紅茶が好きな人だった。
自分は最初特段好みではなかった。そもそも、飲み物に拘りがない人間だった。水さえあればよい。コーヒーも日本茶も特に興味もない。紅茶も、そのうちの一つに過ぎなかった。
ただ、あなたがよく飲んでいた。
蜂蜜とミルクをたっぷり淹れた飲み方も、茶葉の種類も、香りの楽しみ方も、全部あなたが教えてくれた。
「おいしければそれでよい」といってマナーには厳しくなかったけれど、ただひとつ、沸騰したてのお湯ではないとダメという拘りを持っていて、上手く沸騰できなかった時はいつも薄い唇を尖らせていた。
旅行や出張に行く時のお土産は何が良いかと聞くと、いつも紅茶と言っていた。その土地でとれた茶葉で作られた紅茶や、通販では購入しづらいブランドものの紅茶を贈ると、よく喜んで瞳をキラキラさせていた。
おかげさまで、紅茶の香りをかぐたびに忘れられない。
紅茶なんてもう飲むまいと、決めていても、スーパーでティーバッグが視界に入ると「そういえば切らしていないだろうか」と気になってしまう。それから蜂蜜も。あなたは「蜂蜜がないと生きていけない」とまるで黄色いクマのようなかわいいことをよく言っていたから。
でも、もうそんなこと気にする必要もない。
家に帰っても、紅茶の香りなんてどこにもないのに。
お題/紅茶の香り
10/27/2024, 4:07:29 PM