笑ってる。こんな近くで。
優しい、優しいこの人が、笑って、楽しそうに。
手を伸ばしていただろうか。
ピース、なんてしていただろうか。
ああ、思い出せない。
夢の中のあの人。
笑って、何より、自分のために。
夢が
終わり、また始まる、
今日
「今日さ、なんか見れるらしいよ。流星群だかなんだか。」
ふぅーっと気だるげに吐いた煙の向こう側で
ほう、とすました声が聞こえた。
「そういうのは興味ない?」
「ああ…まあそうだね。すまない。」
「いいよ。僕もだし。」
そう、僕だって興味ない。
「はは、どうしたんだね。なんだからしくないな。」
「そうだね。らしくない。」
「そうさな、どれ、ちょっと外に出てみるか。」
「は。」
どうしたの、本当。らしくないのはどっちだよ。
というかタフ過ぎるでしょ。さっきまで死にそうな顔していたのに。
まだ長い煙草をぐしぐしと灰皿に押しつけて
僕の北極星がきらめいた。
「見に行こう、星を。」
星
「ん、ああ、すまない。」
ああこの馬鹿。またやってしまった。
呆れたような、諦めたような彼の目が
愚か者の心臓をしめつけた。
「いや、いいよ。たいした話じゃないし。」
「もう一度話してくれないか。」
「え、ああ、もう忘れちゃった。」
もう寝るよ。おやすみ。
その手は優しかった。
昨日の彼、今日の彼。1分前の彼。
もう二度と会えない彼。
こうして私の知らない彼が増えていく。
それなのに私ときたら嗚呼。
本なんていつでも読めるじゃないか。
今すぐベッドまで追いかけて
すがりついてみっともなく泣いてみせれば
こんな私を可愛いと言ってくれるだろうか。
それともついに嫌われてしまうだろうか。
嗚呼この意気地なし。
嗚呼
「どこ行くの。」
「秘密。」
「何それ。別に興味無いし。」
「じゃあ聞くなよ。」
ばしゃり。氷が溶けてほとんど水になったコーヒーが
あの人に買ってもらったコートの色を変えた。
ばたん。近所迷惑な音が鳴り響いて、
僕は静かな夜を歩いた。
「…これはまた、良い男に磨きがかかったな。」
「でしょ。」
冷たいドアを開けて僕を迎える声、目、手、そして唇。
「こら、私まで濡れる。」
「いいじゃん。濡れてよ。」
「…これ以上濡れたらふやけてしまうよ。」
「もうふやけてるよ、その顔。」
ぼふん。
ふかふかのひとつのベッドに
ふたつの息が沈んだ。
秘密の場所
「見苦しいぜ。そういうの。」
左頬がじんじんと熱を帯びた。
暴力か。お前らしくない。
いや違うな。これこそがお前だ。
何年もかけてようやっと行動に移せるようになったのだな。よかったじゃないか。
「いい歳こいたおっさんが嫉妬だのプライドだの。」
いつまでもいつまでも心の中にしまいこんで
ついには捨て方がわからなくなった。
「いい加減あきらめろ。」
私を嫌いになってくれ。頼む。
「…謝るな。」
その顔に私は弱い。
だからお前を捨てられない。
いっそお前が捨ててくれ。
毒も薬も飲めない私を
君が捨ててくれ。
いつまで捨てられないもの