私の好きな人は、夏を意味する名の人だった。ある年この町に、悲しみが立て続けにそそいで、痛々しいほどの静けさが満ちたある夏の日に、彼女は忽然と姿を消した。
どうしてとか、どこにとか、考えたところで分かるわけもなくて、ただ君がいないという事実だけが私に残った。
ぐるぐると渦巻く無意味な問答は、日毎のどの奥に詰まるようだった。首にも指先にも至る関節にも、やわらかな真綿が絡み付くかの如く、日々様々が鈍っていくのを感じた。
春の終わりに、町に色彩屋が訪れた。彼女はぐらりと眩むような、何かを思わせる印象的な瞳の女性だった、ような気がする。今となってはいたということ以外、何も思い出せない。色彩屋は、その存在自体があってないようなものだから。
出会った人も、繰り返し言葉を交わした人も、色彩屋が残した色も、確かにある。けれど誰一人として、彼女の顔も声も思い出せない。そういうものらしい。
理屈はわからないが、色彩屋は古くからいて、噂のような話はたくさん残っている。
人ならざるものだとか、白昼夢の一種だとか。色彩屋という肩書きが簡略化されて、シキという呼び名が付いたという説だけは、信憑性が高いんじゃないかと個人的には思っている。
色彩屋が町を去り、次の夏が来る頃には、私もようやっと人らしい日々を取り戻していた。何が解決したわけでもないけれど、色彩屋が灯していった鮮やかな色が、今日も私に前を向かせてくれる。
〉君と最後に会った日 22.6.26
色彩屋の、断片。
6/26/2022, 11:33:20 AM