ふーっと吹いて、膨らんで、飛んでった。
ゆらゆら流れて、キラキラ光って
簡単に、あっという間に増えていくそのきらめきは
最後にはあっけなく弾けて消えた。
〉子供の頃の夢
遠くに見える君の背中を追って、今どんなに歩みを早めたところで、現実がそんなに甘くないことは知っている。たとえ背中が近付いても、時間は縮まらない。
1年。
大人になれば気にならないような些細な時間だと分かっていても、今の僕にはその時間の差が重たかった。
あんたのいない1年を、この学校でどう過ごせばいい。1年後、僕が入学する頃に、何かが変わっていたら?
ジリジリと、胸の焦げるような感覚がずっと拭えない。
「先輩、今帰り?」
近付いた背中に声をかけて、隣りを陣取る。当たり前のように並んで歩く僕たちの肩書きは、まだ先輩と後輩。
屈託のない笑顔と、時々突拍子のないことを言い出す無茶苦茶なところ。学年首位の座を維持し続ける案外真面目で賢いところ。
「今日、進路相談だったんでしょ?」
この人の優秀さはちゃんと分かってる。でも、僕も手を抜くつもりは微塵もない。
「ねぇ、僕は勝手に追いかけるから。必ず追い付くから。だから、どんどん先に進んでみてよ。……絶対捕まえるけどね」
〉君の背中を追って
ひとつ、またひとつ。
ひとつ、またひとつ。
ひとつ、をずっと積み重ねて、小さな目が無数に編み込まれていった先に、それは完成する。
時間と、手間と、思いをかけて、編みあげ、形づくられていく。
なんだか愛みたいだ、と思った。
〉セーター
触れた指先の温み、緩んだ口元、柔らかく垂れる目尻。
そのすべてが夢のような今を、現実たらしめる。
あぁ、まるで。
その笑顔は底なし沼みたいだ、と思いながら、呼吸を忘れてしまいそうなこの瞬間を味わって、飲まれるように落ちていく。どこまで沈んだってかまわない。
〉落ちていく
交わした契りも、積み重ねた時間も、全て。
「きっと……最初から、何もなかった」
そこには空虚しかない。そのことに気付いた時にはもう全てが手遅れだった。感覚の麻痺した体、のしかかる瓦礫、1人取り残された奈落。晴れた空が遠く、滲んだ。
違和感を感じたのは馬車に乗り込む数日前。新婚旅行へ出発する前日に挨拶を、とシスターが訪ねてきた時のこと。孤児だった夫が育った教会で、とてもお世話になったいわば母親代わりのような存在だと聞いていた。
夫が、少し話しをしてくると言ってシスターと家を出るのを「はぁい」とゆるい返事ひとつでいつも通り、送り出した。直後、ふとこの前たくさんもらった果物をシスターにも食べてほしくて、帰る前に寄ってほしいと声をかけに行こうと思い立った。
家を出て、2人の姿を探す。家から少し離れた路地に、それはあった。何故こんなところで、と思いつつ近付くと、シスターは夫に何か小さな袋を手渡した。その瞬間こちらに気付いたシスターの表情が一瞬ひどく張り詰めた。それに気付いてかこちらに背を向けていた夫も勢いよく振り返る。私を見付けて、とても驚いた顔をした。
「えっと……どうした?」
「ごめんなさい、話の邪魔をして。この前、果物をたくさんいただいて、シスターにもぜひ食べてほしいと思って、その……家に置いていても悪くなっちゃうし、教会のみなさんで、良ければと」
何となく都合が悪い感じがして、どこか言い訳するような気持ちで答える。
「そうですか、わざわざありがとうございます」
そう言ったシスターはいつも通りの笑顔だった。さっき一瞬見たあれは、見間違いだったのかもしれない。そこから当たり障りのない話を少しばかりして、私は1人で家に果物を包みに戻った。
次の日には何事もなかったように、予定通り新婚旅行に出掛けた。貸切の馬車に荷物を積んで、御者さんが目的地まで馬車を走らせてくれる。きれいな景色を見て、おいしいものを食べて、夜には宿で休んで、旅行を楽しんだ。
その次の日は、朝早くから出立した。なんでも朝にしか見られない秘境の絶景があると、御者さんが教えてくれたのだ。私たちは2人でそれを見に行くことにした。
辿り着いたのは、さっぱり人の気配のない寂しい場所だった。切り立った崖に、頼りなく揺れる橋。何も根付くことのなさそうな枯れた土。
「なん、で……」
そんな場所で、私は永遠を誓ったばかりの相手に毒を盛られ、馬車もろとも絶壁から捨てられたのだ。
〉夫婦
22.11.28 〉愛情 の続き。