今日はいいお天気。世の中も白い雲もお休み。
お店のお花達もあたたかい太陽を浴びていきいきと色付いている。それに比べて私は不謹慎にも少しぼんやりしてしまっていた。
お客さんも店長さんもいない。そしてこのぽかぽか陽気。気を抜いたら居眠りしてしまいそう。立ったまま寝ちゃう。あ、だめ。これ寝ちゃう。寝ちゃう…。
そんな私をカランコロンとお店のベルが起こしてくれた。
いけないいけない。仕事中なのだから。
あわててお客さんに視線を移す。
「いらっしゃいませ。」
そこにはとても見慣れた顔がいた。今朝もいってらっしゃいと見送ってくれた顔だ。
「こんちは。」
見慣れた、けど珍しいお客さんだ。お互いの休みが合わない日は大体家でのんびりしている人なのに。
毎日会っているのにこうして会うと新鮮でわくわくする。それに愛する人の顔が見れてうれしかった。
「何かお探しですか?」
単なるひやかしかもしれないけど。あえてこう聞いてみた。
「あ、ええと。奥さんにプレゼントしたいんだけれど。何かおすすめありますか?俺、疎くて。」
「…でしたら、こちらのバラはいかがですか?きっとよろこんでくれますよ。」
「…お姉さん。値段で選んでいないよな。」
「ふふ。どうでしょう。」
今日はいい天気だ。雲ひとつない。
外にいると少し暑いくらいだ。
だが室内であるはずの店はいま外よりも暑そうだし
なによりふたりの時間に影を落とす雲になるのが嫌で
俺は配達用の車から出られなかった。
いっそこのままふたりでピクニックでも行ったらどうだと薄暗い車内でひとりごちた。
快晴
灰色の町から逃げ出したのはもう何年前だったろう。
あの町に私の居場所は無かった。
どこにいても息苦しくて体が重たかった。
遠く遠く知らない空は
きっと青く澄んでいると信じて飛んだ。
「君がこの町へ来てくれなかったら俺たちは出会うことも恋人同士になることも無かったんだよな。」
「う、うん。」
改めて恋人同士と言われるとなんだか照れくさい。
そんな付き合いたての初々しい関係ではないのに。
「それってめちゃくちゃラッキーなことだし、
今すごーく幸せだけどさ。…少し、帰りたいって思わない?」
俺が君をここに縛りつけていないかと心配だ。
この人がいつかこぼした言葉を思い出す。
「思わない。この町にはたくさんの大切なものがある。
あの町には何も無い。本当だ。」
「そっか。…うん、なんかごめんね。」
もにょもにょとまだ何か言いたげな口。
嘘は言っていない。言っていないのに。もう。
「私は私の意思でこの町にきて、そしてここを選んだ。
あなたのせいじゃない。」
物言いたげな口からまた何か出てくる前にキスして塞いだ。恥ずかしい。恥ずかしいけどこうすることが手っ取り早い。
「…帰らないでくれ。離れたくない。死んでしまう。」
ぎゅうとひとつになりそうなくらい強く抱きしめ合い
目を閉じた。
灰色の町が遠く知らない空の向こうに見えた。
遠くの空へ
ごつごつした指で器用に花束を作る彼。
この小さなお店は今、かわいいが宇宙一充満している。
「すごい。こんなにきれいに結べるんですね。」
「…それは、どうも。」
大きな体を小さくして仕上げのリボンを結ぶ姿は
どう見たって絵本の中のやさしいくまさんだ。
「今日も素敵。」
「…あ、あの。その…なんだ。」
てきぱき動く手とは裏腹にシャイな彼の言葉はなかなか次に進まない。そんな所もかわいいから頬がゆるんでしまう。
「はい、なんでしょう?」
「…何故だ。何故俺なんだ。」
なぜ、と言われても。
はじめてあなたを見たとき体中から好きが溢れ出た。
理由は分からない。知らない人だったから。
「わかりません。あなたを好きになった理由は言葉にできないの。今は、まだ。」
「…そうか。…はい、お待たせしました。」
そっと優しく手渡された花束。フラワーアレンジとかむずかしいことはわからないけれど絶対にかわいい。道行く人全員に自慢したい。
「いつか言葉にできるようになった時伝えます。お花かわいい。ありがとう。」
「…いや、別にいいんだ。お、俺も言葉にできない。その、君になんと言えばいいのか。」
え、それはつまり脈がゼロというわけではない?
まだ生きてる?へー。ふーん。なるほど。
「じゃあ言葉にできるまで待っていますね。」
「…はい。…あ、ありがとう、ございました。」
…いま笑ってくれた?
魂が頭の5センチ上くらいまで抜け出てそうな心地で
お店を出た。
私の手の中には花束とアナログなポイントカード。
裏面のくまさんのスタンプを見て心から何かが溢れて来たけれどやっぱりこの気持ちは
言葉にできない
春。新たな生活。新たな出会い。
光溢れる道に期待と不安が咲き乱れていく。
妙に浮き足立ったまわりに影響された訳じゃない。
光輝いて見えた。そんな人は初めてだった。
強烈ではない。でも生きる力に溢れた光。
色鮮やかに咲く花達はこの人の光を浴びて生きているのだとさえ思えた。
長めの前髪に落とされた影が彼の瞳を一層輝かせていた。その瞳はいつも何を見ているのだろう。
大きい体。大きい手。何を食べたらそんなに大きくなれるのだろう。
お洒落なのか。面倒なだけなのか。それとも最近忙しかったのか。髭を伸ばしているのは何故なのだろう。
ねえ知りたい。知らないことだらけのあなたを。
「好きです。私のアポロン。」
「…………………………は?」
こんな気持ちはきっと
この世に生まれた時以来だ。
春爛漫
「俺はさ、自信あるよ。」
「ふーん。」
「彼女のことを、誰よりも、ずっと、世界で、いちばん、大好きだ、愛している、死ねる、彼女のためなら。」
「死んだら何も出来ないでしょ。恋人らしいこと。」
「…良いんだ。」
「本当に?」
「…いや、良くない。いちゃいちゃしたい。」
「だろうね。所詮恋愛なんてそんなもんだよ。」
「決めた。俺長生きする。」
「はあ。」
「長生きして彼女をこの世界中の誰よりも幸せにする。」
「それはそれは。」
「きっと俺の魂は待っていたんだ。彼女に出会うことを。何十年、何百年とさ。ずっと、ずーっとね。」
「あんたの彼氏はずいぶんとロマンチストだね。お姉さん。」
「………いつものことだ。」
「なあ見た今の?照れた顔もかわいいよなあ。」
僕帰ってもいい?
誰よりも、ずっと