永身未来

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 葉桜が好きだ。木の下で、桜の花弁が地面に落ちて、絨毯のように広がっている。その桜の木に、青々とした新芽と色の濃い花が咲く。落ちた桜は時間の移ろいを感じさせ、葉の生命の輝きが、太陽の元に晒され生き生きとしている。そんな淡く、艶やかな葉桜には、快晴が合うと、私は思う。
 温かな日差し、のどかな空気、少し湿気を含んだ風。良い日だ。春うららとはこの事だろうか。こんなに温かな日差しであれば、日焼けも気にせず日向ぼっこもしたくなると言うもの。最近は、植物も茂りだした。ふきのとうは今年もお目にかかれなかったが、静かな、落ち着いた空気が漂っている。ふいに、風が吹いた。勢いのある、強い風。唯一、春の当たりが強い所。だが、その風は暖かく、少し湿っている。悪い気はしない。暖かな風に吹かれ、少し心に染みた。冬の風に浄化された心には、春の風は温かすぎた。空は雲一つなく快晴で、真上は深く、遠くは鮮やかな青が広がる。その澄んだ空に、なも知らぬ鳥が行き交い、春を喜ぶ。だが、空中に大量の小さな虫が塊になって舞う。春に慌ただしくなっているようで意地らしいが、こればっかりは私、嫌いだ。口や耳に入って鬱陶しい。虫の息吹を感じるのも結構だが、虫の住処である夏が近づいてくるのを感じて少し憂鬱になる。
 さて、小川のほとりに、桜の木がある。その桜はつい先日まで春をいち早く伝えに咲き乱れていたが、今では力尽き、新芽の少しある葉桜へと変わっていた。川には桜の花弁のイカダができており、今ならば乗れるのではと錯覚する。だからと言って飛び込むほど馬鹿でもないが。ふと、チラチラと桜がまた落ちる。空に舞う桜は風や重力に身を任せ、静かに落ちる。そして、何食わぬ顔で新芽が生えている。なんだか少し淋しくなる。川は静かに流れて、イカダは少しずつ流されてゆく。崩壊していく。
 いつまでも、この淋しい温かな春に身を包んでいたくなる。そんな気持ちで、私がぼうっと葉桜を見ていると、地面のコンクリートが嫌になる。きっと、この場所も、昔は土があったのだろうか。人々が、花見に来て、立ち止まったのだろうか。葉桜を、綺麗だ、美しいだ言って、主役にした人はいるのだろうか。この、川に流れる花弁に飛び乗って怒られた馬鹿な子供はいたのだろうか。温かな日差しで日向ぼっこをしに来た人はいたのだろうか。虫を見てきゃあきゃあ騒ぐ女の子はいたのだろうか。風に吹かれて髪がボサボサになった人は、どれくらいいたのだろうか。この桜の木は、一体どれだけの年月、この場所を見て散ってきたのだろうか。私はそんな、つまらないことを考えてみる。でも、いくら考えたってどうしようもなくて、答えはこの桜の木しか知らない。ならば、なぜ私はこんなことに思いを馳せているのか。わからない。きっとこの、のどかで温かな空気の所為だろう。
 さっと、手の平に桜が落ちた。

4/18/2026, 5:10:49 AM