湿度も、日差しも、気付けば遠ざかって。傾くのが早くなったお日様に目を細める夕暮れ。手をかざしてもまだまぶしい。半袖一枚では出歩くのが辛くなって、少しずつ厚みを増していくこれからを思う。次第に雪がちらつけば、今年もあっという間に終わってしまうんだろう。人生は案外儚いものだ。年賀はがき、今年も売れないんだろうなぁ。
寒くなってくると、思い出す人がいる。とても恥ずかしがり屋で、猫とガーベラが大好きで、年上なのに子供っぽくて可愛い人。一度だけ、年賀状を送りあったことがある。
「あんまりよく見ないで」
と、言われたところで「はいわかりました」とはならず。まじまじ見ると片隅に、修正ペンの痕があった。
正月の晴れた朝。日に透かしてみると、可愛らしい筆跡で「だいすき」の文字が見えた。
〉忘れたくても忘れられない
真綿でくるむようにそっと。
見ないふりをしたのは誰のため?
静寂に耳を澄ませてじっと。
頭の中で辿る足取りはどこへ消えた?
思考の途切れぬまま迎えた朝は、やわらかな光をたたえて、いつもと変わらないような顔で、こちらを覗き込む。
思い返されるのは、日溜まりのような笑顔。
〉やわらかな光
透明な器に、満ちていく雫。こぼれそうでこぼれない。その僅かのところを、否応無しに保っている。
満ちるほど心は空虚で、いっそ溢れてしまえば楽なのに、それも叶わない。何も捉えたがらなくなった、ぼやけた視界。目的を持たないことが、こんなにも輪郭を不鮮明にすると知る。
熱も失せ、けれど冷やかにもなれず。得も言われぬ温さを手放せないまま、日が暮れる。いっそ悲しみに暮れて泣いてしまえたら、終わりにできるのに。
そのための決定打にも欠くまま、未だ心は、いつかの瞳を忘れられないでいる。
〉鋭い眼差し
好きって、何だっけ。
ある日、自分の中の好きがいくつか迷子になった。
チョコレートにコーヒー、それから猫。かわいい。紅茶を飲むならスコーンとクロテッドクリームにジャム。あとは……。
昼下がり、きらめく景色の中で心は迷子だった。日差しは鮮やかに世界を縁取る。色を薄めてしまうくらいの光を降らせた。あぁ、きっと今は心の中が真っ白なんだ。だってそこに確かにあったはずのものが全然見えない。
どこからか頼りなげなしゃぼん玉が飛んできた。ふわりと風に流されて、ゆらりと揺れるひかりを包んで。間もなく弾けて、最初からそこには何もなかったかのようで。
チョコレートにコーヒー。ふわふわの猫。クリームティーはコーンウォール式がいい。思い浮かべる好きなもの。思考の片隅に浮かぶ存在を、同じように並べたくない。並べられない。
しゃぼん玉よりずっと遠く、はるかに高く。どこまでも飛んで、誰の目にも映らない果てまで逃げて。でも消えないで。とても大切なんだ。だからこそ高く高く、どこまでも飛んでいけ。二度と思い出せないくらい。
〉高く高く
無知と無邪気を身に着けて、味方につけて。
穏やかに紡がれる言葉が、やわらかな棘を残すように痛みを添える。あなたの心を満たすものが何なのか、知る由もないまま。繰り返し紡がれる声に耳を傾けた。
言葉の奥にある本音も、そのぬるい皮膚の向こうにある心も、分かりっこない。受け取れるのは、その声だけ。内側から吐き出された音だけ。
目を伏せたくなる自分の気持ちと、何度目かの溜め息。裏側なんて知らない。何を問えるでもなく、無知を装って、笑って。ただあなたの声を聴いている。
〉子供のように