題 哀愁を誘う
「ねぇ見て」
リビングで家族でお茶を飲んでいる時、妹が私の肩をトントンと叩いた。
「ん?」
「ほら、ベランダ」
ベランダを見ると、うちの愛猫が外をじ~っと見ている後ろ姿だった。
「ずっとああしてるの、庭に落ち葉が舞ってるの見てるのかな?」
確かに庭には赤くなった木からはらはらと落ち葉が落ちている。
でも、我が家の愛猫ミントは顔をびくとも動かさない。
落ち葉を見るならもっと頭動かしていると思うんだよね。
じーっと一点集中して見ている。
「なんかさ、哀愁漂うよね」
プッと笑いながら妹が言った。
確かに。
後ろ姿で、群青の濃い青色の背景に落ち葉がはらはらする中後ろ姿で微動だにしないミントは何となく物悲しさを覚える。
本人(本猫?)は絶対にそんなセンチメンタルではないと思うけれど。
「本当だね、悲しみにくれた猫って題でSNSにあげよっか」
私が笑いながら言うと、妹も、それいいっ、と言いながら更に笑う。
そんな賑やかな私達の声がうるさかったのか、にゃーとミントが一鳴きして振り返る。
心なしか抗議の表情をしているような・・・。
「あ、トンボ見てたんだ」
ミントの振り返った後ろで、トンボが飛び立つのが見えた私はそう言葉を放つ。
家の縁側に止まってたトンボをじーっと見てたんだね。
あ、という顔でミントは振り返って飛び立っていくトンボを見送る。
なんだかその姿は本当に寂しそうな、何か物悲しそうな表情に見えた。
題 鏡の中の自分
鏡の中の自分の方が本当だったらどうしよう。
私はたまにそんな事を思う。
今いる自分はまやかしで、本当は鏡の中の自分の考えが少ししてからこちらに届いていて、動作も感情も全てがこちらの自分は操られているだけならどうしようって。
だって、全てが左右逆さまで、そんな世界があったらどうする?
そこに世界があったなら、そこにもう一人自分がいて、その自分が本物だとしたら、ここにいるこの私にどんな存在意義があるの?
ただのコピーなの?
原本でない私に価値があるの?
そんな考えに囚われるんだ。
そして囚われると全てが疑わしい。
鏡のある場所が入り口とか、向こうの世界を見える道具で、私達の世界はニセモノなんじゃないかって。
友達にそう言ったら、
「それは怖い考えだよね」
と言われた。夏子はその後少し考えてから、
「でも、鏡を割ったらこっちの世界は壊れないけど、鏡の世界は壊れるじゃん?それって、あっちの世界が、ないって証明なんじゃないの?」
そう言われて確かに、と思う。
でもさ、と反論の声が心の底から湧いてくる。
「それは、向こうの世界も同じことが起こってるんじゃない?世界は存在してるけど、鏡はただの2つの世界を繋ぐ道具で、割れたらお互い相手の世界が壊れたように見えるんじゃない?」
「そうかな〜?さすがに鏡の世界はないと思うけどな」
私の言葉を受けて疑問を呈する夏子。
そうだよね、私もないといいなとは思ってる。
だって、向こうの世界のコピーなんていやだから。
私は唯一無二の存在で、自分で自分の意思を決めたいと思うから。
・・・・なんてさ、向こうの鏡の世界の私も思ってたりして。
そう考えると、やっぱりちょっと怖いな。
題 眠りにつく前に
眠りにつく前に私はいつもそばにいる人形に話しかける。
へんかな?
へんだよね。
自分でも分かってる。
成人になってからも話しかけてしまう。
止められないクセみたいな、習慣みたいな。
でも、話すとスッキリするんだ。
だから、毎日あった嫌なことや良いことを話すの。
「ねえ、今日部長に凄く怒られたの。まぁ、怒られたのは私が悪かったから仕方ないんだけどさ、あんな言い方しなくてもいいと思わない?何度言っても出来ない落ちこぼれって、ひどいよね・・・」
部長の言葉が蘇ってきて、涙が浮かんでくる。
そんな私に人形のくーちゃんは優しい顔で大丈夫だよって言っているみたいに見える。
私の心の中が人形に投影されているんだろうか?
「ありがとう、くーちゃん、くーちゃんに話すと心が凄く穏やかになるよ。いつもくーちゃんに助けられてるね。大丈夫、明日から同じ間違いしないように頑張るよ、応援しててね」
くーちゃんの表情が晴れやかになったような気がした。
「くーちゃんが喜んでくれて、私も嬉しい。あ、でね、ほら、じゃーんっ」
といって、枕元に置いといた可愛いキラキラのゴムを見せる。
「くーちゃんに合うかなって思って買ってきたの。結んであげるね」
私はくーちゃんの髪の毛をくしで丁寧にすいてから話しかけながら髪を編んだ。
「凄く帰り道嫌な気持ちだったから、私のお気に入りのカフェで、ハチミツラテを飲んで、それから大好きな雑貨屋さんに行ったんだよ。私も可愛いシュシュ買ったんだ。それで少し浮上できたの」
そう言っている間に、くーちゃんの一つ三つ編みは完成した。
キラキラ光るゴムで結ぶ。
「出来た、可愛い〜♪」
出来上がりが上手く出来て惚れ惚れとくーちゃんを見つめる。
「それで、今くーちゃんとお話出来て完全復活したよ。いつもありがとう、くーちゃん」
くーちゃんは笑顔ではれやかな顔に見える。
「じゃあ、おやすみなさい」
私はそうくーちゃんに言って、頭をひと撫ですると、いつものように布団にくるまって目を閉じた。
題 永遠に
永遠に生きられるとしたらどうする?
そんな問いかけを何回か聞くけど、私ならぜーーーったいにいやって答える。
だって、同じこと繰り返すのを何度も何度も何千回も何万回もやるんだよ?
気が狂うと思う。
早く殺してと思うと思う。
そして知り合いも繋がりのある人間もいなくなって、核兵器で滅びた後もそのまま生き続けなきゃいけなくなったらどうする?
汚染された地球で何も食べなくてもひたすら生命はあって・・・・
私は生きるという運命から逃れられない。
いつもいつも孤独。孤独が友達、狂気が友達。
そして地球が爆発するその日まで生きているんだ。
爆発しても私は生きているのかも。
破片になっても意識があって宇宙を漂うのかも。
そんなんになってまで私は長生きしたくない。
いつまでもいつまでもの不老不死はいらないな。
でもね、そこまでの思考を説明するの面倒くさいから、絶対に永遠に生きたくないっていうと、不可解な顔をされる。
不本意なというか?
えーどうして?みたいな。
こちらも不本意だな。
私は一人が嫌だから。
孤独と狂気が嫌だから、永遠の命なんて要らないんだよ。
多分この考え方は変わらないな。
でも説明するの面倒だから、不可解な顔され続けるんだろうな。
題 理想郷
理想郷に行きたい。
私はふと苦手な数学から逃避するため、そんな事を思う。
理想郷ってどんなところだろう。
まずはね、草がたくさん生えてて、小川の水音が耳に優しくて、大きな木があって、その木陰で私は横になるの。
理想なんだから妖精とかいたっていいよね?
鳥のさえずりもにぎやかで、みたこともないパステルのお花が色とりどりに咲いていて、そこを妖精たちが飛び交う。
日差しは常に春のようで、風は柔らかく私の頬をくすぐる。
そして、私はどこまでも水色と青とそして藍色のような混じり合った空色を寝転びながら堪能する。
飽きることなく、妖精の笑い声を聴きながら。
お腹をすかせることもない。
苦しみも悲しみもない。
そんな私の想像の中だけの理想郷。
桃源郷。
「桃子、何してるの?ボーっとして」
想像に想像を重ねていたら、親友の唯に肩を叩かれた。
「あ、唯・・・」
ハッと気づくと、もう苦手な数学の授業は終わっていた。
その間中空想に浸っていたらしい。
「もう、また何か考え事?次体育だから早く着替えてって」
「あ、うん」
急かされて、急いで体操着を取りに行く私。
でも・・・・歩きながらふと思う。
でも、心の中にはまだ私の理想郷がある。
想像は誰にも壊せない。
その中にいる時は、いつでも心穏やかでいられる。
さっきもそうだったから。
また辛くなったらこの心の理想郷に避難して、滞在しよう。
私はそう密かに心に決めたのだった。