あい

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10/30/2024, 6:25:38 PM

「懐かしいね」という言葉には、愛おしさと切なさがあるように思う。

例えば学校や部活の同窓会、結婚式、法事、好きなキャラクターや作品のリバイバル。
懐かしく思うタイミングは人生の節目に必ず起きる。
おおよそ、子供とは縁遠い感情かもしれない。しかし、何故ことあるごとに、既に過去のことであるのに思い出すのだろうと、そう感じるのはもはや野暮である。
何故ならそこに愛があるからだ。

大人になるまでに、多くのものが自分の人生を通り過ぎていく。
例え好きなものに巡り会えても、常に愛し続けることは難しい。ましてや、人生で出会う全てのものを一度に愛することはできない。

別れと出会いを繰り返し、時々自身の若気の至りに悶えながら、少しずつ「好き」は「懐かしい」になっていく。

懐に溢れるほどの青春に、愛がある。

お題/懐かしく思うこと

10/29/2024, 4:32:07 PM

人はいつも、見えない何かに憧れている。
ミイラ取りがミイラになったとはよく言ったものだ。

それは、知らないことに対する好奇心かもしれないし、誰もが知らないことを自分が見つけたという優越感からかもしれない。
表の話だけでは飽き足らない。「裏」があると聞けば、皆皆どんな話なのだろうと足を止めてしまう。人の興味は、裏にある。

「かの武将の部下が…」とか「天下取りは実は女性で…」とか「歴史的なあの偉人は実は海を超えて生き延びていて…」とか、もう一つの物語には枚挙にいとまがない。
かくいう私はというと、いつも、そういう話を聞いては「もしもの話ばかりだなぁ」とぼやくような、夢のない子供だった。そういう食べられないロマンには興味がなかったのだ。
しかし子供ながらに、もう一つの物語というものは、つまりロマンというのは、わからないからいいのではないだろうか?と思っていた。

裏と表で、区別をつけるからよくないのだ。
物語をひとつふたつと数えるからよくないのだ。

そんなふうに数えていたら見えないものも見えてきてしまうだろう。だから、見えないものは見えないままで、あれやこれやと掘り返すのはどうかと思う。
テレビの特番でミイラの解説をしていたところを私がそんなふうにボヤいたら、父は物分かりの悪い生徒に向けるようなわざとらしい苦笑とため息を見せて、こう言った。

「わかってないな。そういうのを無粋っていうんだよ」


お題/もう一つの物語

10/28/2024, 5:15:28 PM

劇場が好きだ。まず、暗いのが良い。
様々な娯楽で溢れている昨今、それこそスマホで鑑賞できないものはほとんどないであろうご時世でも、アイドルや歌手のライブ、劇団の劇場などには、今も撮影の制限がかけられている。
肖像権などの問題の他に、今一緒の時間を過ごしている という特別感や一体感が生まれるのだろう。動画や写真撮影の立ち入りをほぼ一切許さず、また数時間に渡って、ステージを見るためだけの行為というものは、私にとってある種の高揚感を与える。

スマホもいじれずつまらないという人もいるだろう。
けれど少なくとも私にとってみれば、そんなことを悩むくらいなら、そもそも安くない料金を払って観劇するものでもない気がする。「つまらない」人からしてみれば、観劇なんてそれこそコスパがよくないだろう。

ただ暗がりの中の席から、スポットライトを浴びて歌い踊る彼らを観る時間というのは、極めて贅沢。
その暗闇に身を委ねる甘美な胸の高鳴りが、私を光のステージの世界へと誘う。

真っ暗な劇場の中で、ステージだけが光り輝き、燦々と煌めく。
観劇は好きだ。暗くなければ意味がない。

お題/暗がりの中で

10/27/2024, 4:07:29 PM

紅茶が好きな人だった。
自分は最初特段好みではなかった。そもそも、飲み物に拘りがない人間だった。水さえあればよい。コーヒーも日本茶も特に興味もない。紅茶も、そのうちの一つに過ぎなかった。

ただ、あなたがよく飲んでいた。
蜂蜜とミルクをたっぷり淹れた飲み方も、茶葉の種類も、香りの楽しみ方も、全部あなたが教えてくれた。
「おいしければそれでよい」といってマナーには厳しくなかったけれど、ただひとつ、沸騰したてのお湯ではないとダメという拘りを持っていて、上手く沸騰できなかった時はいつも薄い唇を尖らせていた。

旅行や出張に行く時のお土産は何が良いかと聞くと、いつも紅茶と言っていた。その土地でとれた茶葉で作られた紅茶や、通販では購入しづらいブランドものの紅茶を贈ると、よく喜んで瞳をキラキラさせていた。

おかげさまで、紅茶の香りをかぐたびに忘れられない。
紅茶なんてもう飲むまいと、決めていても、スーパーでティーバッグが視界に入ると「そういえば切らしていないだろうか」と気になってしまう。それから蜂蜜も。あなたは「蜂蜜がないと生きていけない」とまるで黄色いクマのようなかわいいことをよく言っていたから。

でも、もうそんなこと気にする必要もない。
家に帰っても、紅茶の香りなんてどこにもないのに。

お題/紅茶の香り

10/26/2024, 1:26:57 PM

例えば、「ただいま」には「おかえり」が返ってくるように、「好きだよ」に「大好きだよ」が返ってくる会話を永遠とする人々がいる。
恋人同士の暗黙の了解といったものだ。
カップルの数だけ、そういった掛け合いが世界には存在しているはずだ。
勿論、恥ずかしいから皆、普段そんなこと1ミリも知りませんといった顔ですましているだけで、恋人の前ではそういうイチャイチャを常日頃からしているものである。

だが、私はというと、そんな愛に溢れた合言葉とは縁遠い人生を送っている寂しい人間で、そういうコミュニケーションは空想の産物に過ぎないとわりと最近まで本気で思っていた。
若い頃は恋愛なんてしょうもないと目にもくれずただ仕事に邁進していた。ところが、三十路を超えてくると人肌恋しい気持ちが自然と湧いてくる。
しかし、もう無理かもしれない。私は所詮「売れ残り」なのだ。人生のパートナーもいない私にとって、仕事が唯一の恋人だった。

「私が死んだらこの仕事君に任すね」

酒の勢いに任せてかわいい後輩にそんなふうに弱音を吐いた。いつもの如くだる絡みされた後輩は嫌そうな顔をしている。そうすると、いつものようにこう言った。

「いやですよ。何遍言わすんですか。死んだら困ります」

その言葉が聞きたくて毎度弱音を吐く私も、十分合言葉に縋っている人間だ。
お題/愛言葉

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