kiliu yoa

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8/5/2024, 3:23:44 PM

祇園精舎の鐘の声…。

私から数えて六代前の当主は、平家物語を好んで読んでいらしたと、

ひいおじいさまが教えてくれた。

私も中学生の時、習ったので少しだけ覚えている。

諸行無常、か。

私の家は、元華族で富裕層。

決して高いとは言えない家格だが、家筋は良く、権威が在る。

代々皇家とは主従関係であり、天皇に仕える家の中では最も古い。


正直、私には荷が重すぎるし、身の丈に合っていない。

しかし、私は独りでは無いことを知っている。

私には、当主補佐に副当主も居る。

先代も、先々代も、四代前まで生きている。


『荷が重ければ、皆で背負えば良い。』

ひいおじいさまが、私に教えてくれた。

私が当主を継いだ日、

鐘の音が鳴り響く最中、

微笑みながら、そう仰せになった。


だから、私は思い出す。

鐘の音が聞こえると、

平家物語の冒頭と、ひいおじいさまの言葉を思い出す。

その度に唱え、自分に言い聞かせる。


そうすると、不思議と気持ちが軽くなった。













8/4/2024, 3:54:18 PM

私の妻となる人は、正直誰でも良かった。

妻としての役目を担い、母としての役目を務めてくれれば、

其れ以上は要らなかった。


私の為に用意された、縁談は両親と一族の重役によって選別され、

全部で五つに迄絞られていた。

8/1/2024, 4:00:11 PM

晴れ渡った、麗らかな日。

貴男とわたしは、結婚届けに署名し、結婚した。


わたしが貴男と結婚した理由は、家筋が良かったから。

そして、わたしの家の遠縁にあたる氏族だったから。

両家の家格の釣り合いのとれた、普通の結婚。

『女の幸せは、結婚すること。』

祖母や母から何度も聞かされてきた、

この言葉は、わたしの人生においては正しい。

正しく、その通りだった。


わたしは、貴男と結婚して『想う』という満ち足りる心を知った。

わたしは、貴男と結婚して『安心』という余裕ができた。

わたしは、貴男と結婚して『楽』という穏和な日々を得た。


しかし、全ての人々が求めるものでは無いとも感じた。


幸せとは、自分が求める時を過ごすこと。


その時とは、人の数だけ多様に存在するように思う。


だから、わたしはこの言葉を娘たちに掛けない。


幸せとは人の数だけ多様であり、自分で決めるものだと知って欲しいから。










7/28/2024, 11:34:45 PM

舞の奉納。

沢山の楽器から音が奏でられ、私は音に合わせて舞う。

全身は力を抜き、感覚を研ぎ澄ませる。

舞は靭やかで、柔らかい動きを意識するが、

私は男なので、どうしても女性の舞より硬くなる。

しかし、同時に私の舞は力強く、冴えがある。


それぞれの舞に良さがある。


しゃらしゃらと鈴を鳴らしながら、舞う。

  ひらひらと扇子を反しながら、舞う。

  ふわふわと羽衣を翻しながら、舞う。


舞を奉納する時、いつも感じる。

まるで、私は人間では無くなったようだと。


不思議と緊張せず、寧ろ、落ち着く。

沢山の奏でられた、美しい音を聴き続けたくなる。

ゆっくりと時が進み、ずっと舞っていたくなる。

ずっと、此処に居たくなる。


夢見心地とは、きっとこの事を言うのだろう。

この時が、永遠に続けば良いのに。


















7/26/2024, 4:05:19 PM

私の今の役目は、戦争を起こさせないこと。または、仲裁すること。

要は外交。国家間の外交とは異なる、個人間の外交。

『調停者』とでも言うのだろうか。

それが、我が家の代々の務めだった。

何時の頃からか、始めていた『調停者』。

記録も曖昧なほど昔に、先祖が流れで始めた務め。

その務めを代々受け継ぎ、我らは努めてきた。


もしかしたら、今の世にはもう必要の無い務めなのかも知れない。


しかし、私は『調停者』という務めを辞めない。

何故なら、私は知っている。我が家の人間なら、必ず教わる。

『正解とは、百年後の世の人間が決めること。

 今を生きる人間が決めることでは無い。』

だから、私は続ける。この務めを果たす。

今、私に出来る最善を尽くす。

成果など全く挙げられなくとも、この務めを放棄する訳にはいかない。

先祖から受け継いたものを、後世に伝えるために歴史を紡ぎ続ける。

この『調停者』としての務めを、次の世代に繋げる。


それが今の私に出来る、唯一のこと。

だから、私はこの『調停者』という役を務める。

この『調停者』という務めは、私が後世のために出来る、

最善で在ることを願い、祈る。













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