静かに息を吐く。心許ない照明が、行き交う人に遮られながら幾度も揺れる舞台袖。セリフは入ってる。立ち回りも大丈夫。視線も、表情も、あれほど意見を交わしながらみんなで作り上げてきた。チケットの売れ行きだって悪くない。個別の販売数も以前より伸びてきた。
「大丈夫……」
言い聞かせるように呟く声は震えていた。
思い返すこと数年前。
学生の気楽な身分が終わりを告げて、自分自身に選択肢を与えられないまま、親の決めた道に進んだ。進まされた。本当は夢もあった。他に学びたいこともあった。だけど、地位も金も得た父親は、常に自分の思う正義だけが絶対で、それ以外を認めることは決してしなかった。そして「これが一番の幸せ」だと、自らと同じ道を、我が子に辿らせようとした。それは安易な道ではない。覚悟なくして父と同じ高みへ辿り着けるほど、甘くはない。
毎日、毎日。肉体的にも精神的にも辛くて逃げ出したくて、何度もう嫌だと泣いたんだか覚えてもない。こんな日々を求めたことなんてない。嫌だと言い続けても、誰も聞いてくれなかった。正直どう頑張っても、この道の先に幸せなんて見える気はしなかった。ただただ辛くて苦しい、悲しい。そんな時間でしかなかった。
ある頃から、空想がちになった。今思えば、心を保つための現実逃避だったのだろう。
――もし、違う自分になれたら。
どんなことを学んで、どんな道に進みたいか。どんなに幸せな日々が待っているか。至る理想を果てない空想の中で飛び回る。
人生は一つじゃない。そんな風に思えた。
結局それから数年で、親の敷いたレールからは見事に転げ落ちた。挫折して、即座に勘当された。そのお陰で随分自由になったので、勘当については感謝しかない。
人付き合いが苦にならない性分のおかげか、色んな人の助けもあって、今はあの頃夢にみたような、様々な人生を演じる日々を送っている。
有名と言うわけでもないが、ファンだと言ってくれる人もいたり、時々芸能人と遭遇したり。
逃避の中で思い描いた理想が、この先に待っていることを願って、今また誰かの書いた筋書きを辿る。
現実ではない舞台の上で、今度は転げ落ちないように。
〉ここではないどこかで 22.6.27
親愛なる人の幸せを祈って。
君の日々に光が注ぎますように。
6/27/2022, 3:20:52 PM