「ニシさん。」
「どうした?」
「どうして、雨は降るんですか?」
「……。」
最近は雨続きだ。ニシと一緒に暮らしている魔物ファキュラは、「たいくつ」している。
「雲の中の水分が多くなって、水になって降ってくる。」
「ふぅん。」
ファキュラは出窓の下に子供用の椅子を持って行って、窓の向こうを覗き込む。
「ニシさん!」
「ん?」
「みずたまりです!」
「そうか。」
「……おそと、行かないんですか?」
「お前が傘を壊したんだろ?」
「……はぃ。」
ニシは心を鬼にしている。2日前、レインコートを着せ、傘を持たせたファキュラと、一緒に街まで買い出しに行った。食料品を買って、外に出ると久しぶりに晴れていて。はしゃいだファキュラが、電灯に子供用の傘をぶつけて壊したのだ。止めろと注意したのに。このままでは、そのうち大きな事故を起こすかもしれない。魔物であるファキュラに死があるのかは分からないが、危険な目には合わせたくないのだ。
「ニシさぁん。」
いつの間にか、ファキュラは腰掛けたニシの側まで来ていた。
「ん?」
ファキュラは、新聞を読んでいるニシの服の袖を掴む。
「……ごめんなさい。」
「どうして謝るんだ?」
「かさをこわしちゃったから。」
「ファキュラ。」
ニシは新聞を畳んで、ファキュラを持ち上げる。向かい合わせになるように、膝に乗せた。
「ニシさん?」
「俺が怒ってるのは、そんな事じゃ無い。」
「そうなんですか?」
ファキュラは不思議そうに首を傾げる。
「傘を壊す前、俺がなんて言ったか覚えてるか?」
「えっと。」
ファキュラは小さい手と手を合わせて考える。
「あぶないから、ふりまわしちゃダメ?」
「そう。周りの人を怪我させるかもしれないし、自分が怪我することもあるんだぞ。」
「ぅ。はぃ。」
「もう振り回さないか?」
「はい。振り回さないです。」
「雨が止んだら、傘は俺に渡すこと。分かったか?」
「はい。」
しょぼんと、尻尾を下げるファキュラを床に下ろすと、ニシは立ち上がる。
「おいで。」
ファキュラがニシの後を追うと、玄関に辿り着く。
「買い物に行くぞ。」
「えっ!」
「レインコートは自分で着れるな?」
「はい!」
嬉しそうに、尻尾をピンっと立てて。コート掛けから取ってもらったレインコートを一生懸命着ていく。ファキュラの猫のような手では、押さえるだけのスナップボタンも、締めるのが大変な様子。
「ほら、こっち向いて。」
「はい!」
ニシはしゃがみ込んで、ボタンを締めてやる。ニシがマントを纏う間に、ファキュラは一生懸命、長靴を履く。子供用の長靴をファキュラが履きやすい形に魔法で変形させた物だ。
「ファキュラ、これも。」
「あ!ぼくのかさです!」
「直しておいた。もう壊すなよ。」
「はい!ありがとう、ニシさん!」
「どういたしまして。」
傘を持ったニシはドアを開ける。ファキュラは嬉しそうに外に出る。ニシが一人だった頃は、マントで瞬間移動して買い物を済ませていた。天気の悪い中、わざわざ歩く意味が分からなかった。だが、ファキュラと暮らし始めて、こうやって、雨の日も外に出るようになった。マント魔法の使えないファキュラが暮らすには、雨の中も歩かなければならない。
「ニシさん!あめですよ!」
「ファキュラ、傘はちゃんと持って。」
「はい!」
レインコートに長靴、子供用の傘を持ったファキュラは、楽しそうに水たまりで跳ねている。それを見たニシは、ホッと胸を撫で下ろす。ニシだって、胸が痛かったのだ。可愛いファキュラには、楽しく毎日を過ごして欲しい。それが愛玩用の魔物の魔力なのだとしても、ニシはファキュラの事を愛しく思っている。
3/6/2025, 8:28:54 AM