もしあの世に天国と地獄があるのならば
この世でのボーダーラインはどのへんだろう。
「まあ地獄行きだろうな。私は。」
「だろうね。」
「別にいいさ。あるかないかもわからないあの世の話をしても仕方がない。」
「それもそうだね。僕も別にいいや。地獄でも。」
ああそういえばこの子は今私の膝を枕にして気ままに過ごしている。でかい猫のようで悪い気はしない。
「ここが天国だよ。この世の天国。」
「はは、硬くて寝づらいだろ。」
「僕、枕はかためが好きだからいい。」
膝の上の猫を少しくせのある髪越しに頭を撫でてやると
ううん、と顔をしかめた。
「嫌だったか。」
「うん。…いや、別にいい。」
「そうか。まあ嫌でもやめてやらんがね。」
「はあ。」
地獄は恐ろしい所なのだろうか。
それともこの世に比べると天国みたいなものだろうか。
所詮今を生きることしかできない私たちは
地獄のようなこの世界で天国を見つけるしかない。
天国と地獄
「もしもし。」
何度も何度も聞いた声。そのはずなのに。
この小さな機械越しに聞くと少し知らない人のよう。
「もしもし。遅くなってごめん。」
「ううん、いいんだ。俺こそ急にごめん。」
「大丈夫。ひまだし。」
「どうしても声が聞きたかったんだ。」
一緒に暮らすようになったのはもうずいぶん前。
これまでも何度か違う夜を過ごす日はあった。
その度に決して広くはない部屋がやけにがらんとして静かに感じた。
「そっちは楽しい?」
「あんまり。君がいないからさ。」
「そんな。」
「早くおみやげ買って帰りたいよ。」
「…うん。」
「会いたい。」
「…うん。同じく。」
しんみりした空気と少しの沈黙がふたりを繋いだ。
気をつかったのか先ほどより明るい声で彼が話題を変えた。
「あー…今日は天気が良かったから月がきれいだよ。」
「あ、こっちも…。月、見えるよ。」
「そっか、同じ月を見ているんだよな。当たり前だけど不思議だ。」
「うん。不思議だ。」
「あ、ごめん!いったん切るね。またあとで連絡する!」
「え、うん、またね…!」
あわただしくあちらへと戻っていった彼。
残ったのは私と、何も聞こえない機械と、月。
(無事に帰って来ますように…。)
誰にも聞こえない願いを月へ。
そしてあの人へ。
月に願いを
「まだ降ってる。」
「そうだな。」
「傘なんか持ってきてないし。足もない。」
「そうだったな。」
「どうしようかな。」
「どうしたもんかね。」
「はあ…何か言うことがあるでしょ。」
「はは、なんのことだ。」
「もういい。泊まっていくよ。」
「もちろん良いとも。そもそも最初からそのつもりだったんがな。」
「一応口実ってやつ。マンネリ防止。」
「そうかそうか。野暮だったな。」
降り止まない雨
料理とか掃除とか洗濯は練習したほうがいいよ。
あのね、何からしていいかわからなくなるから。
興味のあることはとりあえずやっておきなね。
え、スノボとかさ。
からかわれて嫌な思いしているのに笑っちゃだめだよ。
そう、そんなことしたって楽にはならないからさ。
あの時馬鹿どもの浅はかな誘いに乗らなかったのえらいよ。
うん、勇気出して断ったんだよね。
都会にもくだらない差別や悪口はあるよ。
あ、でも田舎よりはマシだね。
憧れのあの人のような恋人は出来ないよ。
でもね、とっても素晴らしい人に出会えるから。
はやくそこから出ておいで。
君のしあわせはそこにはないよ。
ここにある。未来にちゃんとあるからね。
あの頃の私へ
「先生、おかえりなさい。」
「ただいま。疲れた。」
「ご旅行はいかがでしたか。」
「悪くはなかった。まあ期待外れだったが。」
「左様ですか。では良いインスピレーションは浮かびましたか。」
「いやまたこれがさっぱりだ。慣れないことはするもんじゃないな。」
「左様ですか。しかし締め切りは変わりません。」
「わかってるよ。今日の19時だな。」
「あと5分です。」
「わかってるよ。急ぐさ。」
「あと4分。」
「オーケーオーケー!今出すよ!」
逃れられない