどすげー嬉しかったのを覚えてる。」

雄二の手が少し震えているのがわかった。
言葉が切れる。
……少しの沈黙の後、彼は言った。

「でもさ、その兄貴が……
高3の時いなくなって、まだ見つかってねぇんだ。」

2/13/2023, 11:57:02 PM

お題:待ってて

隙間から覗き込む太陽の光で目が覚めた。
……やっぱりまだ見慣れない天井だ。

昨日彼女と喧嘩した。
そのせいかここで目を覚ますのも昔のことのように感じる。
まだ1日しか経ってないのに。

着替えてからリビングにいくと、すでに彼女がいた。

「昨日はごめん。」
「その話、昨日散々したでしょ?
こちらこそごめんね。」

彼女はよっと言いながら立ち上がる。

「これからきっとまた衝突することもあるよ。
その度にぶつけ合っていこ。」

薄いカーテンから差し込む灯りが彼女を包む。
暖かな笑顔だった。

そうだ。
お互いの価値観が合わないこともある。
でも言わなきゃわからないんだ。
ぶつかることが怖くても、辛くても。
ちょっとずつ知って、受け止めていきたい。

「待ってて、コーヒー。いれてくるから。」

彼女はキッチンへ向かう。
その背中を見て思った。
こんな日々が続いてくれればいいな、と。





関連:Kiss

2/12/2023, 11:29:20 PM

お題:伝えたい


「こういうメールは開いたらダメだ。
ウィルスが入ってる可能性があるかもしれない。」

真面目な口調で篠崎さんは言う。
もちろん後輩の私は真面目に聞かなければいけないのだが、今の私はそれどころではない。

くっついているのだ。
篠崎さんの肩あたりに。
……ぬいぐるみが。

ピンク色の先が丸いテントようなぬいぐるみだ。
そしてそのテントには可愛らしい目が合った。
足もあり、まるでミニサイズタコさんウィンナーのようだ。

おそらく底の部分がくっつくようになってるのだろう。
なぜか。

それが篠崎さんの羽織ってるカーディガンの、肩の後ろあたりについている。
……なぜだ。

「こういうメールを開くとなんだっけかな、トロイの木馬だとか、マル……マルボロじゃなくてなんだっけかな……?」
「トロイの木馬ですね、トロイア戦争の際ギリシア軍のオデュッセウスによって作成された中に人が入れる木馬。」
「……詳しいな。」

ぼーっとしてる間に口が動く。
もはや私の関心ごとは1つだった。

……どう伝えよう。
普通に伝えたらかなり恥ずかしい思いをしそうだ。
あと気まずい。
きっとあの微妙な空気に私が耐えられそうにない。

「まあいいんだ。
とにかくこういうやつは開くなよ。」

言い終えると篠崎さんは席を立つ。
と、その拍子にぬいぐるみが服から少し外れた。
……なぜか足一本を残して。

篠崎さんはそのまま印刷機の方へ歩いて行く。
歩くたびにそのぬいぐるみはぷらぷらと揺れていたのだった。

……他意はないが、ウッディと呼ばせてもらおう。

篠崎さんは印刷した紙を持って自席まで歩く。
このタイミングでは背中が見えないのでウッディが見えなくなる。

が、この状況。
松井さんには完全に見えているはずだ。
思った通り松井さんが声を上げた。

「篠崎、それなんだ?」
「……?なんですか?」
「いや、そのせな……」

途中まで言いかけた松井さんの言葉が途切れる。
不思議に思って松井さんの方を見ると、彼は篠崎さんの肩の先の方に視線を向けまま固まっていた。

見たところ肩には何もない。
と言うより視線が少し肩より上な気が……。

視線を辿って振り返ってみると、そこには小さな張り紙が張ってあった。

【ハラスメント講習について】

なるほど……。
でも松井さん、ウッディの指摘は多分セクハラじゃないと思います。

そんな私の考えは伝わるはずはなかった。

「いや、なんでもない。気にするな。」
「……?わかりました。あ、後少ししたら出ます。」
「おう、気をつけて行けよ。」

いや、そのまま外に出るのはまずい。
もしお客さんのところに行くなら目も当てられない。

席についた篠崎さんは上機嫌らしい。
少し揺れながらPCをリズミカルに叩く。
そのカタカタという心地よい音に合わせて……
ウッディも揺れる。

まずい。
考えなきゃ。

状況としては、私以外が指摘しても気まずいことには変わらない。
だからこの問題は篠崎さん自身に解決してもらう必要がある。

焦りながら仕事をするふりをしようとすると、先ほどのメール画面が表示されていた。

トロイの木馬。
トロイアの門を自ら開けさせる秘策。

自分から開けさせる。
そうか、カーディガンを脱がせればいいんだ。
カーディガンを脱いだ時にウッディに気づかないはずがない。

自分から脱がせる……。
そんな話がどこかに……。

少し考えて閃く。
そうだ!北風と太陽だ!

私はゴミを捨てるふうを装ってゴミ箱の前まで行くと、エアコンの設定温度ボタンを連打した。
みるみる上がっていく数値。
怪しまれないように素早く撤退。

席まで戻るとひどい汗だった。
ため息をつく。

と、エアコンがうなりをあげ熱風を吐き出し始めた。
ものの5分と経っていないが気温が上がっていく。
狭い事務所のせいだろうか。

「ん、暑いな。
エアコン壊れたか?」
「……とりあえず温度下げます。」

篠崎さんの言葉に野村くんが反応する。
席を移動する野村くんを尻目に、ついに篠崎さんがカーディガンに手をかけた。

篠崎さんの体から離れるカーディガン。
揺れるウッディ。
そのウッディに、篠崎さんの指先が触れる。

よし。
うまくいった。

心の中でガッツポーズをした瞬間、顔を真っ赤にした篠崎さんがばっとこちらをみた。

……あ、私これみてたら結局気まずい空気になるじゃん。

目と目が合う。
そしてしばらくの沈黙。

先に切り出したのは篠崎さんだった。

「あっ、な、なんだろうな、これ。うん。
あの、なんかめんだこ……違った、なんかのタコのぬいぐるみみたいだな、うん。」

完全に声が上擦っている。

「よければあげるよ、ほら。
じゃあ私出かけてきます。」

そう言うとバタバタと荷物をまとめ、足早に去っていった。
……ぽかんとするしかなかった。

残されたものといえば、私の机の上にいるウッディと、

「設定温度、40℃でした。」

という、野村君の声だけだった。

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