「見苦しいぜ。そういうの。」
左頬がじんじんと熱を帯びた。
暴力か。お前らしくない。
いや違うな。これこそがお前だ。
何年もかけてようやっと行動に移せるようになったのだな。よかったじゃないか。
「いい歳こいたおっさんが嫉妬だのプライドだの。」
いつまでもいつまでも心の中にしまいこんで
ついには捨て方がわからなくなった。
「いい加減あきらめろ。」
私を嫌いになってくれ。頼む。
「…謝るな。」
その顔に私は弱い。
だからお前を捨てられない。
いっそお前が捨ててくれ。
毒も薬も飲めない私を
君が捨ててくれ。
いつまで捨てられないもの
「ねえ怖いよ。早く行こう。」
習字の授業に見た硯に注がれた真っ黒な墨汁。
夜の海はロマンもときめきも無かった。
「そっちに行かなきゃいいんだ。大丈夫だよ。」
「そうだけどさ…。」
こいつが無駄に怖がってくれて良かった。
僕も怖い。だから良かった。
「お前は普通だよ。まとも。」
「ええ…何?何の話?怖い話はやめてね。」
この黒い水に手を伸ばしたくなったら誰かに話せよ。
それは良くない時だ。
「僕は話したよ。あの人に。」
「うん、よかった。」
夜の海
私の太陽、私のアポロン。
いつまでも美しいその横顔を見ていたい。
こちらを向かないで。私を忘れて。
私を燃やす赤い炎が
あなたの未来を照らす光になりますように。
太陽
「あんたはそう、あれだ。あの、天才だ。会話の。」
「ええ?そう?」
あのお店のマスコットはどうしてうさぎなんだろね?
このボトルの溝。なんであるんだろね?
ここ、何のお店が出来るんだろね?
他の奴が聞いてきたら
さあ、とか。なんだろうな、とかで終わるような
とりとめのないつまらない時間になるだろう。
「楽しい。何を話しても。」
「ふふ。そっかあ。天才なんだ、私。」
やさしい、でもどこか遠くに心を置いてきたようなこの人の笑顔。好きだけど少し胸がざわざわする。
「でも、もしかしたら。」
急に体をこちらに向けてその整った顔で俺の視界をいっぱいにしてきた。なんだなんだ。
「それ、私が天才というより君が私のこと大好きだからかもしれないね。」
は、いや、まあそれはそうだけど。
大好きフィルターがかかるとどんなにつまらないことでも楽しかったり面白かったりするのか。
「私は君のこと大好きだからどんなお話してても楽しいよ。」
ひょっとしてこのやりとりも側からみたらつまらないことなのだろうか。
俺は、今、すごく楽しい。
つまらないことでも
目が覚めるとそこは真っ白な箱の中
ではなく
黄ばんだ天井と薄汚れた蛍光灯が私を見下ろしていた。
私は眠っていたのだ。そう、思い出したぞ。
日々の不摂生。睡眠不足と栄養不足でぶっ倒れたのだ。
点滴でもして帰れと医者に軽くあしらわれ
新人らしきナースに何度も何度も針を刺された。
絆創膏だらけの青い腕。それよりも青い血管の中。
赤い血の隙間を満たした黄色の液体は
無理やりに引き裂かれ生まれた私の空白を満たしてくれはしないのだ。
暇だ。脳内ポエムをしたためてしまうくらいには暇だ。
時間が妙に長く感じる。ふるふる震えそしてぴちゃりとその他大勢になっていく雫を眺めるくらいしか娯楽が無い。
まあせっかく病院に来たんだ。栄養不足と同時に睡眠不足の解消をしよう。目をつぶって脳をフラットにする。
点滴が終わったら自分の足で家へ帰るのか。面倒だ。
目が覚めたら見知った天井だと良いのに。
病室