交わした契りも、積み重ねた時間も、全て。
「きっと……最初から、何もなかった」
そこには空虚しかない。そのことに気付いた時にはもう全てが手遅れだった。感覚の麻痺した体、のしかかる瓦礫、1人取り残された奈落。晴れた空が遠く、滲んだ。
違和感を感じたのは馬車に乗り込む数日前。新婚旅行へ出発する前日に挨拶を、とシスターが訪ねてきた時のこと。孤児だった夫が育った教会で、とてもお世話になったいわば母親代わりのような存在だと聞いていた。
夫が、少し話しをしてくると言ってシスターと家を出るのを「はぁい」とゆるい返事ひとつでいつも通り、送り出した。直後、ふとこの前たくさんもらった果物をシスターにも食べてほしくて、帰る前に寄ってほしいと声をかけに行こうと思い立った。
家を出て、2人の姿を探す。家から少し離れた路地に、それはあった。何故こんなところで、と思いつつ近付くと、シスターは夫に何か小さな袋を手渡した。その瞬間こちらに気付いたシスターの表情が一瞬ひどく張り詰めた。それに気付いてかこちらに背を向けていた夫も勢いよく振り返る。私を見付けて、とても驚いた顔をした。
「えっと……どうした?」
「ごめんなさい、話の邪魔をして。この前、果物をたくさんいただいて、シスターにもぜひ食べてほしいと思って、その……家に置いていても悪くなっちゃうし、教会のみなさんで、良ければと」
何となく都合が悪い感じがして、どこか言い訳するような気持ちで答える。
「そうですか、わざわざありがとうございます」
そう言ったシスターはいつも通りの笑顔だった。さっき一瞬見たあれは、見間違いだったのかもしれない。そこから当たり障りのない話を少しばかりして、私は1人で家に果物を包みに戻った。
次の日には何事もなかったように、予定通り新婚旅行に出掛けた。貸切の馬車に荷物を積んで、御者さんが目的地まで馬車を走らせてくれる。きれいな景色を見て、おいしいものを食べて、夜には宿で休んで、旅行を楽しんだ。
その次の日は、朝早くから出立した。なんでも朝にしか見られない秘境の絶景があると、御者さんが教えてくれたのだ。私たちは2人でそれを見に行くことにした。
辿り着いたのは、さっぱり人の気配のない寂しい場所だった。切り立った崖に、頼りなく揺れる橋。何も根付くことのなさそうな枯れた土。
「なん、で……」
そんな場所で、私は永遠を誓ったばかりの相手に毒を盛られ、馬車もろとも絶壁から捨てられたのだ。
〉夫婦
22.11.28 〉愛情 の続き。
11/22/2024, 11:32:15 AM