茎わかめ

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9/9/2025, 3:24:34 AM

仲間になれなくて
2025/09/09 多分書き直します。

 いつだったか。僕が、仲間とみんなを評したとき。周りが賛同するなか、あの時の彼は、どんな顔だったか。曖昧な笑顔だったような気も、いつもと変わらない顔だった気もする。ぼんやりと、いつもの彼の表情しか浮かばなかった。

 彼に届くよう、喉を引きちぎらんばかりに叫ぶ。その勢いのまま、手を伸ばして。
「俺は、君の仲間にはなれないよ」
 そう言って、くるりと背を向ける彼がこちらを向くことはなかった。己の手は、届かなかった。
 あちらが伸ばせば、手を取れる距離だった。

8/4/2025, 8:40:15 AM

ぬるい炭酸と無口な君

 ピッ、ガッコン。
 ペットボトルが落ちる。
 夕方には大分涼しくなるとはいえ、まだまだ昼の暑さが残っている。家で持たされたプラボトルは、すでに空になっていた。自販機があるのはラッキーだった。この時期の自販機は、大抵すぐ売り切れる。補充してすぐだったのかもしれない。
 一つ大きく息を吐いて、立ち止まる。
 さて、どーするかな。
 目の端に映るモノを見て考える。こういうのはすぐ帰ってはだめだ。親にも弟にもコレを目に触れさせてはいけないし、逆にコレに目をつけられるのも厄介である。一度弟と遊びに行ったとき、こういうモノに見られて大変な目にあったからだ。もう二度と、家族にあんな思いはさせたくない。
 目の端に居るモノをなるべく目に入れないようにしてベンチに座る。まだいるソレを、先ほど買った炭酸ジュースに目を合わせるようにしてなんとか逸らす。
 これ弟が好きって言ってたな……あとでもう一本買うか……。げっ、カロリー高……。
 近寄ってくるソレを、自分に用があるわけじゃないだろと考えないことにする。まだ自分の勘違いの可能性もある。前に、周りがみんなアレに見えて錯乱しかけたのだ。あの醜態は思い出したくない。
「あの、」
 が、そんな思いを裏切るかのように、ソレは此方へと近づいてくる。いや、無視だ無視。
 もはや目の端ではなく、前に立つ男だがそれでも目を合わせぬよう炭酸ジュースを見る。汗が吹き出しているジュースを、滑らぬよう底を抱え直す。
「神様、」
 確定してしまった。神様付けするやつは大抵黒である。面倒なことになった。話しかけなければよいものを。
 ソレはがぶつぶつと言葉を紡ぐ。お経のようだった。端に映る顔は青白いし、死んでいるのかもしれない。その方が良かった。すでに死人ならまだ楽なのに。
 抱えたジュースから汗が滴り落ち、ズボンが滲む。この暑さなら帰るまでには乾くだろう。家族にバレなきゃそれでいい。
 膠着状態。流石にそろそろ帰りたい。
 自分が動かなければコレも動かないだろうと、取り敢えず目を合わせてみる。その途端、ソレは頬を紅潮させ捲し立ててきた。お経が演説に変わる。煩い。
「俺さ、」
 ピタッと演説が止まった。辺りは虫の声だけ。
「目に入る虫って煩いと思うんだけど」
 ソレはジッと此方を見ている。こちらも負けじと見返し、反応を観察する。
「どう思う?」
 ソレはそう聞いた瞬間、ジリと後退り、脱兎のように駆けていく。ソレが暗闇に溶けるまで目は離さず、その辺りを見つめていた。
 ペットボトルに目を移す。パキキ、と音を立ててキャップを捻り、口をつける。炭酸で今の気持ちを流そうと液体を流し込んだ。

「ぬる……」

8/3/2025, 6:54:16 AM

8/3書きました。

波にさらわれた手紙

 大きな音を立てて、波が白く泡立ち、崖下に押し寄せる。その崖の淵に人が立っていたら、あわや飛び降りかと誰もが思うだろう。少なくとも自分はそう思うし、更に言うなら、親しい人が立っていたら慌ててそこへ向かうだろう。
 今まさにその状況だった。それまではなんてことのない、普通の日だったのに。

 一日のどこにも予定がなく、天気も良く、日差しもそこまで強くない。そんな日はいつも海辺に行く。それがお決まりだった。
 海は、先輩と似ている。
 正確な日付は忘れてしまったが、あの後から、自分は海が好きになった。それまで海が特別好きだったわけではない。先輩に命を救われて、慕うようになって。その後だ。
 休みの日は互いにプライベートである。偶然会えば会話はするが、ただそれだけ。先輩は、良くも悪くも他人と一線を引く。そこに踏み込む気はない。だが、それでも会えないのが寂しくて、だから先輩を思い起こす海に行くようになった。
 今日も波と砂の境目を歩き、ゴミが落ちていたら拾い、綺麗なものがあれば拾い、飽きたら海を眺め、それにも飽きたら海沿いの店に行き、といつも通りの行動をしていた。
 店で食べ歩きできる串焼きをいくつか買い、食べながら海へ戻る。ここは周りが海に囲まれている小さな島であるため、ぐるっと取り囲むように砂浜がある。たまに崖や山や埋め立てられた建物で途切れるが、それでも長く砂浜が続く。
 場所によって違う景色を楽しめるのがこの島の良いところである。どこまで行こうかなと歩き続け、ついには崖のほうまで来てしまった。崖の向こう側へ行く道もあるが、上り坂であるため気が進まない。今日のところは一旦戻ろうと踵を返そうとした。
 崖の上に誰かいる。
 思わず二度見してしまう。だって、先ほど行くのを辞めた道は、崖の淵から離れている。柵のない場所に佇む人は、今にも落っこちるのではないかと不安を煽る。助けに行くべきか迷う。向かったら驚いて落ちてしまうことも考えられるからだ。誰かが目の前で死ぬのは、怖い。
 けれどそれは、ほんの一瞬の迷いだった。一際大きく波がぶつかる音がして、その人の姿が、目に。
 持っていたものをその場に落とし、駆け出す。拾ったゴミや先ほど買った串焼きを置いてきてしまったが、残ったそれを考えるような余裕はなかった。
 自分が見間違えるはずはない。あの、深い海のような、煌めく水面のような、特徴的な色の髪は。
「先ッ輩!」
「えっなになになになに⁉︎」
 息を切らしながらもその腕を引っ張る。淵のギリギリに立っていたその人は、体勢を崩して此方へ傾いた。もう大丈夫、淵でなければ落ちないはず。
 一緒に倒れ込み、自分は安堵から一気に疲労が押し寄せ、そのままの状態で呼吸を整える。その人──先輩はすぐさま跳ね起き、丸く見開いた目を此方に向けた。
「なんでここにいんの⁉︎」
「ぃや、ぁって、こぅひゅ」
「あーもう、息整えてからでいいから!」

 吸い込み、咳き込み、呼吸を合わせて、吸って、吐いて、も一度吸って。ようやく整った呼吸を見て、再び先輩は聞き直した。
「で、なんでここにいるの」
「それは俺の台詞ですって」
 崖に人が居たら、やばいって駆けつけません? そう告げた自分に、先輩はバツが悪そうに合わせていた目線を逸らした。立ち上がりながら続ける。
「なんでここに居たんですか」
「いや、その、」
 やけに言い淀む様子を見て、嫌な予感がした。さっきまではいつも通りだったから油断した。まさか、本当に。
「……手紙、流してた」
「……は?」
 手紙、流してた。先輩が繰り返し言うから、自分も思わずおうむ返ししてしまう。
「それだけ? ほんとうに?」
「うん」
 急に力が抜ける。勘違いした自分への呆れと、飛び込むつもりはなかったことへの安堵。ごっちゃになった感情は、素直に身体に表れる。せっかく立ち上がったというのに、膝から力が抜け、その場にへたり込む。
「よかったぁ……」
 そして、無事を確認して安堵した以上、次に出るのは不満である。
「てかなんで手紙流すんですかしかもこんな崖から落ちるのかと思いましたよもちろん先輩の身体能力がずば抜けてるのは知っていますが本当に落ちたりしたらどうするんですか次は知りませんからね辞めてくださいよねというかこの間だって………」
 先輩は相槌と頷きと申し訳なさそうな目で、しばらく愚痴を聞いてくれた。が、その愚痴は急に止められる。
「……うん、ごめんね」
 そう言われてしまうと、もう自分に言えることはない。そんな静かな目をして言われてしまうと、途端に声が出なくなる。
「わ、かればいいんですよ」

 次の日。自分は職場にいた。隣が先輩のデスクである。先輩のデスクには鞄がそのまま置かれていて、持ち主は来てすぐどこかに行ってしまったらしかった。すぐ戻ってくるだろうと、待ちながら確認が必要なものをリストアップしていく。
 ふと、鞄から白い物がはみ出しているのが見えた。しまい直そうと鞄を開ける。手紙らしかった。
 先輩が言っていた手紙はこれだろうか。宛名も送り主の名も書かれていない封筒は、職場で使うようには見えない。しかし、海に流すためのボトルも見当たらない。途中で買うつもりだったのだろうかと疑問に思う。
 封はされていない。好奇心が湧き上がる。一般的には良くないことなのだろうけど。海に流したら誰が拾うかわからないのだから、自分が開けたっていいはずだ。そうして、そっと中の紙を取り出す。

 そこからはあまり覚えていない。いつものように先輩が挨拶して、仕事をして、帰る。いつものことであるし、仕事した内容も覚えている。自分もいつも通りだったはずだ。
 だが、頭は手紙の内容でいっぱいだった。
 謝罪が書き連ねられていた。個人名はなかったが、自分の行動と、謝罪が。紙が黒く見えるほど細かく書かれていた。よく見ると、何度か書き直したような跡もあった。
 誰に、なんで、先輩が謝って、
 頭が疑問で埋め尽くされる。それでも先輩はいつも通りだった。先輩は、いつも通り、で? ほんとうに?
 またしばらくしてから、先輩の鞄をもう一度見た。手紙は無かった。もう波にさらわれてしまったのだろう。
 先輩が何を考えているのか、自分には未だわからない。それでもずっと、ついていこうと思った。自分の憧れた先輩を、今度は自分が助けてあげられるように。救われた命の分以上に、返してあげるために。

7/2/2025, 2:36:56 PM

クリスタル

 私は彼に、宝石が隠されていることを知っている。

 人も星も月も眠ってしまった、静かで暗い夜。少し向こうに見える街だけが光源となっている。ここは街の外れで、ポツポツとある建物は誰かの家のみ。どれも電気は付いていない。私はベランダの柵に寄りかかり、暗い部屋を背にして煙をぷかりと浮かべた。
 ぶううんと、扇風機の音が響く。気温は高いが風が吹いていて、薄着の私には心地よい暑さだった。もう一度吸い込み煙を吐く。吐いた煙が風によって流されていった。
「……ッチ」
 一瞬の熱で思わずタバコを落とす。いつの間にか短くなっていた。もう一本、と思ったが、箱は空。仕方なく、まだ熱気の籠る部屋に戻ることに決めて。
 息が止まった。
 白い点二つが私を見ていた。辺りが薄暗いからか、白い部分だけがはっきりしていて、持ち主の姿はよくわからなかった。この高さの瞳は人間であることに気づき、反射で太もものホルダーに手を伸ばして。それからようやく、こんなことをするのは彼だけだと直感が告げた。そのまま手を上げる。所謂降参のポーズである。
「遅くない?」
「あなたが静かすぎるのが悪いのよ。……声くらい、かけてくれたっていいでしょう?」
「だってこの前は攻撃されたから」
「……」
──もう掠りもしないくせに。
 彼が私の攻撃で傷を負ったのは、随分前のことになる。もう私程度では気配も感じられない。元々薄い存在ではあったが、いつからかソレに拍車がかかった。
「……それで、何の用かしら」
「いや、タバコ吸ってるの見えたから」
「もう無いわよ」
「そう」
 こうして、平然とした姿と、起伏のない声で、何を考えているのか読み取れなくなったのも。彼を避けるようになった一つの理由だった。そのことに、とても恐怖を覚えてしまう自分がいる。
「あなた、……ついに人を辞めてしまったの?」
「いや、僕は今も昔も人ですけどね」
「瞳が光る人なんているかしら?」
「さぁ……僕は学者ではないのでわからないです」
「そう」
 瞳が光ることは否定されなかった。妖しく白く輝いていた瞳は、今は特徴的な、黄色に近い透き通った色になっている。さっきのは幻覚だと言わんばかりに静かに見据えられている。
「タバコ買いに行きません?」
「置き去りにされそうね」
「どちらかというと、僕を置き去りにして欲しいかな」
 今足がなくて。
 そう、頬を掻きながら照れたように言う。──目は口ほどに物を言う。何も動かない瞳を見て、ため息を吐く。
「……奢ってよね」
「それはもちろん」

 街中のコンビニまで、ハンドルを握りながら思い出す。
──夜行性の動物、それから深海のサメ。
──彼らの目は、光を反射させるから光っているように見えるらしい。
 ならば、助手席に座る彼はきっと、光のない夜を彷徨いすぎたのだろうか。彼には否定されたが、幻覚のようには思えなかった。
 白い光を思い出す。
──あれは、そう、例えるなら。
 ぼんやりとしていた街の灯りが、はっきりとしてくる。あの光とは全く違う、人工的な灯り。
 そういえば、人の目には水晶体というものがあるらしい。
──水晶……。
 彼はまだ人だ。瞳が僅かに、ほんの僅かにだが揺れていた。まだ彼を、バケモノだと思いたくないなと考えながら、思考を振り切るために、アクセルを踏み抜いた。

6/30/2025, 4:33:18 PM

カーテン

 あ、
 カーテンに、攫われてしまう。

 春。始業式が終わり、皆思い思いに散らばっている。
 一年は説明のために教室に集まっているのだろう。僕ら二年以降は片付けが終われば、体育館で解散、自由に帰宅だと指示された。久々に会う友人と談笑している人もいれば、そうそうに帰るような人もいた。
 そんななか、僕は教室に向かっていた。荷物を取りに行くためである。
 事前の指示により、僕以外は体育館の空きスペースに荷物を置いていた。しかし睡眠不足の自分の耳にHRの声は何一つ入っておらず、しかも始業式が終わってからようやくそのこと知ったので、自分だけは机の横に荷物を掛けたままだった。
 友達を待たせているので、階段を一段飛ばしで駆け上がり、呼吸を軽く乱しながらも教室に急ぐ。
 ドアは開いていた。シンとした誰もいない教室はなんだか寂しい気がする。普段人が多くて騒がしいからだろうか。置物になっている机と椅子は、朝の記憶が曖昧なのもあって、自分のものかそうでないか、自信が持てない。おそらくバッグが引っ掛かっているのが自分の席だろうと近づいた。
 学校指定のバッグも、一見すると自分のものか判断がつかない。一旦机に置き、中を漁る。荷物の中で一番重たい、お気に入りのカメラ。絶対に自分のものだ。どうやら指示を聞いていなかったは僕だけらしかった。
 バッグに仕舞いこむと同時に持ち手を掴み、教室を出ようと振り返る。──振り返ろうとした。
 空いていた窓から風が吹き込み、一瞬目を瞑る。次に目に入ったのは、白。本当はもう少しくすんでいるはずなのに、太陽に照らされているからか、とても明るい白に見える。何かに似ているなと思って、すぐに思い出す。
 ──ウエディングドレスだ。
 男性がドレスの女性を持ち上げるシーン。このシーンがどの作品の記憶か分からないが、するりと情景が浮かぶ。
 風が収まると、今度は白に見合わぬ黒が見えた。艶やかな黒がさらりと揺れる。日焼けも荒れも知らぬような長い指が耳を撫で、横からでも形の良い顔が覗いた。もう片方の手は本を開いていて、本からは白いリボンの栞がはみ出している。
 そのまま切り撮って写真に収めたい気持ちと、はたして撮れたとしてこの人は映るだろうかという疑問が浮かぶ。
 もう一度、先ほどよりは小さく、ひゅうと風が吹き込み。

 あ、
 カーテンに、攫われてしまう。

 だって綺麗な人だったから。白と黒のコントラストだけがはっきりしていて、それ以外は曖昧だったから。確かに綺麗な白い手が、青白く見えてしまったから。だって規則正しく並んだ席から、一つだけはみ出た席に座っているから。この世のものではないと、もしくはこれからこの世のものではなくなると思ってしまったから。
 それら全てが、曖昧で鮮烈に映って。
 整えたはずの自分の心臓が、またドクドクと鳴ってしまって、頭がクラクラとしてしまって。それが自分の幻覚だったり、何かに攫われたりで、もう二度と見れなくなってしまうかもしれないことが恐ろしくなって。
 その人を見つめることしかできなかった。

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