死にたいとは思わない。消えてしまいとも、自分以外が消えてほしいとも思わない。でも鏡の中の自分になりたいとは思う時がある。鏡の中の世界はただこの鏡に映る景色が同じであるだけで、その他は何か違うのでないかと。この坦々とした世界は退屈で刺激が欲しくて、鏡の中の世界に行けたならソレだけで非日常で刺激になると思って。そして鏡の中の自分も同じ事を考えているのではないかと、そう思えた瞬間鏡の中の自分と入れ代わっているとではないかと考えて。振り返ってこの目に映る全てを注意深く観察する。何か違和感がないかと、何か不思議な事はないかと、何か違うところはないかと。あぁ今までの退屈が嘘のようだ。
永遠に永遠なんてモノは存在しない。物事には必ず終わりが来る。本当にそうでしょうか?貴方は昨日何を食べましたか?寒くなってきたので、鍋やおでん、シチューなんかを食べた人も多いかもしれませんね。貴方が食べたモノに使われていた食材は何でしょうか?その調理法とはどんなものでしょうか?野菜でも肉でも人が野生種から何百年何千年と品種改良を重ねて来たものです。魚も始原の魚ハイコウイクチスから進化してきたモノたちです。その料理法はどの時代の誰が始めたものなんでしょうか?そもそも親が産んでくれなければ自分も存在しないし、親はお祖父母が存在しなければ存在しません。過去が今の過去と寸分違わぬ形で存在していなければ、昨日その食事をしていることにはなりません。宇宙は何処から始まったのでしょうか?ビックバン?何もないところから?不思議です。
未来を見ると先が見えないから必ず終わりが来ると思ってしまいがちです。確かに人類は滅びてしまうかもしれません。でも過去を振り返っていくと、ずーとずーと伸びていきます。何処が始まりか知らない。分からない。だからこそ言えることが有ります。はるかな過去から見たときの今は正しく永遠なのです。また今から見た過去も永遠なのです。
車の排気ガスの香り、ガラスがきらめく高いビルの森、食べ物が溢れかえり、多種多様を持つために衝突を避けるべく他人に関心の無い人々。まだまだ柿の美味しい季節だというのに、外はクリスマスのモノに彩られていく。嫌いだからと残された白いプレートの上の野菜たち。ダイエットだからとネタだけ剥ぎ取られた可哀想なシャリや揚げ物の衣。それを人それぞれと許容する社会。
あぁ帰りたい。
風に運ばれる土の香り。黄・赤・緑と雑木が茂る森。新米だ新米だとそれだけで笑顔になる食卓。庭の柿をサルと競争するようにもぐ。外は晩秋に彩られ、食べ物を大切にしなさいと叱る親。あぁ帰りたい私の故郷。
題「理想郷」
皆は息をどのぐらい止めていた事があるだろうか。1分?2分?まぁ殆どが苦しいと思える間だと思う。私は息をする方がよっぽど苦しいと思えるぐらいには止めていた事がある。今日はその時の話をしようと思う。
あれは小学校の中学年の夏の始まりの頃だった。私は水遊びが大好きで、授業でプールや川遊びをやる事を楽しみにしていた。だからだろうか、ある日川遊びをしている夢を見た。流れも穏やかで踝丈の水かさ、広く開けた場所でサワガニを探しているとてもリアルな夢だった。ある岩場でカニを探していたが、なかなか見つからず、違う方も探してみようと、今まで探していた場所を離れようとした時の事だった。片足が何故か動かないのだ。岩に挟まった感触はない。無かったが他に理由は考えられず確認しようとした瞬間、地面がなくなった。下は光も届かぬと言わんばかりに暗く底が見えない。周りは魚も岩も石すらない。ただ果てが無い様にただ深い青が、ずーと続いているのだ。そう。そして私の片足を捉えていたのは底のない底へと続く長い誰かの髪の毛だった。どんどん下へ下へとその髪は私を引っ張っていく。必死に足掻いたけれど意味をなさずどんどん水面から遠ざかって行く。何故かこのとき夢を夢だと思わず現実だと思っていた。だから水の中。息を当然止めていた。もう苦しい。もう駄目だと思ったときには僅かに残っていた水面からの光がもう殆ど見えない状態だった。そして、周りが真っ暗になったとき苦しいなんて何処かへ行っていたのだ。息は未だに止めていてしていない。なのに苦しくないのだ。ただ ふわふわ とした心地で上も下も左右も無い闇が広がっていた。あぁ何処だろうココ。もうここまで来たら帰れないよね。何故かそう思った。ちょっと悲しくなって来た時だった。その闇を照らすように炎が一つ ぶぁ と灯った。暗がりの中で小さく灯った炎は私しか照らせていない。それでも私はやっとそこで気づいたのだ。ここが夢であると言うことを。水の中に炎が灯ると言う矛盾で私は夢だと思えたのだ。夢なんだ!夢なんだから息をしよう!と空気を思いっきり吸い込んだ。咽た。どっかに行ったと思った苦しさが戻ってきた。苦しくて苦しくて涙が出た。でも息ができると一生懸命に呼吸をした。強歩大会の練習の後より息が上がっていた。真っ暗だった視界がだんだん白一色に染まり始めた。そして色が付き始めて黄色い小さい電球の灯るいつもの寝室の天井が見えたのだ。あぁ戻って来れた。戻って来れた。死なずに済んだ。と嬉しく思った。あの時炎が灯ってくれなければ、夢で死ぬなんてバカみたいなことになっていたかもしれない。本当にあの時の炎には感謝をしている。
題「暗がりの中で」ちょっぴりホラー
雨が降ると紅茶が飲みたくなる。雨の降り始めは息が詰まるし雨足が強まるにつれて息がしづらくなるから。最初は痰がからむ程度なのに、次第に吐く息にヒューと隙間風の様な音が混じってきて、気を付けて息を吐かなければ止まらない咳が出始める。咳は嫌だ。一度出始めると肺も喉も刺激して、ただでさへ狭まっている気道が更に狭くしていく。だからグッと我慢するんだ。ゆっくり浅く息を吸って、ゆっくり浅く息を吐いて、出来るだけ刺激を与えないように息をする。それでも出そうになる咳を呼吸を止めて押し堪えるんだ。辛い。辛い。辛い。もう慣れたものだけど、時間だけが解決していくものは待ち耐え忍ぶしかない。親と一緒に住んでいた頃は、雨の日には温かいミルクティーをよく作ってくれたんだ。紅茶をしっかり煮出して、興奮作用のカフェインたっぷりの濃厚な甘い香りがするミルクティー。雨の降り始める前に飲んで、その後にもう一回飲めば、嫌らしい咳は成りを潜めてくれた。あまり使いたくない吸入をして、暫くじっとしていれば動ける様になる。あまり働いていない頭を支えてフラフラと紅茶を淹れ始める。牛乳も片手鍋を洗う元気もない。ただ、マグカップにティーパックを淹れてお湯を注ぐ。ちょっと濃い目に出して、トチの木のはちみつを加えて飲む。でも香りはアッサムで、アールグレイじゃなかった。あの独特の甘い香りでは無かった。ままならない。取り敢えず、その一杯を飲み干した。
題「紅茶の香り」