「うっわ遅くなったあー」
イグは日が暮れるまでに出る、と言っていた。これはもういないなあ、夕飯作ってもらってラクしたかったのにとぼやく。
彼は料理上手なのだ。というか私が料理下手というか…。
「ただいま」
ん、やっぱ靴ないや帰ったな。
リビングに行くと、置き手紙があった。
《なんとなく遅くなるだろうと思って》
「?」
ひとことだけの文字に一瞬考えて、
「まさか!」
キッチンに行くと、まっしろなシチューができていた。
「イグ有能すぎ…お嫁に来てくれないかな」
魔工知能をご存知だろうか。
魔工知能は、魔力を貯める性質を持つ煌々石に毎朝毎晩魔力を注ぎ続け、50年も続けていれば一般人の魔力量でも知的生命体を発生させらせるというものだ。
神秘的でしかも石ひとつと外枠(多くは人形)があればできるため5年程前に流行したと思われたが、すぐに流行は過ぎ去った。
魔工知能唯一の欠点ゆえだ。
それは、大量の魔力を毎日消費することからなる過度の疲労。
これに耐えてまで魔工知能を産むのは割に合わなさすぎる、と人々はすぐに気づいた。頭のよいものだ。
…でもボクはバカだから。
やるのだこれを。ボクはデブだし、そうじゃなくても顔が悪いし、この先なにかがうまくいく気もしない。でも違う命を生み出せるなら、それこそ美少女魔工知能ができたなら、意味ある人生なんじゃないかって。
だから、君が生まれるのを、命削って待ってるから。
48年後。男69歳の時。
彼女が目を開けた。
そして、あ、と言葉を発する。
「え…ぁ…遂に…?」
男は目を疑った。48年ピクリともしなかった煌々石を組み込んだ人形が、動いて言葉を発したのだ。
「み…た、見てたわ」
「え?」
「見てたわ、私。と、ずっとあなたが私に」
彼女は焦点のないガラスの瞳でボクを見上げた。
「ほそ…く細く痩せたじゃない」
う、うんと返事をする。不思議な感じだ。
「ちゃんと…た、食べなさいよ。むりしないで」
思わず涙が溢れた。
「…いいんだボクは。君が生まれてきてくれただけで報われたんだからさ」
「な…によそれ、理由になっていないわ」
ツンデレかあ…。
人生を賭けたのは正解だった。ああもうこれは死んでもいいな、と強く思った。
「シンの髪ってキレイだよねーっ!深い海みたいでとってもイイ」
シューさんが唐突に言ってきた。
「そうですか?ありがとうございます。でもシューさんの髪色も可愛いですよ」
窓からの風がシューさんの髪を梳く。
やはり日に透けるオレンジジュースのような綺麗な色だ。
彼女はへへっと笑って、ソファの上でごろごろした。
「なんでワタシがこの色にしたか分かる?」
「なぜでしょう…元々は違う髪色だったんですか」
シューさんは若干下を向いて考えるようにして、その横顔を一層強い風が撫でた。
「そう…だね、全然別の色だった」
彼女に過去のことを訊くといつもこの表情になる。
過去の顔だ。
「じゃあ、ポップな色だからですか?あるいは柑橘系の果物の色だからとか」
「ブブー違うねえ」
憎たらしい笑顔。
「正解は、朝焼けの色だからでした〜」
「朝焼けですか?」
夕焼けとかでもなく?
「そーだよっ!?ここの朝焼けってとてもキレイなんだ!」
次の日早起きをして、2人で朝焼けを見た。
濃く、しかし限りなく淡く淡く、踊るような泣いているような、青も白も桃も混ざって調和する世界のはじまりの色。
「綺麗だ…」
そう言って吐いた息は白く、空気に透けた。
「えへ、なんとなくいい日になる気がするでしょ。ワタシも無条件に世界は面白いかもって思える、そういう怪盗を目指してるんだ」
「良いですね」
彼女の髪は濃く、でも淡く淡く透ける朝焼け色をしていた。
好き!神!神の産物!!!!!!!あー全身複雑骨折して血液沸騰しちゃうううううああああぁぁぁぁあん♡
あ、こんにちは。 色鬼の鬼王シロコン・ポーノと申します。
鬼王と言われてもなかなか聞くことはないと思うので説明しますね。
色鬼、小鬼、吸血鬼、夜叉、夢鬼、逆鬼、金平鹿の7種族が集まるのが鬼王会議で、でもわたしは王と言うほど大層なものではありません。鬼は「鬼の京」と呼ばれる場所にまとまって住んでいるので国の王様では無いですし、各鬼の大臣みたいなものです。
そしてそちらに居られるのが夜叉の王ホロ・ラシ・ズーノ様です。あああわたし如きがホロ様のフルネームを…どうかお許しください…♡
ホロ様は褐色の肌に濃緑の髪、落ち着きと清潔感のある服装、神の造形としか言いようのない顔立ち、森のような清らかな香り、首筋の骨笑うと覗く牙座る時の動作滲み出るえろさ…!
まあまとめると推し超えて最近リアコと化している相手ということです。
全権力を行使して調べたところ恋人はいないようですけど、やっぱり毎晩考えてもわたしがホロ様に釣り合うとは思えないのです。
…辛い!
見ているだけでも十分幸せなのですが、やっぱりその隣に、と。そりゃ思いますよ!不可抗力です。
「おはようございますシロコンさん、お隣良いでしょうか?」
「!!!!!!!!!!」
一瞬止まる心臓。
「きょっ、今日は自由席でしたね!どうぞ!!!」
また目の前であたふたしてしまった。
これではただの挙動不審な知人Sになってしまう。いつまで経っても意識して貰えない!
「…今日も、頑張りましょう!」
焦ったか、気が付くとホロ様にそう言って笑っていた。なんとかしようとは思ったもののその無礼な態度は何だお前!(自分)
あああぁぁもう大人しくしてれば良いのに。
「ふふっ」
ああ笑顔ふわふわしてて天使
「すみません上から目線でしたよね…!」
「いいえ。ありがとうございます、元気出ました。頑張りましょう」
っ…好き。
無条件に無責任に、わたしの胸は高鳴った。
今日で6年を切った。
日記を見た。
分かってはいたが、『あと6年、時間がない。とにかく動け』と書いてあった。
過去の私に言われなくとも分かっている…。
むっとしながら夕飯にと野菜を切っていると、玄関の鐘が鳴った。
「誰だ、こんな日暮れに」
「ウィン、久しぶり」
姿を見せたのは幼なじみだった。
「ラコ!いや、ラコ女王」
「その呼び方言い慣れないんだからやめときなよ」
全く、と頬を膨らませる彼女。可愛い。
「こんな時間に遊びに来るって…やっぱ昼間は忙しいか」
「うんやばいよこれは。私病むね、絶対そうなる」
日々の王としての業務に追われているようだ。自分でその年で王を継ぐと決めていたのにやはりどこか情けない。
「でも、私がこの国を世界に認めさせるからね!大船に乗った気で待っててね」
「はいはいラコは口先だけは立派だから」
「あっちょっと!」
私は、どうせ抜け出してるんだからそろそろ帰れと彼女を追い返した。
「ふふっ」
笑いがこぼれた。
「待ってるだけなんて僕には無理だ」
だからこそ私の人生はあと6年を切った。
この国のために、ひいては大好きな君のために。