「そもそも失恋をした経験が無いからなあ。」
「うわ。」
「うへぇー。」
他人から向けられる冷ややかな目は慣れっこだ。
なんてことはないさ。本当のことだしな。
「なに、勝ち戦しかしない主義なだけだ。」
「モテる人間が何言っても嫌味にしか聞こえないよ。」
「えーと。あのさ、あなたもだよ?」
うむ、そういえばそうだ。この目の前の男に色恋でとやかく言われる筋合いは無い。
「別に。僕は何も無いよ。勝手に来て、勝手に離れて行くだけだよ。向こうがね。」
「うわ、うわー。うーわ。」
ああその顔だ。その整った顔面に赤くも青くも見える影が落ちてそのコントラストに私は飲み込まれる。触れたい。しかしこちらから触れてはいけないと思ってしまう。
「てかさ、あんたが話しなよ。失恋の話。」
「は、わたし?えー…面白くないよきっと。」
「面白いよ。もう面白い。その顔。」
「もー!!」
「ははは。差し支えなければ聞かせてくれ。それで君の気が晴れるならな。無理強いはしない。」
「ごめん。その日は行けない。」
「…そうか。わかったよ。」
「ごめんね。埋め合わせは必ずする。じゃあまたね。愛してる。」
「ああ。楽しみにしているよ。愛している。」
こんなことは初めてだった。
「いままでの時間はなんだったのか、か。
そうだな。なんとなくわかったよ。悲しいとか腹が立つとかそういうものの前に虚しいな。私は何のために生きてきたのか。わからなくなる。どうでも良くなる。」
自分でも何を言っているのかわからない。2人で飲もうと思っていたワインは空になった。そして関係のないこの子に電話してしまった。どうしてしまったのだ私は。
「ええと、あの、いちおう確認。別れたわけじゃないよね?デートの約束がおじゃんになっただけだよね?」
「ああ。約束すらしていない。断られた。」
「あ…うん。次またすぐに会えるよきっと…。」
「だと良いな。」
すまない。君に愚痴を言ったところで何にもならないのに。こんなことに時間を使わせてしまって。すまない。
「ね、今はスマホから離れてさ。お風呂入って寝よ?あ!そうだ寝る準備してふたりで話そうよ。この間見た映画の話がしたい。」
いい歳こいたおっさんにここまで寄り添ってくれるこの子は天使だ。良い子ポイント100万点だ。神様よ、聞いているな?わかっているな?
「良いアイデアだ。ありがとう。準備してくるよ。また連絡する。ではまたな。」
「うん、またね。」
こんなのは失恋未満だけどまあ仕方ないか。人それぞれだもんね。
本当の失恋を知っている私。恋愛ではこの人よりちょっと大人ということかな。へへ。
失恋
6/4/2024, 11:21:51 AM