粉末

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6/4/2024, 11:21:51 AM

「そもそも失恋をした経験が無いからなあ。」
「うわ。」
「うへぇー。」
他人から向けられる冷ややかな目は慣れっこだ。
なんてことはないさ。本当のことだしな。
「なに、勝ち戦しかしない主義なだけだ。」
「モテる人間が何言っても嫌味にしか聞こえないよ。」
「えーと。あのさ、あなたもだよ?」
うむ、そういえばそうだ。この目の前の男に色恋でとやかく言われる筋合いは無い。
「別に。僕は何も無いよ。勝手に来て、勝手に離れて行くだけだよ。向こうがね。」
「うわ、うわー。うーわ。」
ああその顔だ。その整った顔面に赤くも青くも見える影が落ちてそのコントラストに私は飲み込まれる。触れたい。しかしこちらから触れてはいけないと思ってしまう。
「てかさ、あんたが話しなよ。失恋の話。」
「は、わたし?えー…面白くないよきっと。」
「面白いよ。もう面白い。その顔。」
「もー!!」
「ははは。差し支えなければ聞かせてくれ。それで君の気が晴れるならな。無理強いはしない。」



「ごめん。その日は行けない。」
「…そうか。わかったよ。」
「ごめんね。埋め合わせは必ずする。じゃあまたね。愛してる。」
「ああ。楽しみにしているよ。愛している。」
こんなことは初めてだった。

「いままでの時間はなんだったのか、か。
そうだな。なんとなくわかったよ。悲しいとか腹が立つとかそういうものの前に虚しいな。私は何のために生きてきたのか。わからなくなる。どうでも良くなる。」
自分でも何を言っているのかわからない。2人で飲もうと思っていたワインは空になった。そして関係のないこの子に電話してしまった。どうしてしまったのだ私は。
「ええと、あの、いちおう確認。別れたわけじゃないよね?デートの約束がおじゃんになっただけだよね?」
「ああ。約束すらしていない。断られた。」
「あ…うん。次またすぐに会えるよきっと…。」
「だと良いな。」
すまない。君に愚痴を言ったところで何にもならないのに。こんなことに時間を使わせてしまって。すまない。
「ね、今はスマホから離れてさ。お風呂入って寝よ?あ!そうだ寝る準備してふたりで話そうよ。この間見た映画の話がしたい。」
いい歳こいたおっさんにここまで寄り添ってくれるこの子は天使だ。良い子ポイント100万点だ。神様よ、聞いているな?わかっているな?
「良いアイデアだ。ありがとう。準備してくるよ。また連絡する。ではまたな。」
「うん、またね。」

こんなのは失恋未満だけどまあ仕方ないか。人それぞれだもんね。
本当の失恋を知っている私。恋愛ではこの人よりちょっと大人ということかな。へへ。



失恋

6/3/2024, 8:16:06 AM

「大変なことになった。」
「はい。」
「正直に言うと何も浮かばない。」
「左様ですか。」
「僕らが話しているということはそういうことだ。」
「存じております。」
「掃除は捗ったか?」
「はい。おかげさまで。旦那様は最近そちらの動画がお気に入りのようですね。」
「ああ、何度も見ている。そしてこの時間だ。」
「そのようですね。」
「君も何か考えてくれ。」
「そうですね。正直、ですか。えーと。」
「うんうん。」
「正直に生きるためにはそれを許してくれる環境が必要と思います。」
「はー。たしかになぁ。責められるのは嫌だよな。」
「以上です。」
「よし。今日のノルマ達成だ。」
「はい。」
「正直、少し疲れた。生きるって忙しいなぁ。」
「そのようですね。」
「気楽にやって行こうな。」
「はい。」


正直

6/2/2024, 7:09:18 AM

無垢


「あんたの対義語?」
「はは、言ってくれる。まあ、それもそうなんだが。
私にとっては君のことだ。君そのものだ。」
「はあ。わかってないな。あんた、僕に夢見すぎだよ。」
「夢か。そうなのか。私は君に夢を見ているのか。
かもしれんな。君と私は真逆だから。」
「違う。僕らは似た者同士だよ。だから惹かれ合う。」
「似ているか。ふぅむ。では赤ワインは好きかね。」
「好き。」
「白ワイン。」
「嫌い。」
「ミートソース。」
「好き。」
「ジェノベーゼ。」
「嫌い。」
「まあ予想通りだ。では雨はどうだ。」
「嫌い。」
「梅雨。」
「好き。」
「ふふ、何故だ。」
「そんなの知らないよ。」
「奇遇だな。私は白ワインとジェノベーゼが好きだが梅雨も好きだ。理由はわからない。」
「…何の話してたんだっけ。」
「…忘れた。」
「このじめっと暑苦しい部屋で抱き合うのは?」
「…好きだよ。」
「僕も。」


梅雨

5/31/2024, 10:42:57 AM

「輪廻転生の話?」
「まあそんなようなものさ。信じるかい?」
「うーん。」
人には魂と肉体とがあって、死んだら魂が肉体から離れる。それが本当かどうかは死んでみなきゃわからない。けど。
「なんか信じられない。けど、でも、じゃあなんでこんな説が出来たんだろ。」
「うむ。」
「昔、そんな人がいたんじゃないのかな。魂が体からほわ〜って出てすっと別の体に入った人が。」
「ほわ〜っと出てすっと入ったか。そうか。」
ふふっと笑ってくれた。よかった。
この人は私のことを馬鹿にしない。だから好きだ。
「でね、なんでそんなことになるんだろ?って考えたんだ。きっとさ、納得いく人生を送るまで続けるんだよ。あーなんかイマイチだったな、次に期待、みたいな。」
「なるほどな。あくまで自分が決めているのか。神様ではなく。自分で。」
「そう。今考えて、そう思った。」
「納得いくまで続くわけだな。長い長い旅が。」
「人によっては終わりがない旅だね。終わりがないって嫌だな。飽きそう。」
「そうだな。飽きるだろうな。」
はは、とやさしく笑った。やっぱりこの人と話すのは楽しい。
そんな時、タイミングよく終点が近づいていることを知らせる音楽が鳴った。
「このくらいがいいよ。旅って。」
「気が合うな。私もそう思ったよ。」
うーんと少し伸びをして電車を降りる準備をした。


終わりなき旅

5/30/2024, 1:01:58 AM

半袖


「そういえば君は半袖の服をあまり着ないよね。」
彼女の夏の装いは七分袖くらいがほとんどで、よっぽど暑い日以外では半袖を着ていない気がした。
「…うん。」
「どうして?半袖姿もかわいいのに。」
無理強いする気はないけれど。本音を言うともっと半袖の服とかスカート姿とか見たい。眼福だ。
「…腕太いから。」
「え、そんなことないって!」
「そんなことある…。」
「俺は好きだよ?君の二の腕ってむにむにでやわらかいからさ!あ、もちろんそこだけじゃないよ?足もおなかもおしりもむちむちで全部好き。それにさ、二の腕のやわらかさって胸の…いてっ!」
左肩に走った痛み。かわいい手でかわいい物理攻撃をされたようだ。へへ、かわいいなあ。
どれ、そのかわいい顔を見てやろう。ううん?
何故か彼女は真っ赤な顔で俺をにらんでいる。
「………ばか。」
「え?!え、なんで?!いや俺は馬鹿だけど!ああ待って!ねえ!」
ふたりの狭いベッドの上に小さなふて寝山がこんもりとできていた。ああかわいい。あわよくば、このまま。
「ねえ…本当だよ?君のぷにぷにしたところ大好きだよ?かわいいよ?今だって…うしろからぎゅーってしてさわりたい…だめ?」
「…だめ。」
「なんで…。」
嘘なんかついていない。本当に君の全てが愛おしくて大好きで食べてしまいたいくらいなのに。
「……謝れ。」
「え。」
「……ごめんなさいは?」
「…ええ…。あ、と、その…。」


「ごめんね」

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