「もしもし。」
何度も何度も聞いた声。そのはずなのに。
この小さな機械越しに聞くと少し知らない人のよう。
「もしもし。遅くなってごめん。」
「ううん、いいんだ。俺こそ急にごめん。」
「大丈夫。ひまだし。」
「どうしても声が聞きたかったんだ。」
一緒に暮らすようになったのはもうずいぶん前。
これまでも何度か違う夜を過ごす日はあった。
その度に決して広くはない部屋がやけにがらんとして静かに感じた。
「そっちは楽しい?」
「あんまり。君がいないからさ。」
「そんな。」
「早くおみやげ買って帰りたいよ。」
「…うん。」
「会いたい。」
「…うん。同じく。」
しんみりした空気と少しの沈黙がふたりを繋いだ。
気をつかったのか先ほどより明るい声で彼が話題を変えた。
「あー…今日は天気が良かったから月がきれいだよ。」
「あ、こっちも…。月、見えるよ。」
「そっか、同じ月を見ているんだよな。当たり前だけど不思議だ。」
「うん。不思議だ。」
「あ、ごめん!いったん切るね。またあとで連絡する!」
「え、うん、またね…!」
あわただしくあちらへと戻っていった彼。
残ったのは私と、何も聞こえない機械と、月。
(無事に帰って来ますように…。)
誰にも聞こえない願いを月へ。
そしてあの人へ。
月に願いを
5/27/2024, 5:06:06 AM