お題:お気に入り
それは先輩が落としたぬいぐるみを貰ってから1ヶ月ほどしたある日のことだった。
私の机の上には未だにそのぬいぐるみが置いてある。
残業中で静かな事務所の中でぼんやりとそれを眺めていた。
そのぬいぐるみはめんだこという生き物を模したものらしく、実物よりかなり可愛くなっている。
そしてなぜか底面にマジックテープが貼ってあり、くっつくようになっている。
正直私の好みではない。
が、世の中こういう可愛いものをみて癒される人が多いのだとか。
……手が出せないバッグとかを眺めてるほうが幸せなんだよねぇ。
仕事をほっといて物思いに耽っていると、ドアが開く音がした。
びくっとして、仕事をするふりをする。
と思ったらPCがロック画面になってることに気づいた。
まずい。
咄嗟の判断で今まさに席を立った体で椅子から立ち上がると、ドアを開けた主が見えた。
「あ、よかった。佐川、ちょっといいか?」
「篠崎さん?あれ?今日直帰じゃ……?」
少し顔が赤い。
走ってきたのかとも思ったが、走ってきたにしては息は整っていた。
「いや、用事があってな。
その……ぬいぐるみ、やっぱり返してもらってもいいか……?」
かなり早口だった。
顔も不安げだ。
そんなに大切なものならあげなければいいのに。
いつもは真面目な先輩がこんなもののために私と2人になるタイミングを見計ってたことを考えると少し微笑ましかった。
「これですか?いいですよ。」
手渡した瞬間、安心し切ったような緩んだ顔を私は見逃さなかった。
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2/18/2023, 7:58:14 AM