水上

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7/22/2022, 5:12:41 AM

夏の香りがする。テーブルの上で、茹でたての枝豆ととうもろこしが湯気を上げる。

「まだ熱いからね」

そう言って笑う顔は、随分と皺が増えた気がする。

「すごい量」

居間の大きなテーブルを埋め尽くす食べ物。明らかに息子一人を出迎えるには多すぎる。

「大丈夫、食べれる分だけ食べたらいい」

取皿と、いつまでも実家にある俺の箸。捨てていい、割り箸でも使うと言ってもそうはいかんと突っぱねられる。両親の箸を買い替える時に、一緒に新しくなっていたりもする。

「ほれ、飲むぞ」

瓶ビールと冷えたグラスを抱えた父が戻ってくる。足が随分細くなったように見えた。

「コロナが、落ち着いたら――」

注いでもらったビールに口をつける。言おうか、言うまいか。どう思われるだろうか。

「落ち着くかねぇ」と母。
「いつまでもこのままってこともないだろ」と父。

グラスを傾けると、ずらりとかけてある写真と目が合う。何枚も並ぶ中で、唯一知ってるじーちゃんの写真。小さい頃はよく遊んでもらった。

「コロナが落ち着いたら、温泉にでも連れてくから」

「どしたの突然」
「明日は槍でも降るか?」

「まぁ、たまにはね」




〉今一番欲しいもの

7/17/2022, 1:33:43 AM

名前は、親から子への最初のギフトなのだと言う。であれば僕は、生まれながら呪われたようだと、自分の名前を見る度に思う。

不実と不安の代名詞。それがいつまでもついて回る。大嫌いだ。


「ねぇ、そっち晴れてる?」
「うん」

電話越しに、君の声。こもった音で嫌いだという君の声が、僕は何よりも優しく聞こえて好きだ。口下手で相変わらず相槌ばかりの僕に、君はいつも優しく語り掛ける。

「月見える?」
「え。あぁ、あった」

促されるように仰いだ空から、ひとつの光を探し出す。それはいつもと変わらず、ただ静かに、不安定な姿を晒していた。

「もう少しで満月かな」
「欠け始めたとこかも」

「月が見えると、君を思い出す」
「そう」
「空にいつもあるから、離れててもいつも一緒みたい」
「そうかな」
「でもやっぱり会いたいね」
「うん」

誰かと時間を共有することも、大切に思うことも、全部君が教えてくれた。君を見ていると、どんどん僕の世界は新しくなる。

大嫌いな名前も、ほんの少し好きになれそうで、どこか少し落ち着かない気持ちになった。


〉空を見上げて心に浮かんだこと

7/15/2022, 1:16:27 PM

鍵盤に指を添えると、少しの冷たさが指先に伝った。ひと呼吸置いてから、ゆっくりと沈める。音の鳴らないくらいゆっくりと。親指から人差し指、中指、薬指と続いて、小指まで辿り着く。一音も響きはしなかった。ただ鍵盤が沈んだだけ。

音の無いメロディ。何たる矛盾か。鳴らない音。声にならない言葉のように、誰にも知られず気付かれず。たしかにそこにあるのに、まるでどこにもないような、寂しさ、虚しさ。

見つめる鍵盤に、ため息が落ちる。

見つめるほどに、よく分かる。ずっと見ているのだから、それこそ嫌というほどに。あなたが誰を見つめているのか。その思いがどれほど一途で真剣なものか。

分かるからこそ、何を言葉にするつもりにもなれない。これは弱さだろうか。逃げだろうか。

募るほど苦しく、重く。もう耐えられそうもない。


ピアノの蓋を閉じて、傍らにあるキャリーケースを引き寄せる。パスポートに挟んだチケットを確認して、大切にしまい込んだ。

最後まで何も言えなかった恋に、ピリオドを打とう。

〉終わりにしよう

7/14/2022, 1:13:59 PM

新進気鋭の作家が手掛けた、前衛的アートのような光景。言葉の中には決して収まりそうもない。

「ねぇ……」

これでよかったんだよね?と小さく呟いた声は彼女の耳には届かない。男の頬にはとめどなく涙が伝う。

つややかな赤が、小さな水溜りを作る。そのまわりには無惨に切り取られた紫陽花が並べられていく。

初めて贈ったネックレス、誕生日にもらった万年筆、旅行の記念にお揃いで買った切子のグラス。大切な思い出も一緒に飾り付けられた。

男はかばんから、彼女の大切にしていたカメラを取り出すと、自らが作り出した景色に向けてそのレンズを構えた。

異様な光景、としか言いようのないそれ。ただ静かに、シャッターを切る音だけが響いた。


〉目にしているのは

「お題:あじさい」の続き。

愛故に未遂か、気が触れて実行か。
あれを書いてた頃は自分でも分からなかったけど
このお題ならこの結末かな、と。

7/13/2022, 1:34:18 PM

ぼくはお父様と同じ、プラチナブロンドの美しい髪だ。この色はぼくの自慢。お父様もいつも嬉しそうにぼくの髪を撫でてくださるんだ。

お兄様はお父様と瞳の色がお揃い。空のように美しいロイヤルブルーだ。お父様はいつもお兄様に「その瞳は知識の色。国を統べる者に相応しい」と仰っている。

だけどお兄様は、本当はお勉強が苦手らしい。

お父様は、お兄様とぼくに家庭教師を呼んでくださったけど、いつも先生はお兄様の態度や成績に頭を悩ませている。

「私の可愛い王子。きっと兄君のお役に立ってね。陛下のためにも」

お母様はぼくがお勉強で褒められるととても嬉しそう。ぼくのこともたくさん褒めてくれる。


数年経ったある日、ぼくとお母様は、お父様のお住まいから離れた塔に移された。お兄様のお母様――王妃殿下がお決めになったことだった。

王宮内に出入りする一部の人達から、次期国王にぼくを推す声が上がったらしい。

お兄様は相変わらずお勉強の時間に城下へ遊びに出たり、先生相手に傲慢な態度を取ったりと、好き放題やっている。最近はお父様も頭を抱えていたっけ。

お母様もぼくも、一度だって王位を欲したことはない。あの椅子はお兄様のものだと分かっている。

けれど臣民からの支持を得られないのも事実。

智の蒼眼は今頃、何を見つめているのだろうか。


〉優越感、劣等感

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