水上

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6/29/2022, 1:00:23 PM

絵の具で豪快に染めたみたいな青と、丁寧に積み重ねたような白。空はいかにも夏という感じの見事な景色。

これ以上ないくらいの爽やかさを背景に、心は裏腹。重たい足を引きずるようにやっと進む。頬を伝ってぬるい水が、アスファルトに落ちた。

夏は嫌いだ。

汗をかくのも嫌だし、日差しが痛いのも嫌だ。
明るさが何でも鮮明に映し出してしまうところも。


小学生の頃、意味もなく家を飛び出して、道もわからないままただ歩いた夏の日。汗ばかりかくからやたらと喉がかわいて、自販機で買った水の残りは荷物になって重かった。

何というわけじゃない。でも何かを探したかった。見つけたかった。なくしてしまった大切なものの代わりに、何で胸を埋めたらいいのか、あの頃はわからなかった。

結局何も得られないまま、汗だくになって帰った。残ったのは飲み残した水と、少しだけ軽くなったお財布。ぐしゃぐしゃの自分。


この気温と日差しとが引き金になって、どうしても思い出してしまうから、夏はやっぱり嫌いだ。

日傘も差さずに歩く。
あの道とは違うけど。

たぶんあの夏の、あの道とあの空は、一生忘れない。忘れられない。


入道雲 22.6.29

6/28/2022, 10:46:37 PM

茹だるような暑さの中で
やんわり効かせた冷房を無視して
炭酸を注いだコップまでもが汗をかく。

まだ夏と呼ぶには早いような
梅雨との境目の頃に似つかわしくない熱気が満ちる部屋。

四肢を投げ出して、無意味と知りながら目を閉じる。
静かに思い出す。

いつか君と過ごした季節が
また巡り来るんだ。

愛という言葉で片付けてしまうには
上手く説明のつかない僕らの関係。

過去にしてしまうには大切すぎて
まだしまい込めずにいる。

消したようで消せていなかった
はがきの片隅。

あの言葉は本当に僕を向いていたのかな。

答えのない問答。
帰ってこない夏。

それでも季節が巡る度
何度だって思い返す。

〉夏

6/27/2022, 3:20:52 PM

静かに息を吐く。心許ない照明が、行き交う人に遮られながら幾度も揺れる舞台袖。セリフは入ってる。立ち回りも大丈夫。視線も、表情も、あれほど意見を交わしながらみんなで作り上げてきた。チケットの売れ行きだって悪くない。個別の販売数も以前より伸びてきた。

「大丈夫……」

言い聞かせるように呟く声は震えていた。



思い返すこと数年前。
学生の気楽な身分が終わりを告げて、自分自身に選択肢を与えられないまま、親の決めた道に進んだ。進まされた。本当は夢もあった。他に学びたいこともあった。だけど、地位も金も得た父親は、常に自分の思う正義だけが絶対で、それ以外を認めることは決してしなかった。そして「これが一番の幸せ」だと、自らと同じ道を、我が子に辿らせようとした。それは安易な道ではない。覚悟なくして父と同じ高みへ辿り着けるほど、甘くはない。
毎日、毎日。肉体的にも精神的にも辛くて逃げ出したくて、何度もう嫌だと泣いたんだか覚えてもない。こんな日々を求めたことなんてない。嫌だと言い続けても、誰も聞いてくれなかった。正直どう頑張っても、この道の先に幸せなんて見える気はしなかった。ただただ辛くて苦しい、悲しい。そんな時間でしかなかった。
ある頃から、空想がちになった。今思えば、心を保つための現実逃避だったのだろう。

――もし、違う自分になれたら。

どんなことを学んで、どんな道に進みたいか。どんなに幸せな日々が待っているか。至る理想を果てない空想の中で飛び回る。

人生は一つじゃない。そんな風に思えた。


結局それから数年で、親の敷いたレールからは見事に転げ落ちた。挫折して、即座に勘当された。そのお陰で随分自由になったので、勘当については感謝しかない。

人付き合いが苦にならない性分のおかげか、色んな人の助けもあって、今はあの頃夢にみたような、様々な人生を演じる日々を送っている。

有名と言うわけでもないが、ファンだと言ってくれる人もいたり、時々芸能人と遭遇したり。

逃避の中で思い描いた理想が、この先に待っていることを願って、今また誰かの書いた筋書きを辿る。

現実ではない舞台の上で、今度は転げ落ちないように。



〉ここではないどこかで 22.6.27

親愛なる人の幸せを祈って。
君の日々に光が注ぎますように。

6/26/2022, 11:33:20 AM

私の好きな人は、夏を意味する名の人だった。ある年この町に、悲しみが立て続けにそそいで、痛々しいほどの静けさが満ちたある夏の日に、彼女は忽然と姿を消した。

どうしてとか、どこにとか、考えたところで分かるわけもなくて、ただ君がいないという事実だけが私に残った。

ぐるぐると渦巻く無意味な問答は、日毎のどの奥に詰まるようだった。首にも指先にも至る関節にも、やわらかな真綿が絡み付くかの如く、日々様々が鈍っていくのを感じた。

春の終わりに、町に色彩屋が訪れた。彼女はぐらりと眩むような、何かを思わせる印象的な瞳の女性だった、ような気がする。今となってはいたということ以外、何も思い出せない。色彩屋は、その存在自体があってないようなものだから。

出会った人も、繰り返し言葉を交わした人も、色彩屋が残した色も、確かにある。けれど誰一人として、彼女の顔も声も思い出せない。そういうものらしい。

理屈はわからないが、色彩屋は古くからいて、噂のような話はたくさん残っている。

人ならざるものだとか、白昼夢の一種だとか。色彩屋という肩書きが簡略化されて、シキという呼び名が付いたという説だけは、信憑性が高いんじゃないかと個人的には思っている。

色彩屋が町を去り、次の夏が来る頃には、私もようやっと人らしい日々を取り戻していた。何が解決したわけでもないけれど、色彩屋が灯していった鮮やかな色が、今日も私に前を向かせてくれる。


〉君と最後に会った日 22.6.26

色彩屋の、断片。

6/26/2022, 1:19:57 AM

手折ることはたやすい。
けれどそんなことはしない。

大切に、愛情を込めて育てれば
花はなお美しく咲き誇るだろう。


先日贈ったタンザナイトのネックレスは
彼女の白く透き通る肌によく似合うはずだ。

あれに合わせたドレスを次は贈ろうか。

プライドが高くて、その癖打たれ弱いところがある。
けれどそんなところも許してしまえるのは
花が綻ぶようなあの笑顔のせいかな。



〉繊細な花

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