aeru

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10/30/2022, 4:32:15 PM

ただ、君を想ふ
白く透き通りし肌も
林檎のごとく紅き唇も
ただ、懐かしく想ふのみ

夜桜を見る度、君を想ふ
月光の青色と桜の薄紅色混じり
君の肌のごとく白く見ゆ

猪口の湖面に映りし月影だに
君の思ひいだす手がかりになりぬ

町娘の頭に揺るる花の簪を見るとも
君の髪に咲ける桔梗の細工を思ひ出す

日ごろ思ひいだしつつも
声は少しずつ小さくなる

恋せる日々が遠く
息することだにうるさく感ず

けふもまた、孤独なる窓際に
ただ、君を想ふ

懐かしく、ひとへに懐かしく想ふ

10/29/2022, 4:14:03 PM

秋の夕暮れは、煙の匂いがする
僕はそれが好きだった

シャッターを切ればその匂いごと紙に映る気がして
ピントが合ったら、まるで生き急ぐかのように
小さな手に余るフィルムカメラで写真を撮ってた


じいちゃんは優れたカメラマンだった

ピカピカのレンズ越しに見える世界を
まるでその人が、肉眼で見ているように魅せる
そんな写真を撮る人だった

じいちゃんはマメな人だった
散歩に出掛けて撮った写真を現像して
何冊ものアルバムにしていた

僕はよく、じいちゃんの部屋でアルバムを見ていた
じいちゃんは、アルバムを物語だと言ってたっけ

季節が流れて、雨が降って雪が降って
雪が溶けたら花が咲いて、また枯れて枝になって
水が海に流れて、雨になって大地に戻って
また海に流れて・・・
世界を取り巻く全てが、物語なんや
そういう時の流れが一連の物語

わしらはその挿し絵を撮る係
人を撮るカメラマンは、人の物語を
動物を撮るカメラマンは、動物の物語を
自然を撮るカメラマンは、自然の物語を

わしはその物語が大好きでな
永年変わらないであろう桜並木だとか
一時間もせずに表情を変えてしまう空だとか
そういう物語に惹かれるんやよ

そのときの僕には、まだ理解ができなかった
困ったように考える僕を見て、じいちゃんは笑った

お前もなにか一つ、物語を撮れば分かるさ


じいちゃんは六年前に亡くなった
僕も就職して、家庭をもった

それでもカメラは手離さず持っていて
子供が生まれたときから
ずっと写真を撮り続けている

今更になって分かったかもしれないよ、じいちゃん

この子は僕の、もう一つの物語だ
この子が大きくなっていくと
きっとアルバムも大きくなっていって

なにか一つの物語を撮ると
全ての物語につよく惹かれていく

この子と一緒にいると
もっともっと物語が増えていく

それは、僕の愛すカメラで撮った物語
2、3ページしか埋まっていない
まだ始まったばかりの、もう一つの僕の物語

10/21/2022, 6:22:40 PM

痛みを伴う程の、激しい恋をしていた

君は僕が好きで、僕は君が好きで
それを感じる度に、胸が弾んで
不幸の連続、死にたいとさえ思っていたはずなのに君に会うためなら、生まれてきてよかったと思える

もしもいつか別れてしまう日が来たら
そう考えるだけで、虚無感と苦しみに包まれる

手を離したくない
そばにいたい。いてほしい
そう思う自分に気づいた時、人は大抵素直になる

僕は声が枯れるまで、いや
命が枯れるまで、君に愛を捧げ続けるよ

だからこれからも、そばにいさせてね

10/20/2022, 1:01:18 PM

始まりはいつも、優しい音から
外を吹き抜ける風の音も、洗濯機を回す水音も
もちろん、電話越しに聞こえる彼の声も
世界の全てが、優しい音になる

少し育てば、柔らかい空気になって
わずかな失敗も、暖かい愛で見逃してしまう
日常の端に潜む些細な喜びを見るたびに
ふたりは柔らかい愛に包まれる

枯れてしまいそうになれば、不安の色が見える
心が離れてしまったと感じたり
愛が当たり前に変わってしまったり
より多くを望んでしまったとき、不安が顔を出す

カレンダーが進んで、終わりになってしまえば
目に映される全てが美しく見えていた時間も
あれほど日々にありふれていた愛も
想いが先走って不安に苛まれていた瞬間も
全てが作り物だったように遠い記憶になってしまう

全て、枯れてしまったとき

それはいつも
どんなときも変わらず

胸を破くような悲しみに包まれる

10/18/2022, 6:13:11 PM

紅葉が最も美しいときに散るのはね?
きっと神様が、美しいものには限りがあると伝えようとしているからだと思うの。
最も美しいときに燦爛と散れば、きっと沢山の人に覚えていてもらえるから。
もしそうならば、紅葉たちも本望じゃないかしら?

どうせ散るなら、私もそうやって散りたいわ

秋晴れの空。
私は貴女をずっと覚えていると誓った。

彼女の紅葉の話は、案外的を得ているように思う。神とやらがいるのならば、人間たちに美しいものには限りがあると忠告しているのではないか。
そして彼女はそれを身をもって証明し、願いを叶えた。
薄い死化粧でよりいっそう目立つ整った目鼻立ちに、陶器のように固くなった肌。
その姿は、青空に舞う紅葉よりも遥かに美しかったと私は記憶している。

本を閉じる。自由がきかなくなってきた左腕でカーテンを開き、しばらく拭いていない窓ガラス越しに外を見る。林にぽつりと存在する藍色の凪いだ湖面に、紅葉の葉が浮かんでいた。

秋晴れの空。
独り永い時を過ごした今、私は貴女に会いに行く。

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