粥井

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10/21/2024, 11:54:44 AM

「はーい、2人ともそこに立って」
一緒に合唱部に入った相棒と、3度目の因縁の対決。

音階練習でキーをどんどん上げていって、残った方がソプラノ、脱落したらアルト。
毎回の演奏会のメインになるこの曲だけは、二人ともソプラノがやりたくて。だってこの曲のアルト、目立たな過ぎなんだもん。

ちなみに、今までは1勝1敗。

ピアノの音が私たちのゴング。
この先生は「マ」で歌わせてくる。
♪ママママ マママママ~
うん、いける。

並んで立っていると、息づかいや消耗具合まで伝わってくる。
今年は後半まで呼吸量をセーブする作戦か…。
大丈夫。私も作戦通り、一定に、一定に。

♪ママママ マママママ~
うわぁ。裏声に移るタイミング一緒。最悪。
それもそうか。互角だからこんなに何度も対決してるんだった。

ん?ム…?マじゃなくてムで歌ってる。
先生!この人ムで歌ってます!鬼レンチャンのほいけんたみたいになってます!

♪ママママ マママママ~
どうしよう。声が出づらくなってきた。
隣はまだ余裕そう。ムのくせに。
きつい。なんか息もしんどくなってきた。

呼吸が乱れ始めたのが隣からも聞こえる。
ああ、やっぱ今年も互角だった。
落ち着いて、大きく息を吸って。
無になれ、ムで…。

ぜったいに勝ってやる。
声が枯れるまで。

10/20/2024, 4:56:33 PM

雨が降り出しそうな時、いつも同じ匂いがする。
懐かしくて、どこか寂しいような。

雨男だと自覚したのは、小学生の頃だった。
楽しみな行事の日はたいてい雨で、まれに見る不運な学年だと言われていたらしい。

雨が降っていると、バスは遅れてやってくる。しかも、ここのバス停には屋根がない。
『いやー、降りましたね』
『雨といえば、降る前は鳥が低く飛ぶそうで』

なんなんだ、この男は。大雨の中、傘越しに話しかけられているこの状況は。
『私、晴れ男なんですよ』
『雨男は雨に降られることが多い人じゃないですか。私は、雨上がりを見ることが多いんです』
「それは雨上がり男では?」
しまった。間を埋めてしまった。

『雨が上がるって、晴れるってことでしょ?』 雨か晴れか、ゼロヒャク思考なのか?
「曇りのままのこともありますよね」
本当の晴れ男は、曇りを晴れにする人――。

『曇りかー、盲点でした』
『小さい頃に骨折して学校休んだことがあって。1週間くらいかな。戻ったら久々に長雨が止んで、凄いね晴れ男だねって。そこから何十年も自分は晴れ男なんだって思ってました』
「でも、晴れ男がいないから雨が降ってたってことなんですかね」
『まあ梅雨の時期だったんで、次の日はまた雨だったんですけどね』
……それは雨上がり男だろ。

『お、晴れ…いや、雨上がってきましたよ』
「ほんとだ、鳥も飛べますかね」
――高くなくても、飛べたら何でもいいか。
『鳥も飛べるし、雨上がり特有の匂いがあります』
雨上がり特有の…。雨が降る前の匂いとは違うんだろうか。


『バス、来ませんね』
「晴れたことだし、歩きましょうか」

5/28/2024, 12:57:18 PM

「半袖」と聞いて思い出したエピソードを一つ。

中学に上がってすぐの6月、冬服から夏服に変わるタイミング。
ブレザーを着用する必要がなくなり、私は意気揚々と半袖シャツ1枚で登校した。

学校に近づくにつれて気が付く。
周りを歩く生徒たちは皆、
シャツの上にベストあるいはセーターを着ていた。

おそらく自分の意思のみで行う初めての衣替え、制服の作法など未知な中学生には充分に恥じらいを与える体験である。

浮いていたであろう私は、
「暑いからあえてこのスタイルで着こなしているんですよ?」
という顔をしてどうにか1日を過ごした。

失敗を開示することもなく、指摘する隙も与えず。



その後の学生生活では、シャツの上には必ずセーターを着るようになった。

夏でも、余程暑くない限りは半袖シャツにセーター。
冬でも、室内は暖房が効いているということ、腕に直接柔らかい生地が当たる感覚が好きという理由で半袖シャツにセーター。

本当は暑がりのくせに、
「寒くてセーターを着ています」
みたいな顔をして学校生活を全うした。

背中や脇に汗をかいていても、なぜか汗をかかない顔にあやかって涼しげな表情をかましていた。


今思えば、中1の初夏のあの体験が根底にあったのかもしれない

誰も、私が本当は汗っかきなことを知らない
私も、誰にも知られないように振る舞っている

なんか、ずっと、そんな感じの人生

5/27/2024, 3:26:00 PM

本格的な暑さが訪れようとしている5月中旬。
賑やかな校庭で、体操服を着た子供たちを囲むように親や教師たちが見守っている。

("かけっこといえば"のあの曲も、流石にもう定番ではなくなってるよなあ)

最近では徒競走のような順位がつく種目をやらない学校もあるようだが、我が子の活躍がほぼ約束されているとなったら現代の教育理念など後回しだ。

──息子は俺に似て脚の速い子に育った。
中学に上がれば陸上部のエース…いや、今頃からサッカーをやらせて脚力を鍛えるのもアリだな。

ゴールの瞬間がよく見えるポジショニングも完璧。
カメラだって、最高の瞬間を切り取れるよう一級品を用意した。


『お、〇〇くんじゃあないか』

「(…まずい)」

「奇遇ですね、会長もいらっしゃるとは」

『うちの子の出番、次なんだよ』


…運命とは時に残酷だ。
我が社の当代会長のご子息が俺の息子と同じクラスってだけでも息が詰まるのに、こんなときにも当たるなんて。


『私の息子は随分と脚が速くてね、毎年一等賞でゴールするんだ』

「それは期待できますね。ご活躍が楽しみです」


遠くでスタートを知らせるピストル音が鳴るのが聞こえる。

いつか息子が聞いてきたっけ。

『どうして天国はお空にあって、地獄は地面の下にあるの?』

息子が一番にゴールしたとき、そこは天国なはずだ。
そうでなければいけない。
一瞬でも息子の負けを描いた己を憎んだ。

いや……勝ったら天国で、負けたら地獄なのか?
天国も地獄も同じ場所にある表裏一体の世界ではないのか?


(……勝って味わう地獄も悪くないな)

        
【天国と地獄】

11/30/2023, 3:46:39 PM

泣かないで。
あなたの涙はもらってしまうから。

悲しみは脳のエラー。
感情はすべて一過性のもの。
涙の数だけ強くなれる、なんて信じない。

そうしていつしか涙の流し方を忘れてしまった私でも
あなたの前ではもらい泣きをしてしまうの。

『どうして貴方も泣くの?』

「……あなたが、泣いているから」

『ふふ、なにそれ笑』

"泣かないで"と、口に出すまでもなかったみたいだ。

自らの泣き方がわからなかった私には
その涙の止め方もわからない。

でも大丈夫。あなたと一緒にいるだけ。

もらい泣きしやすいなら、もらい笑いもしやすいかもね。

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