ぬるい炭酸と無口な君
ピッ、ガッコン。
ペットボトルが落ちる。
夕方には大分涼しくなるとはいえ、まだまだ昼の暑さが残っている。家で持たされたプラボトルは、すでに空になっていた。自販機があるのはラッキーだった。この時期の自販機は、大抵すぐ売り切れる。補充してすぐだったのかもしれない。
一つ大きく息を吐いて、立ち止まる。
さて、どーするかな。
目の端に映るモノを見て考える。こういうのはすぐ帰ってはだめだ。親にも弟にもコレを目に触れさせてはいけないし、逆にコレに目をつけられるのも厄介である。一度弟と遊びに行ったとき、こういうモノに見られて大変な目にあったからだ。もう二度と、家族にあんな思いはさせたくない。
目の端に居るモノをなるべく目に入れないようにしてベンチに座る。まだいるソレを、先ほど買った炭酸ジュースに目を合わせるようにしてなんとか逸らす。
これ弟が好きって言ってたな……あとでもう一本買うか……。げっ、カロリー高……。
近寄ってくるソレを、自分に用があるわけじゃないだろと考えないことにする。まだ自分の勘違いの可能性もある。前に、周りがみんなアレに見えて錯乱しかけたのだ。あの醜態は思い出したくない。
「あの、」
が、そんな思いを裏切るかのように、ソレは此方へと近づいてくる。いや、無視だ無視。
もはや目の端ではなく、前に立つ男だがそれでも目を合わせぬよう炭酸ジュースを見る。汗が吹き出しているジュースを、滑らぬよう底を抱え直す。
「神様、」
確定してしまった。神様付けするやつは大抵黒である。面倒なことになった。話しかけなければよいものを。
ソレはがぶつぶつと言葉を紡ぐ。お経のようだった。端に映る顔は青白いし、死んでいるのかもしれない。その方が良かった。すでに死人ならまだ楽なのに。
抱えたジュースから汗が滴り落ち、ズボンが滲む。この暑さなら帰るまでには乾くだろう。家族にバレなきゃそれでいい。
膠着状態。流石にそろそろ帰りたい。
自分が動かなければコレも動かないだろうと、取り敢えず目を合わせてみる。その途端、ソレは頬を紅潮させ捲し立ててきた。お経が演説に変わる。煩い。
「俺さ、」
ピタッと演説が止まった。辺りは虫の声だけ。
「目に入る虫って煩いと思うんだけど」
ソレはジッと此方を見ている。こちらも負けじと見返し、反応を観察する。
「どう思う?」
ソレはそう聞いた瞬間、ジリと後退り、脱兎のように駆けていく。ソレが暗闇に溶けるまで目は離さず、その辺りを見つめていた。
ペットボトルに目を移す。パキキ、と音を立ててキャップを捻り、口をつける。炭酸で今の気持ちを流そうと液体を流し込んだ。
「ぬる……」
8/4/2025, 8:40:15 AM