題 目が覚めるまでに
「どうしよう!」
私は隣ですやすや寝ている彼氏を見て顔を青ざめるのを感じていた。
今日は私の部屋で一緒にデートしてて、彼氏が誕生日だから、こっそりバースデーケーキを買っていた。
密かに冷蔵庫に入れて、それから彼氏が来たら映画見てたら、そのまま2人でいつの間に寝てしまってたんだけど・・・。
二人共最近仕事がいそがしかったから疲れてたんだろうな・・・。
それで、ハッとさっき目覚めて、冷蔵庫からケーキを取り出して、テーブルに用意しようとしてたら、なんと・・・生クリームがチョコクリームになっていた。
仕事帰りにケーキを受け取ったから、急いでて確認はいいですって言って帰ってきたものの・・・。
彼氏、チョコレート苦手なんだよなぁ。
なんでよりによってチョコだったんだろう。
フルーツとか、モンブランとか、チーズケーキとかでも良かったじゃない!
私は、テーブルの上で輝く茶色いケーキを呆然と見つめていた。
今からケーキ屋さん行っても間に合わないよ・・・。
せっかく喜んでもらいたかったのに・・・。
「あ・・・寝てたね」
不意に声が横から聞こえた。
横を見たら、彼氏が目をこすりながら目覚めようとしていた。
「あ、おきたの?!」
私はケーキが目に入らないように、彼氏に覆いかぶさる。
「え?!何?」
いきなり、目の前に立ちふさがった私にびっくりしたような顔で彼氏が私の顔を見上げた。
「何でもないよ・・・。ほら、今日誕生日でしょ?おめでとうって言いたくて・・・」
私はむりやり笑顔を作った。
でも、笑顔は引きつっていたし、視線も泳いでいたに違いない。
彼氏はジーッと私を見つめた。
「どうしたの?」
あ、やっぱり気づかれた・・・。
勘良いからなぁ。絶対に気づかれちゃうと思ってた。
「そこ、ちょっとどいて」
彼氏に言われる。
「やだ」
「なんで」
私が反射的に拒絶すると、彼氏の顔が険しくなる。
「やだから」
「子供じゃないんだから、なに?その理由」
呆れたような声で私をどかそうとする彼氏。
「待ってっ!」
彼氏にしがみついた私を優しく避けると、彼氏は私の向こうに視線をやって、チョコレートケーキに目をやった。
「あ、ケーキ用意してくれたの?」
弾んだ声で私に視線を移す彼氏に、私はうつむいて答える。
「・・・ごめんね、生クリームのケーキを注文したのに、チョコレートケーキを店が間違えちゃったみたいで・・・。チョコ苦手でしょ?」
私がうつむいたまま、落ち込んでいると、ふわっと彼氏の暖かさを全身に感じた。
彼氏が私を抱きしめてくれていた。
「何言ってるの。ありがとう。ケーキ用意してくれた気持ちが嬉しいに決まってるだろ。チョコケーキでも何でも、オレのこと思ってくれたのが本当に嬉しいよ」
「・・・ありがとう・・・・」
私は感激して、優しい彼氏の言葉とぬくもりの暖かさに身を任せる。
「大好きだよ、お誕生日おめでとう。私と出会ってくれてありがとう」
「うん、それはオレのセリフだけどね。いつも側にいてくれてありがとう。俺のこと考えてくれるのも嬉しいよ」
そうしてひとしきり抱き合った後、彼氏はいたずらっぽく私を見た。
「・・・で?どうしよっか?このチョコケーキ、ホールでいっちゃう?」
「もー!」
私は笑顔で彼氏をたたく真似をする。
「ははっ、冗談、オレもチョコ食べれない訳じゃないから、一緒に食べよう」
「・・・本当?」
「本当。一緒にお祝いしてくれる?」
優しい彼氏の瞳の輝きを見つめながらもちろん私は頷く。
私達は笑顔で見つめ合うと、仲良くチョコケーキを切り分けて、楽しい誕生日のひとときを過ごしたんだ。
題 病室
ここから見る景色はいつも一緒
木が茂っている。
病院の中庭が見える。
こんなに近く見えるのに、手で触れられそうなのに、私はここから動けない。
体が生まれつき弱いから。
看護師さんに病室のベッドから窓を開けてもらって外の風を受ける。
柔らかい。夏になりかけの、少し草の匂いがする風。
息を吸い込むと心地よくてそのまま目をつぶって外の風を感じ続ける。
目を開いて、さわさわと揺れる葉っぱを見る。
とても鮮やかな色だ。
下に行きたい。
葉っぱに触れてみたい。
この窓から身を乗り出して、木に乗り移って、そのまま下に降りてしまいたい。
・・・でも、出来ない。
やりたいこと、たくさんある。
でもそのほとんどは出来ない。
私には希望がない。
さっきまで柔らかく感じていた風が急に無味乾燥なものに感じてしまう。
両手で目を覆う。
どうして
どうして
何回も繰り返した問いかけ。
私にはどうして自由がないの?
外で歩き回ることすら許されないの?
私はなんでここにいるの?
でもその度に声がするんだ。
だって、命があるから。
だって大事な家族が愛してくれるから。
だって美しいこの世の全てを目に焼き付けて、そして五感で感じられるものがあるから。
頭の中に響く声。
その声は甘やかで優しくて、私はその声にいつも心が優しくなるのを感じる。
そうだよね。
そうだね。
私は生きていられる。
私は考えられる。
私は風を感じられる。
美味しいもの食べられる。
それがどんなに幸せか忘れそうになる。
欲しいものに手を伸ばし続けて、いまある豊かさを忘れてしまいそうになる。
でも、私の頭の声がいつもそれを思い出させてくれる。
ありがとう。
どんな存在か分からないけど、私にいつも言葉の贈り物をくれてありがとう。
そうして再び目を移した窓の外は、例え外へ行けなくてもとても美しく輝いて見えたんだ。
題 明日もし晴れたら
「明日晴れたら約束だよ〜?」
喫茶店でお茶してた私たち。
私は頬を膨らませて彼氏を見上げて言う。
「わかってるよ」
彼氏は苦笑して、私の頭に手を乗せる。
・・・まるっきり子供扱い!
「・・・子供じゃないんだから」
「ふくれっつらして、駄々こねてるのは子供じゃないと?」
含み笑いをしながら私を余裕の表情で見てくる彼氏に、私は、思わず言い返そうとするけど、思い直す。
「だって、私どうしても遊園地に行きたいから・・・。初デートは遊園地って決めてたのに〜!」
私の表情がいきなり泣き顔になったことに、彼氏は焦ったらしい。
「泣くなよ?な?ほら、お前の好きなお菓子買ってやるからさ」
・・・子供か、私は。
完全に子供扱いされてるのを感じながら、私は首を振る。
「やだ。そんなことよりも明日晴れにしてほしい」
「・・・困ったなぁ」
彼氏は、片手を頭に当てて考えている。
わがまま言ってるのはわかってる。
だけど、私が今欲しいのは、明日の晴れの天気だけだから。
私がうつむいていると、彼氏は、何か動いていたと思うと、
「ほら」
と小さい何かを渡してきた。
「なに?」
見ると、喫茶店にあったナプキンを丸めて、器用に小さなてるてる坊主を作ってくれていた。
自分のカバンからペンを取り出して、目も作ってくれてる。
「可愛い!てるてる坊主!」
「そう、こんなことしか出来ないけど、晴れるといいよな」
彼氏は私に微笑みかける。
「うんっ!」
私はそんな優しい彼氏に微笑み返す。
なんだろ。
何をして貰うよりも嬉しいかもしれない。
このてるてる坊主で明日晴れるといいな。
私は心からそう思いながら、てるてる坊主に願いをかけたんだ。
題これまでずっと
「ありがとう」
私は向かいにいる彼氏にお礼を言う。
「いきなり何?びっくりした」
カフェでデートの後のお茶してる時、不意にお礼を言いたくなってしまった。
「だって、私達、結構付き合って長いでしょ?」
ニコッと、笑って微笑むと、彼氏は不意に目を反らす。
「・・・それで?」
「それでね、今思い返してたんだぁ。今まで、たくさんいろんなとこ行って、たくさん私の事助けてくれて、たくさん笑い合ったこと。そしたら、すっごく幸せになって、感謝したくなっちゃったの」
私がそう言うと、彼氏は何故か両手で顔を覆う。
「この天然小悪魔め」
「へっ?なんで・・・?」
「そーいうこと平気で言ってくるところとかもう・・・」
「?」
私が不思議そうに彼氏を見守っていると、彼氏はしばらくそうしていたかと思うと、意を決したように手を顔から離す。
心なしか顔が赤いような・・・?
「ねぇ、大丈夫?顔赤いけど、もしかして風邪?」
「大丈夫じゃない!」
彼氏の言葉に慌てておでこに手を当てて熱を測ろうとして手を伸ばしたら、彼氏に、手首を掴まれる。
「?」
私がびっくりして彼氏の顔を見ると、真剣な眼差しの彼氏。
「好きだよ」
不意に言われてビクッとする。
「な、何?いきなりっ・・・」
今度は私が目を丸くすると、彼氏の眼差しがフッと和らぐ。
「仕返し、ダメージ受けた?」
「うう・・・」
優しい彼の眼差しと言葉に動揺してる私にからかうように彼が言う。
「いきなり言われると照れるね」
私が胸の鼓動を感じながら言うと、彼氏も頷く。
「だな・・・でも、ありがと、きみがそう言う風に思ってくれてて嬉しい、僕も同じ気持ちだから」
「・・・うん!」
私達の間に暖かい空気が流れている気がする。
優しい空気を感じながら、私はこれまで歩んできた相手がこの人で本当に良かったと思いながら幸せな笑みを浮かべていた。
題 友だちの思い出
あの時、ミノルは私に向かって微笑んだんだ。
私はミノルのことを思い浮かべて、口元を緩める。
中学の時毎日下校の時話していた男の子。
友達はみんな違う方向に帰っていて、家が遠い私とミノルは他愛ないことを話しながら下校していた。
そうすると、夕方の時間、夕日がどんどん沈んでいって・・・辺りの色がピンクと紫の絵の具を混ぜたような色に変わっていくんだ。
私達はそんな不思議な色の変化をみながら、歩いていた。
道のりは遠く、時間は無限のようで、でも気づくとあっという間。
ミノルと歩いたあの下校の時間は、私の中で異空間に行ったような気持ちで記憶されていた。
ミノルは、高校が違う所になって、今はほとんど会えていない。
家は近所だから会っても良さそうなものなのに。
私は、今高校2年だけど彼のこと見かけたことはあるけど、遠すぎで声をかけられなかったり。
あの不思議なピンクと紫の夕方の時間の空を見つめる度にミノルを思い出す・・・。
「サユ、久しぶり!」
突然、夕焼け空を見ていた私の後ろから声がする。
この声は・・・
「ミノル?!幻??」
私は思わず素っ頓狂な声を上げていた。
「違うよ、サユ、相変わらずだね」
ミノルは含み笑いをして、私を見ていた。
「今日の空はいつも僕たちが帰ってる時に見ていた色だったから自転車降りて歩いてみてたんだ」
ミノルは、両手で自転車を引きながら歩いている。
「自転車だから、会えなかったんだね」
私がそう言うと、ミノルは頷いた。
「僕の高校からはさすがに歩けないから。・・・元気だった?サユ」
優しく尋ねられると、何か暖かい気持ちがこみ上げてくる。
「元気だったよ!ミノルは?」
私の問いに、ミノルは笑って言う。
「ご覧の通り、元気だよ」
「ありがとう、今日話しかけてくれて、実は気になってたんだ、ミノル、どうしてるかなって」
「偶然、僕も気になってた。毎日一緒に帰ってたから、帰宅する時いないかなって探しちゃってたり」
ミノルはハハッと笑った。
何だか中学の時の空気が蘇って来たようだった。
暖かく、夕方の少しだけさびしい色の空気。
でも2人で話している時間は居心地良くて、そう、時間が止まったみたいに感じてた。
「懐かしいね、中学の時」
私があの頃を思いながら言うとミノルも頷く。
「うん、不思議な時間だったね」
2人でゆっくりと歩く。この時間が終わるのが、何だかもったいなかった。
空の色はだんだんとピンク色が濃い紫色へと変容していく。辺りを暗くして何もかもが闇に消えていく。
それは、私とミノルの関係のようだった。
私たちはもう、一緒に帰ることはないから。
「明日、待ち合わせして帰らない?」
不意にミノルが言う。
「へっ?」
意外すぎて変な声が出た私に、ミノルは重ねて言う。
「明日、一緒に帰りたいなって」
「うん、もちろん」
私もそう思ってたから頷く。
「じゃあ、駅に待ち合わせよう」
そう笑うミノルの顔に、私は中学の時のミノルの笑顔を重ねる。
懐かしいって思ったんだ。
中学の時に引き戻されていくようだ。
縁は切れていなかったらしい。
大切な、あの中学の下校時間を懐かしむように、私は勢いよく頷いていた。