永身未来

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4/18/2026, 5:10:49 AM

 葉桜が好きだ。木の下で、桜の花弁が地面に落ちて、絨毯のように広がっている。その桜の木に、青々とした新芽と色の濃い花が咲く。落ちた桜は時間の移ろいを感じさせ、葉の生命の輝きが、太陽の元に晒され生き生きとしている。そんな淡く、艶やかな葉桜には、快晴が合うと、私は思う。
 温かな日差し、のどかな空気、少し湿気を含んだ風。良い日だ。春うららとはこの事だろうか。こんなに温かな日差しであれば、日焼けも気にせず日向ぼっこもしたくなると言うもの。最近は、植物も茂りだした。ふきのとうは今年もお目にかかれなかったが、静かな、落ち着いた空気が漂っている。ふいに、風が吹いた。勢いのある、強い風。唯一、春の当たりが強い所。だが、その風は暖かく、少し湿っている。悪い気はしない。暖かな風に吹かれ、少し心に染みた。冬の風に浄化された心には、春の風は温かすぎた。空は雲一つなく快晴で、真上は深く、遠くは鮮やかな青が広がる。その澄んだ空に、なも知らぬ鳥が行き交い、春を喜ぶ。だが、空中に大量の小さな虫が塊になって舞う。春に慌ただしくなっているようで意地らしいが、こればっかりは私、嫌いだ。口や耳に入って鬱陶しい。虫の息吹を感じるのも結構だが、虫の住処である夏が近づいてくるのを感じて少し憂鬱になる。
 さて、小川のほとりに、桜の木がある。その桜はつい先日まで春をいち早く伝えに咲き乱れていたが、今では力尽き、新芽の少しある葉桜へと変わっていた。川には桜の花弁のイカダができており、今ならば乗れるのではと錯覚する。だからと言って飛び込むほど馬鹿でもないが。ふと、チラチラと桜がまた落ちる。空に舞う桜は風や重力に身を任せ、静かに落ちる。そして、何食わぬ顔で新芽が生えている。なんだか少し淋しくなる。川は静かに流れて、イカダは少しずつ流されてゆく。崩壊していく。
 いつまでも、この淋しい温かな春に身を包んでいたくなる。そんな気持ちで、私がぼうっと葉桜を見ていると、地面のコンクリートが嫌になる。きっと、この場所も、昔は土があったのだろうか。人々が、花見に来て、立ち止まったのだろうか。葉桜を、綺麗だ、美しいだ言って、主役にした人はいるのだろうか。この、川に流れる花弁に飛び乗って怒られた馬鹿な子供はいたのだろうか。温かな日差しで日向ぼっこをしに来た人はいたのだろうか。虫を見てきゃあきゃあ騒ぐ女の子はいたのだろうか。風に吹かれて髪がボサボサになった人は、どれくらいいたのだろうか。この桜の木は、一体どれだけの年月、この場所を見て散ってきたのだろうか。私はそんな、つまらないことを考えてみる。でも、いくら考えたってどうしようもなくて、答えはこの桜の木しか知らない。ならば、なぜ私はこんなことに思いを馳せているのか。わからない。きっとこの、のどかで温かな空気の所為だろう。
 さっと、手の平に桜が落ちた。

3/21/2026, 5:06:04 AM

 きっと、君はまた、笑うだろう。無邪気に、無垢に、純粋に。記憶の中にある君と、目の前で眠る君の差があまりなく、ただ、もう動かないことだけは明白だった。君が眠る棺に手を伸ばし、頬に触れた。驚くほど残酷に、冷たかった。この顔も、もう、笑いかけてくることなどなくて、子供みたいに、生意気を言う事もない。安らかに、眠っている。線香の匂いが、鼻につく。皆んな、暗い顔をして、泣いていた。
 それから、二週間が経った。君の葬式から、どうやって帰ったかは覚えていないし、あの時の記憶しか、ない。君の最期は呆気なかったね。病気でぽっくり、目の前で逝ってしまったね。病室で眠った時の顔と、あの、棺の中で眠る君の顔が、悲しいくらいに変わらなくて、いつもなら、手を添えれば、擦り寄ってくれたのにね。冷たいだけだったのは、はっきりと覚えているよ。葬式から二週間も経てば、葬式にいたみんなは切替え始めていた。私だけ、未だ仕事に行けていない。目が醒めると、隣に君がいるんじゃないかと期待して、毎回ひどく落胆していた。夢の中では、君と幸せに笑い合っていたのに。君は、何処に行ってしまったの?
"ピーンポーン"
インターホンが鳴った。気がついたら、毎朝鳴るようになっていた。多分、私の同僚だと思うのだけれど、いつも君と眠っていた寝台から、うまく動けなくて、いつも出られずにいた。毎朝、一回だけ鳴って、それで終わり。やっと動けるようになる夕方辺りに玄関を開けると、ドアノブに袋が掛かっている。タッパーに入った、野菜炒めや果物。市販のパックごはんや水も入っている。私はそのタッパーの入った袋を持って、部屋に戻った。何故だか味のしない、冷めた料理を口に運ぶ。脳裏に焼き付く、君が焼いてくれたアップルパイ。舌ばかりが覚えている、あの味。もう一度、焼き立てを君と囲みたかった。ポツリと、机に雫が落ちた。雨漏りかと思って、上を見上げてみたけれど、そんなことはなくて、目尻の辺りが、微かに暖かかった。なので、触れてみる。すると、濡れていた。そこで、やっと気がついた。私は泣いていた。最期に泣いたのはいつだろう。確か、君と喧嘩をした時以来だったかな。私は涙が止まらなくなって、突然に巨大な悲しみに襲われて、泣きじゃくった。君の笑顔ばかりが頭から離れなくなって、あの幸せな空間が、眩しくて仕方ない。失ってしまった。あれだけ大切な人を。悔しいどころではない。君を助けられなかったのが無念で、情けなくて、神様に怒られている気がしてならなかった。私は、君が生きてくれていたら、それだけでよかったのに。例え嫌われようと、疎遠になろうと、屍になろうと、ただ、生きてさえいてくれたのなら。それだけで、私は幸せだったのに。私の、何がいけなかったのだろう。君は、一体何をしたと言うの。分からなくて、悲しくて、やるせなくて、どうしようもなかった。
 ふと、背中に温もりを感じた。私は何かと思って振り向いてみると、君がいた。目をみひらいた。失ったはずの、君がいたから。私が驚き過ぎて固まっていると、私に体重を預けていた君は言った。
『いつも、見守ってるから。だから、ちゃんと生きて。俺がいなくても、生きてける。お前はそんなに、やわじゃない。』
私が何かを言う前に、君は私の頭を撫でて、少しずつ透明になっていく。
「ぁ、ま、まって!まってくれ!!行かないで!!お願い!!」
やっと機能した私の声帯で出た声は必死だった。泣いて縋り付く私に、君は少し困ったような顔をして、それから微笑んだ。
『大丈夫だ。』
 そこで、目が醒めた。目の前には、机に並んだ食べかけのご飯が散乱していた。おでこが少し痛い。どうやら、眠ってしまっていたようだった。さっきの君は、夢だった。でも、夢とは思えないほど、ハッキリと、力強い君の声が頭の中で反響している。君は、私を心配して、夢に化けて出てきたのだろうか。まぁ、君らしいと言えば君らしいが。私は、君が死んだ後でも、君に大事にされているのだと改めて感じた。それが、胸を暖かく灯す。なんだか、頭がスッキリして、霧が晴れたようだ。私も、君が大切だ。私を心配して、成仏ができないのなら、それこそ本当に悲しい事なのだ。まだまだ身体は重く、悲しみも消えない。だが、何故だか、胸に希望が灯ったような気がした。きっと、夢が醒める前に、君が灯してくれたんだ。この希望を。だから私も、二度と、君が確かにいた証拠であるこの希望を、失わないようにするために、少しずつ、前を向こう。君が安心できるように。

12/30/2025, 12:23:06 PM

花畑。ここは花畑。なんの花が咲いているのかなんてわからない。ただ、山奥にあった、地球が作った秘境。私は、偶然、そこにたどり着いた。恋人と共に。
「……きれい」
私の恋人、中也は言った。ここは木が生えておらず、少し開けており、地面いっぱいに咲き誇った花があった。風が吹くたび、さらそよと揺れた。中也は見惚れていた。目の前の風景に。何せ、今は夜であった。雲一つなく、満月の強い月明かりが、星々を照らす。そんな空模様が、さらに神々しくこの景色を完成させる。中也はその景色を、目をいっぱいに開けて眺めていた。
『そうだね。』
私は、中也に向かって言った。目の前の景色を眺めながら。私はギュ、と中也の手を握り、肩を寄せた。中也はそれでも景色に夢中で、目をキラキラと輝かせていた。そんな中也に、私もまた、目を奪われた。かわいい。私は、中也に目だけでなく、心も奪われてしまった。
月明かりに照らされた私と中也。中也の髪が、月明かりに照らされて白く輝く。星々や月に囲まれ、いったいどれくらいの間静かに咲き誇ったのかわからない花たち。そこに、ぽっとたどり着いた、私たち。この神秘的な風景を前に圧倒されている。ちなみに、私と中也はこの山で遭難している訳だが、何食わぬ顔でウロウロ彷徨っていた所、偶然、ここにたどり着いたのだ。だから、こうやって景色を眺めている場合ではないのだが、それをも忘れ、見惚れてしまう景色が、ここにはあった。
『………中也。』
私は中也に声をかけた。
「なんだ?」
中也はやっとこっちを向いた。少し赤くなった鼻先や、さっきまで瞬きもしていなかったのに潤っている瞳が、少女のような印象を与える。さらに、私の方が身長が高いので中也は自然と上目遣いになる。中也の瞳に映った星空は、とても綺麗だった。私は中也に言った。状況が状況なために、これが最期になるかもしれない。死ぬかもしれないというのに、私はとても穏やかな気持ちであった。私は、その穏やかな気持ちのまま、自身の奥底の、本当の気持ちを込めて、言った。
『愛してるよ。』
その言葉に、中也は顔を真っ赤にして、目を潤ませた。それから、中也は私にギュッと抱きつき、小さな声で言った。
「………俺も、あいしてる。」
次の瞬間、風がここ一体を吹き抜けた。冷たく、凍えるような風だったが、その風が散っていた花びらを空高く、舞わせた。それが美しくて、私は中也をそっと、抱き返した。この大自然に、中也を取られるような気がしてしまった。

12/15/2025, 1:42:32 PM

今日も、眠れない。カチ、カチと一定のリズムで時間を測る時計。静止するベランダのカーテン。真っ暗な部屋。その寂しい部屋の中央に、ダブルベッドがポツリとあり、その横にサイドテーブルがある。サイドテーブルの上には、スマホと、小さく、アンティークなテーブルランプと、二冊ほど、分厚い本が積まれていた。そのすぐ横、ベットの上に仰向けで寝転んでいるのが私。治っていうの。私は夜、なかなか寝付けない。日が昇るまで寝付けないこともザラにあった。暗闇に目が慣れてしまって、天井の皺まで数えられてしまう。暇だ。暇なせいで、私は普段、横にいるはずの彼のことを思い出す。可愛くて、格好つけな彼のことを。
『中也ってば、遅いなぁ。残業にも程があるでしょ。』
中也っていうのは、私がさっきから言ってる"彼"のこと。中也は今日、残業している。残業といっても、すでに時刻は日を跨いでおり、中也の勤めている企業がいかにブラックなのかがわかる。私はスマホをサイドテーブルからとり、中也にメッセージを送る。
'いつ帰ってくるの?'
既読は、案外早く着いた。
'すまん。あともうちょっとで仕事終わるから、先に寝とけ。'
そんな、短い会話を文面で終わらせ、私は天井の皺を数え出す。少し、寂しさが紛れただろうか。そんなことを考えながら、天井の皺を数える。
それから数時間後、ベランダから物音がした。中也だ。この、朝方四時とかいう微妙な時間にベランダから家に入ってくるのは中也しかいない。私は少し嬉しくなり、駆け足気味にベランダの窓に向かう。朝四時まで一睡もできなかったからか、フラフラするが、そんなのは関係なかった。カーテンを勢いよく開ける。空はまだまだ暗かった。ベランダにはやはり中也がおり、目を見開いて驚いていた。私はそんな中也を無視して、ベランダの窓を開ける。夜風が冷たく、部屋の空気が一気に下がる。中也を部屋に入れ、ベランダの窓をしめる。改めて見ると、中也の鼻や手先が赤かった。私は中也の手を握り、頬に当てた。氷のように冷たかったが、いつも頭を撫でてくれる、優しい手。先ほどまでパソコンのキーボードと浮気をしていた手。私はその手に頬を撫でられ、一気に眠気が襲ってきた。まだ中也の顔を見たいのに、瞼が言うことを聞かない。

「うおっ!?」
太宰が、俺の手を頬に当てたと思ったら、急に倒れた。咄嗟に抱えることができたので怪我をさせることはなかったが、太宰の顔に傷でもできたら一生の後悔になるところだった。驚きで早くなった鼓動が少し痛い。俺は太宰を抱えてベットに寝かせる。寂しかったのだろうか。気持ちよさそうに寝る太宰の目の下には、うっすらと、隈があった。きっと、一睡もできなかったのだろう。俺は、仕事着のまま、太宰の隣に寝転んだ。太宰に抱きつくようにして、俺も、目をつむった。

12/13/2025, 8:29:37 AM

死なねば。死なねばならん。私のために、死なねば。そう決意したとて、私の足は動くことを拒んだ。まだ、その時では無かろうと。震える足は私をその地に止まらせる。高く、高く、天にまで近いその土地で、下に、下に、海底まで落ちようと、私は思った訳だが、いかんせん、足がそれを無視する。仕方がないと諦める気も起きず、心だけが大きく膨らんでくる。こめかみあたりに、つぅと、汗がつたう。瞳から、一滴の涙がこぼれる。死なねば。そう思うごとに、生きねばと拍動が力強く鳴り響く。矛盾する思考と行動がじれったく、私は目をかっぴらき、手に力をめいっぱい入れ、海をも割る声でひとつ、叫んだ。
「死ななきゃ。死ななきゃ駄目なんだ。死ななきゃ、死ななきゃ、そうじゃなきゃ、駄目なんだ、ああ、ああ、死ななきゃ。」
叫んだはず。叫んだはずだのに、草の一つも揺れなかった。それどころか、私自身の鼓膜さえ、その声を聞き取れなかった。私は、そんな消えかけの叫びに、目がこぼれ落ちそうなほど驚いたのだが、拍動は変わらずどぐん、ばぐんと大きく跳ねている。
空は黒く、海は大雨で荒れ狂っている。白波が荒れ狂う海から逃げよ逃げよと叫んでは飛び散る。空から降る大粒の水は、私の髪や、足や、手、それから服をびしょ濡れにする。その他にも、地面に生える草から遠くの方に見えるビルの群生地まで、雨は平等に包み込んでいる。私は、その幻想的ともとれる、現実味のあるこの景色を背景に、生きるをやめる。
私は何せ、富豪な出であるため、傲慢なのである。例えば、私が人に、ココアを頼む。そうすると、砂糖、チョコソース、マシュマロまでのせた豪華なココアが出てこなければ、私は口にしない。私は我儘なのである。であるために、私は他人から好かれない。私と一度話したことがある者は皆、口を揃えて、常に見下してくるので腹が立つと言った。私は人に好かれなかった。そんな私でも、相手をしてくれる人はいた。それは、背の低い男であった。男は、私がする話を、目を合わせて、相槌しながら聞いてくれた。時に笑い、時に叱られ、まさに理想の学友であっただろう。だが、先日、その男を怒らせてしまった。男の親が死んだらしい。死因は病死であった。もともと、余命はわかっていたらしい。私は泣きじゃくる男を元気付けようと、珍しく気遣った訳だが、話終わるのを待たずに、視界がぐりんと、横に向く。遅れて、音がなる。私の言い方が癪に触ったらしい。私は初めて、人に頬をぶたれた。私は初めて、友にぶたれた。初めての感覚であった。人に暴力をふるわれるのも、頬にじんじわと広がるいたみも。呆気にとられる私は、激昂した友に、"お前なんか死んじまえっ!!"と怒鳴られた。私は、初めて、友に死ねと言われた。

死なねば。

そう思ったのだ。誰にも好かれず、落ち込む友さえ寄り添い、元気づけることもできず、死ねと言われる始末。私は、潔く死なねばならんのだと、やっと、今更理解したのである。私は、生きている価値、利益、意味、何もかもがないのだ。だから、この地へやってきた。今では遠い故郷を目に浮かべ、浴槽に浸かるが如く、飛び降りようと。だが、実際はできずにいた。太陽が真上にあり、眩い快晴であった空は、いつの間にか夜に降る雨に打たれていた。酷く寒い。私は、このまま朝を迎えてしまうのだろうかという恐怖と、死なねばと焦る気持ち、凍えるほど寒い夜風にあたり続けている。私の目は瞬きを知らず、私の手は、痛みを知らず、私の息は、酸素を知らず、時は過ぎていく。死なねばならんのだ。社会のゴミは、潔く死なねばならんのだ。私は自分に言い聞かせ、奮い立たせ、やっと重すぎる足を引きずり、空を歩いた。雨は止み、綺麗な朝日が差し込んでいた。どぼんと、気泡と共に海へ落ちる。海の静けさと、無機質な冷たさが、私を包み込む。私は、先ほどまで必死に、生きねばと動いていた拍動が、落ち着いているのに気づいた。きっと、生きることに疲弊したのであろう。鼓動は静かに、蠢いている。私の体も、それに比例するように、海の冷たさと静けさに、身を任せていた。ふと、海中から、海面を見る。朝日に照らされたマリンスノーが、綺麗だった。

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