夜中に、外でなにか音がしたような気がした。起きて、カーテンを少し開けて外を見ると、雪が降っている。
右から左から舞い回り、くるくると螺旋状に途切れることなく落ちてくる。しばらく飽きずに見ていた。静かだ。さっきの音の主は分からない。
目の前には、たくさんの家やマンションが立ち並び、雪と眠りの気配で覆われている。
そのうちの一つの窓が開いたような感じがした。影がベランダで動いている。激しく舞い回る雪のベール。ん?
珍しい雪は、妙に心を騒がせる。そっとカーテンを閉めた。
「どこにも書けないこと」
毎日、お世話になっているのに、普段は存在自体をあんまり意識していない。リビングの壁でずっと動いている時計がある。
それが突然、カラカラと音を出しだした。時計の針がぐるぐるとまわっている。何周かしたら、ピタッと今の時間になって普通に動く。
以前、こうなった時に時計が壊れたと思った。カラカラと回る頻度が増えてきて、そのうちに秒針の刻みが一足飛びになった。そして何日かすると、ピタッと時計が止まった。
いよいよその時がきたと、時計を外して裏返すと電池に気づいた。あ、そうか電池か。そんな基本的なことを忘れていた。入れ替えるとまた、無事に動き出した。
ぱたっと止まるのではなく、電池がないことを段階的に教えてくれるのだ。何となく時計が、けなげに見えてくる。今度は早めに入れ替えようと、壁からそっと外した。
「時計の針」
ほっとくと、溢れ出てしまう思いを、持て余している。なんでもないような顔をして、隠している。目に、表情に、仕草に出てしまっているかもしれないのに、必死に何でもない顔をする。
そうすればする程、じわじわと溢れ出る気がする。何でバレたらいけないのだろう。どうして素直になれないのだろう。よく分からないけれど、とても恥ずかしくて。とにかく隠そうとする。
心の奥深くでは、バレてしまってもいいのではと思ったりもしている。でも、いざとなるとまた慌てて、方々から思いを隠そうとしてしまう。
「溢れる気持ち」
〝キスチョコ〟というのをはじめて見た時、コロンとしたかたち、銀紙からチョロっと出た紙がかわいくて魅力的だと思った。名前も異国の雰囲気だ。ただ、味は独特で子どもだった私にはおとなの味だった。
学生の時、おしゃれでステキな人が、いくつかの外国のチョコレートを持ってきた。見たことのないパッケージにわくわくした。その中に〝キスチョコ〟もあった。
その人が持ってきたというだけで、チョコレートが格段におしゃれに見えた。皆でいただくことになって、私は〝キスチョコ〟を選んだ。前に食べたときと同じ味だろうか。少しは変わっているかもしれない。
紙を引っ張って銀紙を外す。口元に近づけた時、あっと思う。あの懐かしい香りがした。やはり異国の味だった。でも、その時から何だかおしゃれな雰囲気をまとったチョコレートになった。
「kiss」
この世は、以外とあっというまに過ぎていく。ずっと続くと思っていたものがあっさりなくなると、すべてが永遠ではないことに気づく。
何で生きているのだろう。子どものときは純粋にそう思ったけれど、月日が流れて、また思う。
何で生きているのだろう。
きっと、この世で何かを楽しむためだと思いたい。何かをしたくて生まれてきたんだ。それなのに、そんな自分の生き方を自分で認められないと生きづらくなる。
1000年先は、わからない。もし生まれ変わるとしたら、1000年の間に何回生まれ変わっているだろうか。また、何のために生きているのかと、もんもんとしながら、生きているのだろうか。
わかるのは、この生きている今しかない。行動しよう。やっぱり自分で動いていくしかない。
「1000年先も」