永身未来

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 きっと、君はまた、笑うだろう。無邪気に、無垢に、純粋に。記憶の中にある君と、目の前で眠る君の差があまりなく、ただ、もう動かないことだけは明白だった。君が眠る棺に手を伸ばし、頬に触れた。驚くほど残酷に、冷たかった。この顔も、もう、笑いかけてくることなどなくて、子供みたいに、生意気を言う事もない。安らかに、眠っている。線香の匂いが、鼻につく。皆んな、暗い顔をして、泣いていた。
 それから、二週間が経った。君の葬式から、どうやって帰ったかは覚えていないし、あの時の記憶しか、ない。君の最期は呆気なかったね。病気でぽっくり、目の前で逝ってしまったね。病室で眠った時の顔と、あの、棺の中で眠る君の顔が、悲しいくらいに変わらなくて、いつもなら、手を添えれば、擦り寄ってくれたのにね。冷たいだけだったのは、はっきりと覚えているよ。葬式から二週間も経てば、葬式にいたみんなは切替え始めていた。私だけ、未だ仕事に行けていない。目が醒めると、隣に君がいるんじゃないかと期待して、毎回ひどく落胆していた。夢の中では、君と幸せに笑い合っていたのに。君は、何処に行ってしまったの?
"ピーンポーン"
インターホンが鳴った。気がついたら、毎朝鳴るようになっていた。多分、私の同僚だと思うのだけれど、いつも君と眠っていた寝台から、うまく動けなくて、いつも出られずにいた。毎朝、一回だけ鳴って、それで終わり。やっと動けるようになる夕方辺りに玄関を開けると、ドアノブに袋が掛かっている。タッパーに入った、野菜炒めや果物。市販のパックごはんや水も入っている。私はそのタッパーの入った袋を持って、部屋に戻った。何故だか味のしない、冷めた料理を口に運ぶ。脳裏に焼き付く、君が焼いてくれたアップルパイ。舌ばかりが覚えている、あの味。もう一度、焼き立てを君と囲みたかった。ポツリと、机に雫が落ちた。雨漏りかと思って、上を見上げてみたけれど、そんなことはなくて、目尻の辺りが、微かに暖かかった。なので、触れてみる。すると、濡れていた。そこで、やっと気がついた。私は泣いていた。最期に泣いたのはいつだろう。確か、君と喧嘩をした時以来だったかな。私は涙が止まらなくなって、突然に巨大な悲しみに襲われて、泣きじゃくった。君の笑顔ばかりが頭から離れなくなって、あの幸せな空間が、眩しくて仕方ない。失ってしまった。あれだけ大切な人を。悔しいどころではない。君を助けられなかったのが無念で、情けなくて、神様に怒られている気がしてならなかった。私は、君が生きてくれていたら、それだけでよかったのに。例え嫌われようと、疎遠になろうと、屍になろうと、ただ、生きてさえいてくれたのなら。それだけで、私は幸せだったのに。私の、何がいけなかったのだろう。君は、一体何をしたと言うの。分からなくて、悲しくて、やるせなくて、どうしようもなかった。
 ふと、背中に温もりを感じた。私は何かと思って振り向いてみると、君がいた。目をみひらいた。失ったはずの、君がいたから。私が驚き過ぎて固まっていると、私に体重を預けていた君は言った。
『いつも、見守ってるから。だから、ちゃんと生きて。俺がいなくても、生きてける。お前はそんなに、やわじゃない。』
私が何かを言う前に、君は私の頭を撫でて、少しずつ透明になっていく。
「ぁ、ま、まって!まってくれ!!行かないで!!お願い!!」
やっと機能した私の声帯で出た声は必死だった。泣いて縋り付く私に、君は少し困ったような顔をして、それから微笑んだ。
『大丈夫だ。』
 そこで、目が醒めた。目の前には、机に並んだ食べかけのご飯が散乱していた。おでこが少し痛い。どうやら、眠ってしまっていたようだった。さっきの君は、夢だった。でも、夢とは思えないほど、ハッキリと、力強い君の声が頭の中で反響している。君は、私を心配して、夢に化けて出てきたのだろうか。まぁ、君らしいと言えば君らしいが。私は、君が死んだ後でも、君に大事にされているのだと改めて感じた。それが、胸を暖かく灯す。なんだか、頭がスッキリして、霧が晴れたようだ。私も、君が大切だ。私を心配して、成仏ができないのなら、それこそ本当に悲しい事なのだ。まだまだ身体は重く、悲しみも消えない。だが、何故だか、胸に希望が灯ったような気がした。きっと、夢が醒める前に、君が灯してくれたんだ。この希望を。だから私も、二度と、君が確かにいた証拠であるこの希望を、失わないようにするために、少しずつ、前を向こう。君が安心できるように。

3/21/2026, 5:06:04 AM