灰色の町から逃げ出したのはもう何年前だったろう。
あの町に私の居場所は無かった。
どこにいても息苦しくて体が重たかった。
遠く遠く知らない空は
きっと青く澄んでいると信じて飛んだ。
「君がこの町へ来てくれなかったら俺たちは出会うことも恋人同士になることも無かったんだよな。」
「う、うん。」
改めて恋人同士と言われるとなんだか照れくさい。
そんな付き合いたての初々しい関係ではないのに。
「それってめちゃくちゃラッキーなことだし、
今すごーく幸せだけどさ。…少し、帰りたいって思わない?」
俺が君をここに縛りつけていないかと心配だ。
この人がいつかこぼした言葉を思い出す。
「思わない。この町にはたくさんの大切なものがある。
あの町には何も無い。本当だ。」
「そっか。…うん、なんかごめんね。」
もにょもにょとまだ何か言いたげな口。
嘘は言っていない。言っていないのに。もう。
「私は私の意思でこの町にきて、そしてここを選んだ。
あなたのせいじゃない。」
物言いたげな口からまた何か出てくる前にキスして塞いだ。恥ずかしい。恥ずかしいけどこうすることが手っ取り早い。
「…帰らないでくれ。離れたくない。死んでしまう。」
ぎゅうとひとつになりそうなくらい強く抱きしめ合い
目を閉じた。
灰色の町が遠く知らない空の向こうに見えた。
遠くの空へ
ごつごつした指で器用に花束を作る彼。
この小さなお店は今、かわいいが宇宙一充満している。
「すごい。こんなにきれいに結べるんですね。」
「…それは、どうも。」
大きな体を小さくして仕上げのリボンを結ぶ姿は
どう見たって絵本の中のやさしいくまさんだ。
「今日も素敵。」
「…あ、あの。その…なんだ。」
てきぱき動く手とは裏腹にシャイな彼の言葉はなかなか次に進まない。そんな所もかわいいから頬がゆるんでしまう。
「はい、なんでしょう?」
「…何故だ。何故俺なんだ。」
なぜ、と言われても。
はじめてあなたを見たとき体中から好きが溢れ出た。
理由は分からない。知らない人だったから。
「わかりません。あなたを好きになった理由は言葉にできないの。今は、まだ。」
「…そうか。…はい、お待たせしました。」
そっと優しく手渡された花束。フラワーアレンジとかむずかしいことはわからないけれど絶対にかわいい。道行く人全員に自慢したい。
「いつか言葉にできるようになった時伝えます。お花かわいい。ありがとう。」
「…いや、別にいいんだ。お、俺も言葉にできない。その、君になんと言えばいいのか。」
え、それはつまり脈がゼロというわけではない?
まだ生きてる?へー。ふーん。なるほど。
「じゃあ言葉にできるまで待っていますね。」
「…はい。…あ、ありがとう、ございました。」
…いま笑ってくれた?
魂が頭の5センチ上くらいまで抜け出てそうな心地で
お店を出た。
私の手の中には花束とアナログなポイントカード。
裏面のくまさんのスタンプを見て心から何かが溢れて来たけれどやっぱりこの気持ちは
言葉にできない
春。新たな生活。新たな出会い。
光溢れる道に期待と不安が咲き乱れていく。
妙に浮き足立ったまわりに影響された訳じゃない。
光輝いて見えた。そんな人は初めてだった。
強烈ではない。でも生きる力に溢れた光。
色鮮やかに咲く花達はこの人の光を浴びて生きているのだとさえ思えた。
長めの前髪に落とされた影が彼の瞳を一層輝かせていた。その瞳はいつも何を見ているのだろう。
大きい体。大きい手。何を食べたらそんなに大きくなれるのだろう。
お洒落なのか。面倒なだけなのか。それとも最近忙しかったのか。髭を伸ばしているのは何故なのだろう。
ねえ知りたい。知らないことだらけのあなたを。
「好きです。私のアポロン。」
「…………………………は?」
こんな気持ちはきっと
この世に生まれた時以来だ。
春爛漫
「俺はさ、自信あるよ。」
「ふーん。」
「彼女のことを、誰よりも、ずっと、世界で、いちばん、大好きだ、愛している、死ねる、彼女のためなら。」
「死んだら何も出来ないでしょ。恋人らしいこと。」
「…良いんだ。」
「本当に?」
「…いや、良くない。いちゃいちゃしたい。」
「だろうね。所詮恋愛なんてそんなもんだよ。」
「決めた。俺長生きする。」
「はあ。」
「長生きして彼女をこの世界中の誰よりも幸せにする。」
「それはそれは。」
「きっと俺の魂は待っていたんだ。彼女に出会うことを。何十年、何百年とさ。ずっと、ずーっとね。」
「あんたの彼氏はずいぶんとロマンチストだね。お姉さん。」
「………いつものことだ。」
「なあ見た今の?照れた顔もかわいいよなあ。」
僕帰ってもいい?
誰よりも、ずっと
万物流転。この世は常に流れ続けて変化する。
時代に取り残されぬように私も必死にもがいている。
みっともない年寄りにはなりたくないし
なにより新しいものは面白い。着いて行くのでやっとだが。
「いっせーのーでーゼロ!」
「馬鹿。だから自分が指上げてどうするの。」
「あーっ!またやっちゃった!もうっ!」
今日も2人の仲は良好なようで何よりだ。
しかし、強すぎてつまらないという理由であのゲームを出禁になってしまった私の相手をしてくれるのはゾンビやクリーチャーだけなのはいかんせん寂しい。
ふう、ひと息ついたその時すらりとした影が私を覆った。
「おや、もう終わったのか。」
「馬鹿の相手は面白いけど疲れるよ。ひとりにしてごめん。ねえ僕もやっていい?」
「それはありがたい。このステージが難しくてね、手を貸してくれると助かる。」
疲れているようには見えないが。構ってくれるのは素直に嬉しい。年甲斐もなく浮かれてしまった。
「いいよ。あんたのことは僕が守ってあげるから。」
私の隣に座ったかと思えばふわりと自然な手付きで頭を撫でられた。なんという子だ。
「あっ!人にジュース取りに行かせておいて!私がいるのにいちゃつくなっ。」
「うるさいな。負け犬は黙って数の数え方でも勉強しなよ。」
「うぅ…あとで私にもコントローラー貸してね…。」
「もちろんだ。君がいちばん上手いからなあ。」
「へへっ。まあねえー。」
「うざ。」
「…可愛いな。君達は。」
「「?!」」
私達は人だ。生きている。歳もとる。
いつまでも同じではいられない。
わかってはいるがこのにぎやかな時が続いてくれと願ってしまう。
そう
これからも、ずっと