水上

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鍵盤に指を添えると、少しの冷たさが指先に伝った。ひと呼吸置いてから、ゆっくりと沈める。音の鳴らないくらいゆっくりと。親指から人差し指、中指、薬指と続いて、小指まで辿り着く。一音も響きはしなかった。ただ鍵盤が沈んだだけ。

音の無いメロディ。何たる矛盾か。鳴らない音。声にならない言葉のように、誰にも知られず気付かれず。たしかにそこにあるのに、まるでどこにもないような、寂しさ、虚しさ。

見つめる鍵盤に、ため息が落ちる。

見つめるほどに、よく分かる。ずっと見ているのだから、それこそ嫌というほどに。あなたが誰を見つめているのか。その思いがどれほど一途で真剣なものか。

分かるからこそ、何を言葉にするつもりにもなれない。これは弱さだろうか。逃げだろうか。

募るほど苦しく、重く。もう耐えられそうもない。


ピアノの蓋を閉じて、傍らにあるキャリーケースを引き寄せる。パスポートに挟んだチケットを確認して、大切にしまい込んだ。

最後まで何も言えなかった恋に、ピリオドを打とう。

〉終わりにしよう

7/15/2022, 1:16:27 PM