くまる

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「ラララララ〜!」
「おや、お嬢ちゃん、ご機嫌だね。」
「うん!」

今日も今日とて、魔法使いのエストは旅していた。今日は自分の家から東側(もしかしたらもうすぐ一周して西側なのかもしれない)の、初めて来る街に来ていた。この街も魔法使いと人間、それから珍しく他の種族も、みんな仲良く暮らしているように見える。
宿を出て数時間。お腹の空いたエストは、街中の食堂に入ってみる。

カランカラン

「いらっしゃいませぇ!」
「こんにちは!」
「おや、お嬢ちゃん、一人かい?」
「うん。お金は持っているから、ご飯を食べさせてくれる?」
「もちろんだよ。おいで。この席へどうぞ。」
「ありがとう!」

今、エストは10歳くらいの少女の姿だ。昨夜、宿に泊まる時は、大人の女性の姿をしていたが、エストは少女の姿の方が好きなので、宿屋を出た後、街の路地で、少女の姿に変身した。エストは変化魔法に長けている。本当の姿は誰も知らない。エスト自身も忘れている気もする。

「おすすめの料理はある?」
「そうだな。日替わりパスタはどうだろう。うちのパスタはモチモチで人気だよ?」
「じゃあ、それにする!」
「はいよ!」

オーダーを取った店員は、そのままキッチンへ入っていく。シェフだったのかしら?そんな事を思っていると、カランカランとドアベルの音がして、新たに二人、客が入ってくる。すると、キッチンからペラペラの人型の紙切れが飛んできた。客が席に着くと、机の上に紙がひらりと降り立つ。

「イラッシャイマセ。ゴチュウモンハ、オキマリデスカ?」

式(しき)だ!もっと近くで見たい!エストは立ち上がりそうになった。式と言うのは、妖精の様な生き物で、紙に宿す事が多い。式使いは魔法使いの中でも珍しく、エストが式使いを見るのは、姉弟子のミナミを除いて、数回しかない。式は注文を聞くと、またヒラヒラとキッチンへ戻っていく。

「今日は忙しいみたいね。」
「昼時だからなぁ。」

後から来た客は常連らしい。その後も次々に人がやって来て、席に着くと、その席に式が飛んでいく。あっという間に、店のテーブルが埋まる。エストが式を見るのに夢中になっていると、キッチンから店員がやってくる。

「はい、お待ち!日替わりパスタだよ!」

テーブルに置かれたパスタは、彩りも良く、とても美味しそうだ。

「あなた、魔法使いだったの?」
「ん?ああ、式のこと?」
「うん。」

すると、店員は首を横に振る。

「違うよ。私の父が式使いでね。今、うちで働いてくれてる式は父が呼び出したんだ。」
「そうなの?式は、ずっと居るの?」

普通、式は一度にひとつしか仕事を熟さない。ずっと居るなら、すごいことだ。

「そうだね。父の事を慕ってくれている式が居るっぽいんだ。魔力を持たない私の代になっても手伝ってくれているのは、本当にありがたい事だ。」
「そうなのね!すごい!」
「はははっ!君も魔法使いなのかい?式に詳しいね。」
「そうよ。大丈夫、お代はちゃんと払って帰るわ。」
「ふふ。うちに来るお客は、みんな良い人だから、食い逃げ犯も今のところ居ないさ。」
「そうなのね。ごめんなさい。」

魔法使いは、瞬間移動も透明化魔法も使える。旅の魔法使いだと分かると嫌な顔をする人も多い。だからと言って、魔法使いを犯罪者のように言ってしまった。気まずい。だが、店員はニコッと笑う。

「いいよ。ちゃんと言ってくれるのは嬉しい。さぁ、食べてみて!」
「うん!本当に美味しそう。いただきます!」

エストは、パクリとパスタを口にする。

「すごく美味しい!」
「それはよかった。次のお湯が湧くから、キッチンに戻るよ。ゆっくりしていって。」
「うん!ありがとう!」

エストがパクパクとパスタを食べている間も、店員は次々と料理を運び、客と楽しそうに話す傍ら、式が店を飛び交っている。とても素敵なお店だ。美味しい食事に、素敵な空間。エストは、おなかいっぱいになって、席を立つ。入口の近くにあるレジには、式が一枚立っていた。

「オカイケイハ、コチラデス。」

ピコっと、レジに金額が表示される。エストはぴったりお金を出して、礼を言う。

「ありがとう。とても美味しかったわ。」
「シェフニ、ツタエテオキマス。」
「あなたも。ありがとう。お仕事頑張ってね。」
「……アリガトウゴザイマシタ。」
「じゃあね。」

式は、ぺこりと頭を下げると、またヒラヒラと店内に戻っていく。エストは、とても満足していた。道の端で、箒を出して、空へ旅立つ。今回も素敵な旅になった。箒を西へ向けて、自宅へ向かう。昼時の青空を飛んでいくのは、とても気持ちいい。今夜は、ぐっすり寝れそうだ。久しぶりに自分のベッドで寝るか、今夜も途中で宿を探すか。幸せな寝床を探して、エストは空の旅を楽しんだ。

3/8/2025, 8:05:40 AM