くまる

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3/8/2025, 8:05:40 AM

「ラララララ〜!」
「おや、お嬢ちゃん、ご機嫌だね。」
「うん!」

今日も今日とて、魔法使いのエストは旅していた。今日は自分の家から東側(もしかしたらもうすぐ一周して西側なのかもしれない)の、初めて来る街に来ていた。この街も魔法使いと人間、それから珍しく他の種族も、みんな仲良く暮らしているように見える。
宿を出て数時間。お腹の空いたエストは、街中の食堂に入ってみる。

カランカラン

「いらっしゃいませぇ!」
「こんにちは!」
「おや、お嬢ちゃん、一人かい?」
「うん。お金は持っているから、ご飯を食べさせてくれる?」
「もちろんだよ。おいで。この席へどうぞ。」
「ありがとう!」

今、エストは10歳くらいの少女の姿だ。昨夜、宿に泊まる時は、大人の女性の姿をしていたが、エストは少女の姿の方が好きなので、宿屋を出た後、街の路地で、少女の姿に変身した。エストは変化魔法に長けている。本当の姿は誰も知らない。エスト自身も忘れている気もする。

「おすすめの料理はある?」
「そうだな。日替わりパスタはどうだろう。うちのパスタはモチモチで人気だよ?」
「じゃあ、それにする!」
「はいよ!」

オーダーを取った店員は、そのままキッチンへ入っていく。シェフだったのかしら?そんな事を思っていると、カランカランとドアベルの音がして、新たに二人、客が入ってくる。すると、キッチンからペラペラの人型の紙切れが飛んできた。客が席に着くと、机の上に紙がひらりと降り立つ。

「イラッシャイマセ。ゴチュウモンハ、オキマリデスカ?」

式(しき)だ!もっと近くで見たい!エストは立ち上がりそうになった。式と言うのは、妖精の様な生き物で、紙に宿す事が多い。式使いは魔法使いの中でも珍しく、エストが式使いを見るのは、姉弟子のミナミを除いて、数回しかない。式は注文を聞くと、またヒラヒラとキッチンへ戻っていく。

「今日は忙しいみたいね。」
「昼時だからなぁ。」

後から来た客は常連らしい。その後も次々に人がやって来て、席に着くと、その席に式が飛んでいく。あっという間に、店のテーブルが埋まる。エストが式を見るのに夢中になっていると、キッチンから店員がやってくる。

「はい、お待ち!日替わりパスタだよ!」

テーブルに置かれたパスタは、彩りも良く、とても美味しそうだ。

「あなた、魔法使いだったの?」
「ん?ああ、式のこと?」
「うん。」

すると、店員は首を横に振る。

「違うよ。私の父が式使いでね。今、うちで働いてくれてる式は父が呼び出したんだ。」
「そうなの?式は、ずっと居るの?」

普通、式は一度にひとつしか仕事を熟さない。ずっと居るなら、すごいことだ。

「そうだね。父の事を慕ってくれている式が居るっぽいんだ。魔力を持たない私の代になっても手伝ってくれているのは、本当にありがたい事だ。」
「そうなのね!すごい!」
「はははっ!君も魔法使いなのかい?式に詳しいね。」
「そうよ。大丈夫、お代はちゃんと払って帰るわ。」
「ふふ。うちに来るお客は、みんな良い人だから、食い逃げ犯も今のところ居ないさ。」
「そうなのね。ごめんなさい。」

魔法使いは、瞬間移動も透明化魔法も使える。旅の魔法使いだと分かると嫌な顔をする人も多い。だからと言って、魔法使いを犯罪者のように言ってしまった。気まずい。だが、店員はニコッと笑う。

「いいよ。ちゃんと言ってくれるのは嬉しい。さぁ、食べてみて!」
「うん!本当に美味しそう。いただきます!」

エストは、パクリとパスタを口にする。

「すごく美味しい!」
「それはよかった。次のお湯が湧くから、キッチンに戻るよ。ゆっくりしていって。」
「うん!ありがとう!」

エストがパクパクとパスタを食べている間も、店員は次々と料理を運び、客と楽しそうに話す傍ら、式が店を飛び交っている。とても素敵なお店だ。美味しい食事に、素敵な空間。エストは、おなかいっぱいになって、席を立つ。入口の近くにあるレジには、式が一枚立っていた。

「オカイケイハ、コチラデス。」

ピコっと、レジに金額が表示される。エストはぴったりお金を出して、礼を言う。

「ありがとう。とても美味しかったわ。」
「シェフニ、ツタエテオキマス。」
「あなたも。ありがとう。お仕事頑張ってね。」
「……アリガトウゴザイマシタ。」
「じゃあね。」

式は、ぺこりと頭を下げると、またヒラヒラと店内に戻っていく。エストは、とても満足していた。道の端で、箒を出して、空へ旅立つ。今回も素敵な旅になった。箒を西へ向けて、自宅へ向かう。昼時の青空を飛んでいくのは、とても気持ちいい。今夜は、ぐっすり寝れそうだ。久しぶりに自分のベッドで寝るか、今夜も途中で宿を探すか。幸せな寝床を探して、エストは空の旅を楽しんだ。

3/6/2025, 2:12:46 PM

その日もキタは夜空を見上げていた。魔法使いの弟子になって、まだ間も無い彼の、将来の夢は「星読み」になること。星が良く見える、この海岸に居を構えている。

「今日は雲が多いなぁ。」

雲が風に乗って、南から北へと流れていく。その流れは速く、高い空には強い風が吹いているようだった。明るい月が出たり隠れたりして、目の前の海が光ったり暗くなったりしている。

「あったかくなってきたな。」

今年も春が近付いてきている。キタは夜空を見上げ、手に持った望遠鏡を覗き込む。

「えっと、今日のスピカは……。」

その時、ザーっと音を立てて強い海風が吹いてきた。

「うわっ!」

バタバタバタと軒先に干したままのウェットスーツが音を立てる。

「あー、びっくりした。」

その時だった。目の前で、何かが、ぽわっと光る。風に乗って、ひとつ、またひとつ。

「カナナシだ!」

カナナシの綿毛のような花が、風に乗って海から流れてくる。それが、雲に見え隠れする月明かりで、キラキラ光って見えた。海藻の一種、カナナシの種は、清涼剤として使われている。もう少し暖かくなったら、海に潜って採取する予定だ。海の傍に家を構えるキタにとっては、貴重な収入源のひとつ。

「綺麗だなぁ。」

キタは星を見るのも忘れて、空高く舞い上がっていくカナナシの花を見送る。ふわふわと風に乗って、花は、遠く遠くへ流れていく。

3/6/2025, 8:28:54 AM


「ニシさん。」
「どうした?」
「どうして、雨は降るんですか?」
「……。」

最近は雨続きだ。ニシと一緒に暮らしている魔物ファキュラは、「たいくつ」している。

「雲の中の水分が多くなって、水になって降ってくる。」
「ふぅん。」

ファキュラは出窓の下に子供用の椅子を持って行って、窓の向こうを覗き込む。

「ニシさん!」
「ん?」
「みずたまりです!」
「そうか。」
「……おそと、行かないんですか?」
「お前が傘を壊したんだろ?」
「……はぃ。」

ニシは心を鬼にしている。2日前、レインコートを着せ、傘を持たせたファキュラと、一緒に街まで買い出しに行った。食料品を買って、外に出ると久しぶりに晴れていて。はしゃいだファキュラが、電灯に子供用の傘をぶつけて壊したのだ。止めろと注意したのに。このままでは、そのうち大きな事故を起こすかもしれない。魔物であるファキュラに死があるのかは分からないが、危険な目には合わせたくないのだ。

「ニシさぁん。」

いつの間にか、ファキュラは腰掛けたニシの側まで来ていた。

「ん?」

ファキュラは、新聞を読んでいるニシの服の袖を掴む。

「……ごめんなさい。」
「どうして謝るんだ?」
「かさをこわしちゃったから。」
「ファキュラ。」

ニシは新聞を畳んで、ファキュラを持ち上げる。向かい合わせになるように、膝に乗せた。

「ニシさん?」
「俺が怒ってるのは、そんな事じゃ無い。」
「そうなんですか?」

ファキュラは不思議そうに首を傾げる。

「傘を壊す前、俺がなんて言ったか覚えてるか?」
「えっと。」

ファキュラは小さい手と手を合わせて考える。

「あぶないから、ふりまわしちゃダメ?」
「そう。周りの人を怪我させるかもしれないし、自分が怪我することもあるんだぞ。」
「ぅ。はぃ。」
「もう振り回さないか?」
「はい。振り回さないです。」
「雨が止んだら、傘は俺に渡すこと。分かったか?」
「はい。」

しょぼんと、尻尾を下げるファキュラを床に下ろすと、ニシは立ち上がる。

「おいで。」

ファキュラがニシの後を追うと、玄関に辿り着く。

「買い物に行くぞ。」
「えっ!」
「レインコートは自分で着れるな?」
「はい!」

嬉しそうに、尻尾をピンっと立てて。コート掛けから取ってもらったレインコートを一生懸命着ていく。ファキュラの猫のような手では、押さえるだけのスナップボタンも、締めるのが大変な様子。

「ほら、こっち向いて。」
「はい!」

ニシはしゃがみ込んで、ボタンを締めてやる。ニシがマントを纏う間に、ファキュラは一生懸命、長靴を履く。子供用の長靴をファキュラが履きやすい形に魔法で変形させた物だ。

「ファキュラ、これも。」
「あ!ぼくのかさです!」
「直しておいた。もう壊すなよ。」
「はい!ありがとう、ニシさん!」
「どういたしまして。」

傘を持ったニシはドアを開ける。ファキュラは嬉しそうに外に出る。ニシが一人だった頃は、マントで瞬間移動して買い物を済ませていた。天気の悪い中、わざわざ歩く意味が分からなかった。だが、ファキュラと暮らし始めて、こうやって、雨の日も外に出るようになった。マント魔法の使えないファキュラが暮らすには、雨の中も歩かなければならない。

「ニシさん!あめですよ!」
「ファキュラ、傘はちゃんと持って。」
「はい!」

レインコートに長靴、子供用の傘を持ったファキュラは、楽しそうに水たまりで跳ねている。それを見たニシは、ホッと胸を撫で下ろす。ニシだって、胸が痛かったのだ。可愛いファキュラには、楽しく毎日を過ごして欲しい。それが愛玩用の魔物の魔力なのだとしても、ニシはファキュラの事を愛しく思っている。

3/4/2025, 1:33:53 PM

ある朝、ファキュラは起きると泣いていた。原因は分かっている。今見ていた夢のせいだ。

「……ごしゅじんさま。」

ファキュラは、猫のような手で顔を覆う。自分の肉球が冷たくて、泣いて熱い目を、まぶたの上から冷やしてくれる。

◇◆◇

ファキュラのご主人様。ファキュラをこの世界に呼び出したのは、一人の小さな女の子だった。

「あなたの名前はファキュラよ。」
「ふぁきゅら?」
「そう。可愛いでしょ?」

ファキュラは、その頃、「かわいい」の意味も分かっていなかったが、女の子は、そんなファキュラを、とても可愛がった。
幾日も、一緒に森の中で過ごした二人。ある日は、花かんむりを作ってもらい、ある日は、二人で果物を食べた。

「みんなには内緒よ?」
「ないしょ?」
「そう。あなたは私だけのファキュラ。」

そう。ファキュラは一人、森に住んでいた。女の子は、家族に内緒で、森に通っては、ファキュラと遊んでいた。女の子は、川で汲んだ水を魔法で沸かして、ファキュラの体を洗ってくれた。

「白くて、ふわふわの可愛いファキュラ。」
「ふふふ。ありがとうございます!」

それから、もう小さくなった自分のお下がりをファキュラに着せてくれた。

「あったかい?」
「はい!あったかいです。」

そうして数年が経ったある年。その年は、いつもより寒い日が続いて。焚き火をしながら、女の子はファキュラにくっついて座っていた。二人でくっつくと温かい事を、ファキュラは、もう知っていた。

「ねぇ、ファキュラ。」
「なんですか、ごしゅじんさま?」
「ファキュラは、ずっと元気で居てね。」
「ずっと?」
「そう、ずっと。もし私が死んでしまっても、ファキュラは、私より、ずっとずっと長生きしてね。」
「はい。ファキュラはずっとずっと長生きします!」
「ふふ。ありがとう。」

その次の月。女の子は、森に現れなくなった。寒い寒い冬だった。女の子が心配になったファキュラは意を決して、森を出た。ある日、女の子は言っていた。

「この森を出て、ずっと歩いた所に、私の家があるの。」

ファキュラが森を出ると、すぐそこに家があった。いつか、女の子が見せてくれた、絵本の家と同じ形をしていた。その家から人が出てくる。

「カノリさん?」
「え?」
「カノリさんですか?こんにちは。ファキュラです!」
「ファキュラ?」

「カノリさん」は、絵本の中で、その家に住んでいた女の人だ。ファキュラは、来なくなってしまった女の子のことを話す。

「えっと。ごしゅじんさまが、どこへ行ったか知りませんか?」
「ご主人様?……ああ、森に来てた魔女の女の子かしら。」
「はい!」
「彼女なら、病気で亡くなったわ。酷い風邪を引いたんだって。」
「なくなった?」
「そう。死んじゃったってこと。」
「死んじゃったんですか?」
「そう。あなたは、あの子の使い魔なのかしら。もうご主人様は居ないんだから、元の場所に帰りなさいね。」
「もとの場所?」
「そうよ。時間が経てば、自然と戻れるわ。」
「……はい。」
「じゃあね。」

そう言うと、カノリさんは、家に鍵をかけて街に行ってしまった。

「死んじゃうと、会えなくなっちゃうのよ。」

そう、女の子に、教えてもらったことがある。

「もう会えないの?」

ファキュラが、ぽつりと呟いた声は、白い湯気になって空に消えた。


その日から、ファキュラは森の中で、その時を待っていた。「時間が経てば、自然と戻れる」そうカノリさんは言ったけど、待てども待てども、その時は来なかった。そのうち、お腹の空いたファキュラは、またフラフラと森を出た。カノリさんの家の前を過ぎて、大きな街に出る。

「うわ、汚ねぇ。」
「こっち来んな!魔物が!」
「止めとけよ。呪われんぞ。」

道行く人が、ファキュラの事を見て、そんな事を言う。女の子が居なくなって、身体を洗わなくなったファキュラの白い毛は、埃で灰色にくすんでしまっていた。

「ファキュラは可愛くないです。」

ショーウィンドウに写った自分を見て、ファキュラは思う。初めて見た自分の姿は、ペタリとした毛、空腹で細くなってしまった身体。女の子が褒めてくれたフサフサの毛も、抱き締めてくれたフワフワの身体も無くなってしまった。

「ありがとうございました!」

その時だった。店から誰かが出てきて、ファキュラは、その人の足に躓いてしまった。フワっと身体が浮いて、その勢いのまま、ごろっと転がる。

「「!」」

ファキュラが顔を上げると、一人の見知らぬ男の人が、ファキュラを見下ろしていた。そして、そこは、街の中では無くなっていた。

「なっ?え?うわっ!汚れる!」

そう言うと、男の人はファキュラを持ち上げて、別の場所へと運ぶ。

「え?君、だれ?あ!違う!ここで待ってて!時間が!」

バタバタと男の人が走っていって、辺りがシーンと静まり返る。どこからか、カチッカチッと何かがリズムを刻む音だけが聞こえる。

「ここで待ってる。」

ファキュラは、男の人を待つことにした。どちらにしても、ここが、どこだか分からない。ファキュラは、そこが風呂場だということを知らなかった。冷たいタイルの上で、ただただ男の人を待つ。座ってもいいのかすら、分からなかった。

「ただいまぁ。」
「……おかえりなさい?」

数時間後、遠くで男の人の声がした。ファキュラはいつか女の子に教えてもらったように、「ただいま」に「おかえりなさい」を返す。バタバタと音がして、男の人が駆けてきた。

「え?ずっとそこに立ってたのか?」
「?」
「困ったな、君、名前は?」
「ファキュラです。」
「君は誰かの使い魔なのか?」
「えっと、ごしゅじんさまのつかいま?です。」
「……ふぅ。」

男の人は、大きく息を吐くと、シャワーの蛇口を捻る。

「とりあえず、洗おう。お湯は?使った事ある?」
「おゆ!あったかいお水です!」
「そう。身体洗える?」
「はい!」

ファキュラは、バンザイをした。身体を洗う時は、こうするのだ。そうしたら、ごしゅじんさまが、服を脱がしてくれて、身体を洗ってくれる。

「あー、うん。とりあえず、脱ごうか。」

ファキュラがバンザイをしたままで居ると、男の人が服を脱がしてくれる。

「こんな薄着で寒くなかったの?」
「寒い?」
「あー、毛皮だから、寒くはないのか。身体は、冷えてない?」
「うんと、ちょっと、つめたかったです。」
「あー、うん。身体が冷たくなる時は寒い時なんだよ。」
「そうなんですね!」

この男の人は、「ものしり」だ。まるで、ごしゅじんさまみたい。男の人はファキュラにお湯をかけてくれる。いつの間にか毛に付いていたタネを、ひとつづつ取ってくれている。

「困ったな。君のご主人様は?どこに居るの?」
「ごしゅじんさまは、死んじゃいました。」
「死んだ?じゃあ、そのうち戻るか。」
「ファキュラは戻れませんでした。」
「え?」
「ずっとずっと長生きするから?」
「長生き?」
「そう、やくそくしました。」
「約束?」
「うん。やくそく。やぶったらダメです。」

「もし私が死んでしまっても、ファキュラは、私より、ずっとずっと長生きしてね。」そう言って居なくなってしまった、ごしゅじんさま。

「長生きって、じゃあ、新しい主人は……?」

その時だった。ファキュラは女の子の言葉を思い出す。

「私はファキュラの主人だから、ファキュラの身体を洗うのよ。」

ファキュラは難しい顔をしている男の人に話かける。

「あなたが、「ごしゅじんさま」?」
「え?」
「ファキュラの「ごしゅじんさま」ですか?」
「違うよ。俺はニシ。君の主人じゃ無い。」
「……そうなんですか。」

そう言われれば、「ごしゅじんさま」は女の子1人のような気もするし、でも、身体を洗ってくれる人は「ごしゅじんさま」じゃないのかな?

「あー、とりあえず、身体を洗って、ご飯を食べて、今日は俺の家に泊まるか?」
「!」

やっぱり、「ごしゅじんさま」だ!身体を洗ってくれて、食べ物をくれて、一緒に寝てくれるんだもん!

「ごしゅじんさま!」
「えっ?違うって、俺は君の主人じゃない。」
「でも、ごしゅじんさまです!」
「えええっ?」

それが、ファキュラとニシとの出会いだった。

◇◆◇

「ファキュラ?もう起きたのかい?」
「ニシさん。」
「どうした。泣いてるのか?」
「『ごしゅじんさま』が居なくなっちゃいました。」

ファキュラは、隣で寝ていたニシの胸に飛び込む。ぎゅっと寝巻きを掴んで、顔を埋めた。そんなファキュラの頭を、ニシは優しく撫でる。

「そうだね。」
「でも、ファキュラは、ずっとずっと長生きします。」
「約束だもんな。」
「はい。……ニシさんは、ずっと一緒ですか?」
「……ファキュラがお終いだと思うまでは、一緒に居るよ。」
「約束?」
「うん。約束。」

ニシは分かっていた。この言葉は「呪い」だと。ファキュラを呼び出した前の主人は、ファキュラに呪いをかけたのだ。「ずっとずっと長生きしろ」、と。だから、自身も呪いをかける。ファキュラが満足して元の場所に戻るまで、死んではならないと、ニシは己に呪いをかけて、ファキュラと共に生きていく。

3/4/2025, 9:04:09 AM

ひらり、花びらが舞う。

「あ。」

次の瞬間、強い風が吹いて
ザーっと音を立てて桜が散って行く。

「春だね。」
「ん。」

再び、桜並木を家まで歩く。

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